第7話 赤いキツネ
ぼくとお婆さんを降ろしたバスはあっという間に走り去ってしまった。
お婆さんはのんびりとした足取りで、どこかへと歩いていった。ぼくには目的地もなければ時間的制限もないので、とりあえずウロウロして腹ごしらえをしようと思う。そうして歩き出した矢先「出町柳」という駅を発見した。裏にはコンビニエンスストアもある。
時刻はまだ7時半。
飲食店が回転する時間は・・・。
こうしてぼくの京都での記念すべき1食目は、地元のコンビニでも買える明太子おにぎりになった。明太子がいつもよりしょっぱく感じた。
ぼくはおにぎりをかじりながらすぐ近くを流れている鴨川へと向かう。正直その名前くらいしか知らないけれど、多分そこそこ有名な京都の観光スポットのはずだ。だって色々なアニメや小説に登場するもん、鴨川って。それが今自分の前を流れているという事実に、朝っぱらからちょっとだけ感動を覚える。
川のほとりを散歩するおじいさん、ジョギングをする若者、朝なので人の数は少ないもののそこには京都民に愛される鴨川が穏やかに流れていた。階段を降りてぼくも川へと降りていく。ネットで鴨川について調べてみると、どうやら自分が今いるこの場所は「鴨川デルタ」と呼ばれているらしい。
鴨川と高野川が合流しており、確かに三角形(デルタ)をしている。
亀の形をした飛び石があって、これを伝っていけば川が合流する地点へと向かうことができるらしい。そういえば何かのアニメのOPでこの飛び石を跳ねている様子を見たことがある。有名な観光スポットだ。
あいにく時間が早いので他に観光客は見当たらない。京都旅の思い出に写真を撮っておくには絶好の機会だ。
ぼくはおにぎりを左手に、スマホを右手に構えて飛び石の写真を撮影した。もはやなんのために京都に来たのかなんてどうでもよくなって来た。観光して八つ橋を食べられたら、それでいいような気がして来た。仕方ないよな、だって目的の場所がどこだか分からないんだもん。
そうして本来の目的を放棄しようと企んでいた矢先である。
「おい」
声がした。
「おい、お前」
すぐ後ろから声がした。
ぼくは撮影する手を止めて、そのまま背後を振り返った。
するとそこには、キツネが立っていた。
赤いキツネが、二足歩行で直立していた。
キツネって、こんな風に立つ生き物だったんだ。
レッサーパンダみたいだ。
「何者だ」
どうやらこのキツネは日本語が話せるらしい。
人間、想像をはるかに越える事態に直面するとこうも思考停止してしまうのかと、そんなことを考えた。京都には妖怪がいるとそこらじゅうの絵本やら昔話やらで目にしたたことがあるが、まさか自分がその妖怪と対面することになろうとは考えてもいなかった。
全長30センチほどの大きさの赤いキツネは、腕を組みながら砂利の上に直立している。それどころか両手を組んで、ぼくのことを見上げている。
こういう事態のことを「青天の霹靂」と言うんだろうな。
目の前の現状を処理しようとする脳みそが悲鳴を上げている、炎天下の暑さとはまた違った種の暑さを頭に感じた。都合よく気絶することも出来ないまま、ぼくは目の前のキツネをただ呆然と見下ろすことしかできない。
「たたかう」「逃げる」といった選択肢も、一つも出てこなかった。
ただ目の前の異様な現実に目を奪われて、多くは考えることができなかった。
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