その2

「な、な、流玲さん……」


 キザムは喉の奥から必死に声を絞り出して流玲の名前を呼んだが、そこから先の言葉が出てこなかった。目の前の状況がどうしても理解出来なかったのだ。いや、それは違う。理解は出来たが、どうしても心がそれを受け入れられずにいたのである。


 やっと捜し出した相手がすでにゾンビ化していた──。


 この現実をどのような気持ちで受け止めろというのか。せめてもの救いは、流玲がまだ完全にゾンビ化していないということだった。つまり、まだ流玲を助ける道があるかもしれないということである。


 混乱していた思考がそこまで思い至ったところで、ようやく一歩前へと足を踏み出す気力が湧いてきた。


「──流玲さん、大丈夫だから」


 流玲のもとへ足を踏み出そうとした途端──。


「こっちに来ないで!」


 これ以上ないくらいの強い拒絶の意思が込められた流玲の声。


「でも、流玲さん……」


「──お願いだから……。キザムくんには……わたしのこんなひどい姿を見られたくないから……」


 先ほどとは一変して、今度はこれ以上ないくらいの物悲しい響きをともなった流玲の声。


 極端な声の変化から、流玲の本当の気持ちが垣間見えた気がした。流玲は今心の中で葛藤し、もがき苦しんでいるのだ。


 だとしたら、その苦しみをなんとしてでも排除してあげたかった。


「流玲さん、一緒に校庭に避難しよう。先生たちにはぼくが説明するからさ。早く病院に行って診てもらえば、そんな傷ぐらい絶対に治るはずだからさ」


 ゾンビ化の原因すら知らないキザムだったが、今は口から出まかせを言ってでもして、流玲を保護したかった。


 だが、流玲は思いもよらぬ言葉を放ってきた。


「──ねえ、キザムくん……わたしなの……わたし……なんだよ……」


「えっ? 流玲さん、なんのことを言ってるの……?」


「──キザムくんは本当に優しいんだね」


「優しいって……」


「だって、キザムくんはもう気付いているんでしょ? 気付いているのに、わたしのことを傷つけないように、気付かない振りをしてくれているんでしょ?」


 流玲の正常な右目から透明な液体が流れ落ちた。その涙にどれほどの思いが込められているのか。


「…………」


 キザムの胸の内側でぞわぞわと暗い感情の波がうねった。


 今まで頭の片隅で『もしかしたら』と考えていたが、あえてそこから目をそらしてきた。あえて見ないようにしてきた。あえて気付かない振りをしてきた。


 なぜならば──。


 その可能性について考えることが怖かったからである。


「ダメだ……。流玲さん……言っちゃダメだ……。それは言っちゃダメだよ……」


 キザムは大きく首を振って、流玲の言葉を止めようとした。だが、流玲の決意の方が上回っていた。


「ねえ、キザムくん。この大惨事はすべてわたしから始まっているんだよ……。わたしがこの大惨事の元凶なんだよ──」


 キザムが絶対に聞きたくなかった言葉を、流玲ははっきりと言い切った。

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