さよなら青い双子星/ワールズエンド・チルドレン
白石らい
エピローグ 星に願いを
星を待っていた。
雪の降る夜に、それは奇跡を望むような心地だった。星なんて見えない。そんなことはわかりきっていた。けれど僕らは白い大地の上に仰向けになって、顔を濡らす雪の冷たさを感じながら、それでも星を待ち続けていた。白い息が空に溶けて、僕は思わず、涙が出そうになった。
「――星、見えないね」
彼女が言った。寒さからか、それとも淋しさからか、それはまるで震えるようだった。
彼女は小さな手を、空に向かって伸ばした。そしてぎゅっと、何かを掴んだ。雪じゃない。彼女は片目をつむって、雲を掴みとろうとしていた。手袋もせずに朱く染まった手が、心細げに震えているのがわかった。
僕は彼女の手を握りしめたかった。でも冷えた手はかじかんで、うまく動かなかった。
「ふたご座流星群」
彼女はそっと呟いた。
「三大流星群のひとつで、一年で一番大きな星のお祭り。でも、痕はあまり残らないし、あんまり明るくもなくて、少し地味な流星群」
僕は彼女を見た。彼女は空を見ていた。
「でも、きっとこの流星群には、一年で一番たくさんの人の願いが込められている。冷たい空気と、ちょびっと痛いてのひらと、コートの柔らかい感触と、そんなものを感じながら、遠く遠くで孤独に消えていく星々を、一年で一番多くの人が見守っている」
彼女が僕を見た。薄い微笑みと、優しげな瞳がそこにはあった。
「ねえ、知ってる? この流星群は、軌道の変化で二十一世紀ごろからどんどん見えなくなって、二十二世紀には見えなくなるって言われているんだよ。でもね、消えるどころか、少しずつ増えている」
彼女が空を見たので、僕も空を見た。暗闇の奥から雪がふっと現れては、静かに僕らに降り積もった。
「まるでそれは、私のことを見て、って言っているみたい。消えゆく私をもっと見てって、私たちに願っているみたい」
静かだった。雪がありとあらゆる音を吸い込んで、それは凍てつく吐息となって僕らを撫でた。そんな中で、彼女の声だけが、まるで魔法のように温かかった。
「じゃあ、流れ星が願いを叶えてくれるのは、彼らなりのお礼なのかな」
僕がそう言うと、彼女ははっとした表情で僕を見た。僕は少し驚いて、ちょっぴり照れくさくて、彼女から目を逸らした。
「――うん。きっとそう」
彼女の息が、ふわりと白く空に舞い上がった。
「だから、見てあげたかったな」
僕の手を抱く彼女の手が、ぎゅっと力強くなって。
そこから淋しさが伝わってきて。
――僕は思わず彼女を引き寄せると、横になったまま、強く強く抱きしめた。壊れそうなほど繊細な彼女の体はびくりと一度強張って、やがて雪が溶けるように力が抜けていった。
……彼女の髪の匂いがした。温かな吐息が僕の首元を湿らせた。
僕は彼女の目を見て言った。
「僕が君の流れ星になる」
彼女の潤んだ瞳が不思議そうに揺らいで、やがてそれは笑みになった。僕はすごく恥ずかしくなって、「笑うなよ」と、再び彼女を抱きしめた。
「ごめんなさい」
笑いをこらえきれないまま、彼女が言った。僕はふてくされていたが、僕を抱きしめる彼女の腕には先程より力が込められていて、なんだかそれは少し切なかった。
「すごく嬉しい」
「……本当に?」
「うん。……でも、あなたは流れ星にならないで」
「どうして?」
「流れ星は、消えちゃうの。だから、消えないで」
僕の胸が、ぎゅっと縮こまるのがわかった。腕の中のこのか弱い女の子が、愛しくて、愛しくて、僕の吐く息は震えた。
「消えない。絶対」
彼女は応えなかった。けれど、安心したように微笑んで、僕の胸に頭を摺り寄せた。
――その瞬間、僕はわかってしまった。
永遠がここにあること。
この腕を緩めたら、それがすぐにどこかへ消えてしまうことも。
……だから、僕はただただ彼女を抱きしめていた。消えゆく運命の雪の中で、それはやはり奇跡でも願うかのような心地だった。
「ねえ」
彼女が僕を呼んだ。
――まるで、さよならを告げるような響きだった。
「願い事をしよう?」
そうして僕らは、叶えられない約束をした。
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