終章 エンド・オブ・ザ・デッド ~死者の結末~
その1
頭ががくんと前のめりに下がって、その衝撃によって意識がはっと舞い戻った。
「──どうした? 入学早々にもう居眠りか?」
前方から声を掛けられた。途端に、自分の方にたくさんの視線が集中するのを感じた。
「えっ? えっ……? こ、こ、ここは……?」
キザムは頭を左右に大きく振って、周囲の景色をすぐさま確認した。
小ぎれいな教室。席にはまだ着慣れていない新品の制服に身を包んだ、緊張気味の男女の姿がある。大きな黒板にはおそらく在校生の手によるものであろう、新入生をお祝いする可愛らしい絵が一面に描かれている。
『ようこそ、我が校へ! 新入生の皆さん、入学、おめでとう!』
黒板の中央に書かれた文字を読まずとも、この瞬間がどういった場面なのか瞬時に悟った。
体育館で行われた高校の入学式を終えて、それぞれの各教室に戻ってきたところなのだ。
そこまでは分かった。なぜならば、この場面を経験をするのは、今回で『二度目』なのだから。でも、それは絶対に有りえないことだった。なぜならば──。
キザムは流玲を伴って、屋上から飛び降りたのだ。
地上三階からのダイブである。死ぬことはあっては、助かる見込みはゼロに近いはずだった。キザム自身、地面に全身を打ち付けた際の、激しい衝撃をしっかりと覚えている。それなのに、今こうして教室にいるということは、考えられる可能性はひとつしかない。すなわち──。
ひょっとしたら……ぼくはまた……タイムループをしたということなの……?
それしかありえなかった。しかし、ここでまた新たな疑問が頭の中に生まれた。
でもなんで、ぼくはこの時間にタイムループしたんだろう……?
今まで経験してきたタイムループでは、ゾンビカタストロフィーが起きた日の昼休みに入る直前の時間に舞い戻っていた。それなのに今回に限っては、なぜか高校の入学式の当日に舞い戻ってきてしまっている。
おかしい……? どうしてなんだろう……?
キザムは自分に集まる視線を無視して、考えに没頭する。
もしかしたら、この日にタイムループしてきたのには、何かちゃんとした理由があるのかもしれないっていうことなのかな?
さらに深く自分の身に起きた不可解な現象について思考を始めようとしたところで、唐突に邪魔が入った。いや、邪魔というのはおかしな表現かもしれない。そもそも、今は入学式を終えて、これからの高校生活について担任の教師が丁寧に説明してくれている時間なのだ。
「おい、本当にどうしたんだ? もしかしたら体調でも悪いのか? それなら保健室に行ってもいいぞ。今年の春から美人の養護教諭の先生が入ったからな」
先ほどキザムに声を掛けてきた担任の教師が冗談っぽく言うと、男子生徒の間から小さな歓声があがった。
「先生、それってセクハラ発言ですよ」
前の方に座っていた髪の長い女子生徒が抗議の声をあげる。
「おう、悪かった、悪かった。今の発言は撤回するよ。新学期が始まったばかりなのに、くびにはなりたくないからな」
これもまた冗談混じりに担任の教師が言うと、今度は教室の中にどっと笑いが起きた。生徒たちもようやく緊張が解けて、教室内があったかい雰囲気に包まれる。
しかし──キザムだけはひとり、緊張状態が続いていた。
「立派な発言をした君はクラス委員長候補に決定だな」
担任の教師がさきほど自分の発言を訂正した女子生徒に向かって声を掛けている。その女子生徒は今はたしかにクラス委員長候補だが、明日のホームルームでクラス委員長を任されることになることを、キザムは知っている。
そこでキザムはもうひとり探すべき人物がいることを思い出した。明るく笑う新入生たちの中から、目的の人物を探し始める。
いた! 見つけた! やっぱりここはぼくのよく知っている世界に間違いないんだ!
このクラスのクラス委員長になる今宮流玲と、風上カケルの姿をちゃんと見つけることが出来た。キザムにとって初めての親友となる男子生徒と、初めてキスをすることになる女子生徒。
だが、ここで不可解な事態が生じた。ふたりを交互に凝視していたキザムの視線と、二人の視線がたしかに空中で絡み合ったにも関わらず、なぜか二人ともどこか余所余所しい他人行儀な反応を示したのである。まるでキザムとは初対面のような素振りに見えた。
これっていったいどういうことなんだろう……?
二度目となる高校の入学式当日早々から、一抹の不安を感じるキザムだった。そして、その不安は見事なまでに的中した。
担任の説明は短時間で済んで、高校初日は無事に終わり、帰宅時間になった。さっそく席が近い者同士で話を始める者もいれば、カバンを持ってさっさと教室から出て行く者もいた。
そんな中、まだ何が起きたのか分からずに動揺が収まりきっていないキザムの元に、近寄ってきた者がいた。
「オレ、風上カケル。これからよろしくな」
人当たりの良い笑顔を浮かべる男子生徒は、キザムがよく知るカケルに他ならなかった。
「私は今宮流玲よ。よろしくね」
さらにもうひとり、キザムに気軽に声を掛けてきた。
だが、キザムは二人の声に反応出来ずにいた。なぜならば、二人ともあたかも初めて会ったときのような挨拶をしてきたからである。
流玲がそのような態度を示すのはまだ分かる。流玲は自分がタイムループをしているという明確な記憶を持っていなかった。何度も同じようなことを繰り返している気がするとは言っていたが、タイムループ自体については知らなかった。
しかし、カケルはタイムループしていることを、キザムから聞いて知っていたはずだ。それなのに、なぜ今、キザムと初めて会ったような態度を見せるのか分からなかった。
「あ、あ、あの……あのさ……」
返事を返そうにも、なかなか次の言葉が出てこない。あたふたと焦っていると、不意に、この不可解な事態を解決出来る可能性にひとつだけ思い当たった。
「あっ、ごめんなさい。ぼく、用事を思い出したから──」
キザムはカバンを手に取ると、二人の前から逃げるようにして教室を飛び出した。
向かった先は、いみじくもさっき担任の教師が話してくれた場所である。
一階の保健室の前まで来ると、そこで一度息を整える。
そうだ、沙世理先生なら知っているはずだ。だって、ぼくがタイムループしていることを最初に話した人が沙世理先生だったんだから──。
「失礼します──」
丁寧に声を掛けて、ドアを開ける。
保健室のイスに座った沙世理がキザムのことを出迎えてくれた。だが、その表情を見た瞬間、キザムは異変を察した。
「あら? どうしたの? 見かけない顔だけど、今日入学してきた新入生かしら? どこか調子でも悪いの?」
沙世理の話し振りから、明らかにキザムのことを知らないということが分かった。
つまり──この世界でタイムループしたことを知っている人間は、ぼくひとりだけということなんだ……。
キザムはようやくその重い事実を受け入れるのだった。
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