その2
カケルも流玲も、そして沙世理までもが、ゾンビカタストロフィーが起きたあの日のことを一切覚えていなかった。幾度か三人に対して、それとなくゾンビカタストロフィーの話を振ってみたが、三人とも無反応であった。三人はあの日の記憶を全て忘却していたのである。
入学式当日に三人がキザムに対して他人行儀な反応を見せたのも当たり前だった。キザムが三人と親しくなるのは、高校に入学してからしばらく経ってからなのである。
でも、この世界でキザムが三人と以前のように親しくなることはもうない。なぜならば──。
キザムにその気がまったくなかったからである。
三人と親しくなるということは、その先の未来において、ゾンビカタストロフィーの発生の確率を高めてしまう可能性があったからである。
カケルと沙世理と接触することで、直接的なゾンビカタストロフィーの発生を生じさせる不安はなかったが、二人はれっきとしたあの『大惨事』における関係者に含まれている。それを考えると、二人とも距離を置いたほうがいいという結論をキザムは下した。
そして、何よりも一番重要な人物が流玲だった。前の世界において、流玲とはお互いの粘膜を接してはいけないと学んだ。粘膜ということは、おそらく唾液による飛沫感染も危ないに違いない。キスをせずとも、例えば、お互いに何気ない会話をしている際に咳やくしゃみをしてしまい、それが原因で飛沫感染が起こることは十二分に有りえる。流玲とはとにかく物理的な距離を置いて、接触することを完全に防ぐ必要があった。
だから、キザムはなるべくカケル、流玲、沙世理の三人とは距離を置くようにして高校生活を過ごすという選択肢を選ぶことにしたのだった。
カケルも流玲も、そして沙世理もキザムの対応を最初の内は不審げに思っていたみたいだったが、毎日のようにキザムが三人と距離を置く姿勢を取ると、三人とも自然とキザムと距離を置くようになった。
それはそれで寂しい現状であったが、世界をゾンビカタストロフィーの脅威から救うためには、仕方がない処置であった。いや、それ以外の方法はもうなかったのである。
キザムはこの先、自分ひとりだけでゾンビカタストロフィーの脅威を背負うと決意したのだ。もう誰一人として、ゾンビカタストロフィーによって傷つけたくなかったのである。
それからというもの、キザムは校内で一人で過ごすことなった。カケルたち以外の友達を作ることも出来たが、それをしてしまうとなんだかカケルたちに対して申し訳ない気がして、結局、一人でいることを選んだ。中学時代も一人で過ごしてきたので、一人でいることに苦痛は感じなかった。ただ、たまにカケルや流玲から視線を向けられることがあって、それを無視しなくてはいけないことが、唯一、心に深い後悔を刻んだ。
そんな風に心が折れそうになったときには、世界を救う為には仕方がないんだ、と自分自身に対して必死に言い聞かせた。
未来において親友になったであろうカケルと、恋人になったであろう流玲と距離を置くことは辛い選択だったが、世界を救うという使命感がキザムの心を支えてくれた。
考えてもみれば、沙世理は婚約者である馳蔵を病気で亡くしている。カケルにいたっては、恋人と親友の二人を同時に失っている。
それに比べてキザムの失ったものといえば、たしかに親友になるカケルと恋人になったかもしれない流玲を失ったが、でも、二人は今しっかりと生きているのだ。決して死んだわけではない。二度会えないということではないのだ。
だとしたら、この選択も決して最悪とはいえないだろう。
みんなが喜ぶハッピーエンドにはならないが、みんなが悲しむバッドエンドも回避出来る選択である。
言ってみれば、これは差し詰め苦い終わりを迎えた──ビターエンドといったところだろうか。
このままぼくの高校生活は灰色のまま進んでいくのだろうけれど、その代償として世界を救ったと思えば安いもんだよ。
いつしかキザムは胸の内でそう思うようになっていた。
こうしてキザムの高校生活の日々はつつがなく経過していき、そして、遂にあの日がやってきた。
ゾンビカタストロフィーが起きたあの日が──。
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