第4章 フォース・オブ・ザ・デッド その壱
その1
「…………ム…………キザ…………ザム…………」
遠くの方で自分を呼ぶ声が聞こえる。
「…………キザ…………ザム…………キザム…………」
不意に体が前後に揺れ出した。瞬間的に目がぱっちりと開いた。
「──おい、大丈夫か、キザム?」
目の前に心配げな表情を浮かべるカケルの顔があった。両手はキザムの肩に置かれている。どうやら肩を揺すられて、それで目を覚ましたみたいだ。
「えっ? う、うん……ここは……教室、だよね……? いつものぼくたちの教室だよね……?」
「ああ、教室だよ。どこからどう見ても、オレたちのクラスの教室に間違いないぞ。もしも、ここが音楽室に見えたら、急いで眼科に行って、目を診てもらったほうが──」
「違う! そうじゃないんだ!」
思わずイスから立ち上がって、大声を出してしまった。
「おい、キザム──本当に大丈夫なんだろうな? まさか体調が悪くて……」
カケルが怒ったような声で言ってきた。本気でキザムのことを心配をしているのが声から分かった。
「──やっぱりダメだったのか……」
一転して今度は深く大きなため息を一回つくと、イスに座りなおして、そのまま机の上に顔ごと突っ伏した。
「おい、キザム、どうしたんだよ? そんなため息なんかついたりして……」
カケルの声は確かにキザムの耳に届いていたが、脳の中までは届かなかった。キザムの頭の中は先ほどまでいた世界のことでいっぱいだったのである。
結局、ぼくは誰も救えなかったんだ……。しかも、ぼくの勘違いのせいで、沙世理先生と真知奈さんまで犠牲になってしまった……。
むろん、時間がループしたので、沙世理も真知奈も『この時間軸の世界』においては生きているだろう。だが、ゾンビと化した二人の生徒に喰い殺される場面は、鮮明にキザムの脳裏に刻まれている。忘れようとしても絶対に忘れられない光景だ。
もう、あんなシーンは二度と見たくないよ……。人が生きながら喰われるところなんて……。
失意と無念の気持ちが交差して、さらに気持ちが落ち込みそうになった。だが、そこで頭に光が過ぎった。
いや、待てよ。時間が何回もループしているということは、事前に起きることが分かっているっていうことなんだよな。つまり、前回のループ世界から学ぶべき部分を学べばいんだ!
たしかに前回のループ世界ではあの『大惨事』を防ぐことは出来なかった。だが、あの『大惨事』が最初に起こる場所は特定出来たのだ。
そうか、あの女子トイレを見張っていればいいんだ! あそこであの『大惨事』の『きっかけ』となる『何か』が起きたはずなんだ。それを突き止めることが出来れば、今度こそあの『大惨事』を防ぐことが出来るはずだ!
意気消沈していた気持ちが、急に元気付いてきた。現金なもので、そう思った途端、今度はお腹が空いてきた。
そうか、今は昼休みだったんだよな。このあとのことを考えて、しっかり栄養補給しておかないと!
「カケル、お昼ご飯にしよう!」
さっきまでの落ち込んだ雰囲気がウソのように、楽しげにカケルに声を掛けた。
「えっ? お、お、おい、キザム……本当に大丈夫なのか……? ため息付いたり、でかい声を上げたり、今度は急にご飯を食べようなんて言い出したり……。情緒が不安定にしか見えないぞ」
キザムの目まぐるしく変わる態度に、カケルは付いてこれないみたいだった。
「ああ、大丈夫だよ。お腹が空きすぎて、少し調子が狂ってただけだからさ。今はしっかりはっきりちゃんとしているよ!」
キザムはわざと冗談っぽく言うと、通学カバンから弁当箱を取り出して机の上に置いた。
「キザムがそう言うのならばいいけどさ。まあ、オレも腹が減ったし、じゃあ、昼ご飯にするか」
カケルも手にしたコンビニのビニール袋を机に置いて、イスに腰掛けた。
「カケルは今日も『大盛りサイズの唐揚げ弁当』なんだろう?」
この先の展開を知っているキザムは自然と口に出して言っていた。
「ふふふ──」
カケルが意味深な笑みを浮かべた。
「なんだよ、カケル。気味の悪い笑顔をなんて浮かべたりしてさ」
「今日のオレの弁当だけどな──」
カケルは焦らすようにビニール袋からゆっくりと弁当を取り出す。
「ジャーン、今日のオレの昼ご飯は『カロリー控えめヘルシー野菜サラダ弁当』だぜ!」
机の上に置かれた弁当には、色鮮やかな緑の野菜がこれでもかと入っている。どこからどう見ても『大盛りサイズの唐揚げ弁当』ではない。
「えっ……? なんでだよ……? だって、いつもの『大盛りサイズの唐揚げ弁当』のはずじゃ……」
キザムの胸にぞわりとした薄ら寒い風が吹き抜けていく。
「少しは健康に気を遣おうと思ってさ、今日は『カロリー控えめヘルシー野菜サラダ弁当』にしたんだよ」
カケルの説明におかしなところは一点もない。説得力のある説明でしかない。
でも、キザムにとっては違和感しかなかった。なぜならば──。
過去三回繰り返してきた世界では、カケルは必ず『大盛りサイズの唐揚げ弁当』を食べていたのである。それは絶対的な事実だった。
何かが違う……。
はっきりと断言出来ないが、違和感を拭い去ることは出来なかった。
「キザムの今日の弁当は、いつもと同じキザムママお手製の弁当なのか?」
カケルが興味津々といった視線をキザムの弁当箱に向けてくる。キザムの身体のことを考えて、母親が栄養に細心の注意を払って作った特別な弁当である。今日はキザムの大好物である卵焼きが入っているはずだ。
「えっ、う、うん……そ、そ、そうだけど……」
キザムは弁当箱の蓋に手をおいて開けようとしたが、そこで不意に身体が硬直してしまった。言い知れぬ不安にかられてしまったのだ。
もしも……もしも、ぼくの不安が当たっていたら……この弁当箱の中身は……。
そう思った途端、蓋を開けるのが怖くなってしまったのである。
「キザム、どうしたんだよ? まさか、オレがキザムの弁当のおかずを頂戴するとか思っているのか?」
カケルが昼食時にありがちなことを言ってくる。
「いや、そんなこと思っていないよ……ただ……」
弁当箱の蓋に釘付けになるキザムの視線。この蓋を開けないことには中身を確かめることは出来ない。
そうだ……ぼくの思い違いってこともありえるし……。何をこんなことで恐れているんだ、ぼくは……。大丈夫、大丈夫……。きっと、ぼくが考え過ぎているだけなんだ……。
自分の心に言い聞かせる。そして、静かに弁当箱の蓋を開けた。果たして、その中身は──。
「おっ、やっぱり今日もキザムの弁当には『卵』が入っているな」
目の前にいるはずのカケルの声が、凄く遠くに聞こえる。
たしかにキザムの弁当箱には『卵』が入っていた。きれいに半円形にカットされた『卵』は、しかし『ゆで卵』である。キザムの記憶にある『卵焼き』は、弁当箱の中にはどこにも見当たらなかった。
やっぱり違う……。何かが違う……。ぼくの知っている世界とは明らかに何かが違っている……。
キザムの胸中に生まれた不安は、今、大きな恐怖へと変わっていった。
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