第8話 問答
「お前、一体何者だ」
混乱の中、キツネが質問を繰り返した。
どうするのが正解なのか分からないまま、ぼくは条件反射的にその質問に回答を述べる。
「・・・受験生」
キツネに受験が分かるかどうかは定かではないが、ぼくは受験生以外の何者でもない。間違った回答はしていない。
対して、キツネは訝しげな表情を見せる。
日本語を話している時点で既に一般的な動物でないことは明らかだが、その動物らしからぬ表情を目の当たりしてぼくは改めて「異常事態」を再認識した。感情表現豊かだと言われているうちのポチ(雑種犬)でさえ、ここまであからさまな表情はできない。キツネはまるで人間かのような表情をしている。漆色のその目はぼくを睨んだままだ。
「ああ?受験生?そんなもん知るか、しらばっくれるなよ」
「いや本当に受験生なので」
なにやら敵意を向けられているらしい。
穏やかで和やかな雰囲気でないことは確かだ。
「どこから来たんだ」
キツネに出身地を尋ねられたので「茨城県です」と即答する。
すると、茨城出身というのが気に食わなかったのか、キツネは先ほどより更に威圧的な表情を見せた。どうしよう、キツネのご機嫌のとり方なんて知らないぞ。
「茨城?そんな遠方からこの京都に何の用だよ」
「用と言っても、まあ、許嫁に会いに来たんですけど」
自分で口にしながら「そういえばそうだった」などと思い出した。ぼくは茨城という遠方からわざわざ許嫁に挨拶をしに来たのだった。それが到着早々に目的地の所在が分からず、途方にくれながら鴨川に来たらキツネに絡まれている。もう嫌になってきた、無事に茨城に帰れるのだろうか。
「許嫁?」
「でもその家がどこにあるか分からないんですよね。京都にまできて迷子です」
夢か幻か、それとも文字通りキツネにつままれているのか。
キツネと当然のように会話を繰り広げているこの状況に、少しずつ慣れてきてしまっている自分に驚いた。やっぱりぼくは阿呆らしい。
一方でキツネはいまだに腕組みをしたまま、ぼくのことを威圧的に睨み上げている。
「お前、名前は?」
「
「クサカベ・・・知らねえな」
「そりゃあ初対面ですからね」
しばしの間、キツネは首を傾げていた。と思ったら、またぼくの方を見た。
「つーかお前、俺に妖気を向けられてよくもまあそんな風にヘラヘラと受け答えができるな」
なんじゃそりゃ。こんなただの高校生がそんなファンタジーなモノを察することができるわけないだろうが。せっかく律儀に返答してやっているのに、どうしてそんな風に文句を言われなくてはいけないのか。理不尽である。
「許嫁に挨拶をしに来ただけってのは、嘘じゃなさそうだ」
「分かって頂けましたか」
ぼくはどうしてこんなキツネに敬語で媚を売っているのだろうか。
そう考えたら馬鹿馬鹿しさすら感じられたので、とりあえず左手に持っていたおにぎりを一口食べた。明太子が美味しい。
「お前、この状況でよく飯を食えるな」
「あ、すいません」
どうやらキツネは体育会系らしい。人が話している時にご飯を食べると怒るタイプのキツネだった。面倒くせえな。
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