第五十七話 元引きこもりと白銀の一日
カーテンを開けると、町が真っ白に染まっていた。
「うわ……すごい……」
寝ている間に雪が降ったのだ。
いつも朝は騒がしいものだが、今日は雪のせいか世界が静まり返っている。鳩すらも電線の上で丸く膨れていた。
ワクワクしながら階段を降りると、先に起きていたお姉さんと夏南もリビングの窓から外を眺めていた。
「あ、きょーくん。これ……」
「うん……!」
夏南も俺も興奮が抑えきれない様子だった。
窓の外、庭に積もった真っ白な雪に目を奪われない人間はいないだろう。
「なんで三か月経った気がするのにまだ冬なのかしら?」
「そこに触れちゃだめだよお姉さん」
小首をかしげるお姉さんに釘を刺してから、俺は二人の傍に腰を下ろした。
「綺麗だなぁ……」
「そうねぇ……」
普段はテレビでもつけてだらだらしているのに、今俺たちはこの静寂にただ純粋に身を任せていた。
庭の木に生い茂る葉は、たまに重さに耐えきれず雪を落とす。そのかさりとした音すらもなにか芸術的なものに思えてくるから不思議だ。
「溶けちゃうのが勿体ないね」
夏南がそう言ったのを聞いて、俺の脳裏に妙案が浮かんだ。
「そうだ、晴れてるし、このまま雪溶かしちゃうの勿体ないからさ。なんか遊ぼうよ」
「この歳で雪遊びはちょっと……」
「じゃあ香波さんは部屋で見てなよ。あたしときょーくんはまだ学生だから雪遊びしても別に恥ずかしくないし」
「雪を前にしたら誰でも十歳の子供に戻るのよ!」
挑発されたお姉さんがガバッと立ち上がって庭に繋がる窓を引き開けた。
「……」
そして庭先で立ち止まって、お姉さんはゆっくりとこちらを振り返った。驚いたような表情をしている。
「はじめて窓を割らずに庭に出た気がする……」
「えぇ……」
でももうガラス屋のお兄ちゃんとか電話で名乗っただけで来るようになったもん。「あ、はい、毎度ありで~す」って感じだもん。
さておき、
「せっかくだからなんか競争にしようよ」
「競争?」
競争が誰よりも好きな夏南が若干テンションを上げてそう訊き返してきた。
「そう、『誰が一番雪を楽しんだか』を決めよう」
「ちょっと抽象的ねぇ」
「いいんだよユルくて。勝ち負けなんてあってないようなもんだし」
「まあ、それもそうかな」
俺と夏南も立ち上がり庭を覆いつくす厚い雪に向き合った。
そういうわけで、唐突に『第一回 八咫野家雪エンジョイコンテスト』が開催されたのである。
★
「どうしようかな」
俺は雪の上に寝っ転がりながらそう呟いた。
跡一つない美しい雪だったので俺たちは三人揃って背中から雪に飛び込んだわけだが、驚くほど晴れていて高い冬の空を見上げていると頭が空っぽになってしまう。
「うーん……雪だるまとかはありきたりだもんなぁ……」
誰にも聞こえないように呟いてからちらりと横を見ると、夏南がせっせと雪だるまを作っていた。
「……」
とりあえずビリはなさそうだな……
次にお姉さんの方を見ると、こちらも雪だるまを作っていた。まじか。
さすがに三人揃って雪だるまというわけにもいくまい。俺はかまくらでもつくろう。
★
控えめに言って最高に楽しかった。
暖かな日差しの中、ざくざくと雪を弄る音だけがあたりに響いている。雪の中だから激しく動いても苦しくはない。冷華さんが仕事でいないのが残念だ。
一時間くらい経っただろうか。俺たちはほぼ同時に作業を終えた。
「じゃあお互いの作品を発表しようよ」
俺がそう提案すると、夏南もお姉さんも額の汗を拭って頷いた。二人とも雪の中で作業をしていたからか体が火照って服がしっとりと透けている。エロ――もとい、素敵だった。
「あたしは雪だるま!」
そう言った夏南は庭の隅に添えられた雪だるまを指さした。
四つ仲良く並んだ雪だるまは俺たちを象った物だろう。一番小さいのが(不服だが……)俺で、それからそのすぐそばにあるのが夏南、ちょっと離れて冷華さん、そして……
「ねえ……ちょっと悪意を感じるのは気のせいかしら?」
「気のせいです」
お姉さんをモデルにしたであろう雪だるまは、無残にも頭の半分がつぶされていた。惨い、あまりにも惨い。地面にぶっ倒れてるし。
「普通に作ってたんだけど、途中で気が付いたらああなってたの」
「怖すぎるわよ」
本能を抑えきれていない夏南だった。最近獣性がどんどん強くなってない?
「お、俺のはかまくら……」
話題を切り替えるようにそう切り出して、俺は自分の作品を指さした。
大量の雪を利用して俺が作ったのは巨大なかまくらだ。
小さなころに家族でかまくらを作ったことがあるが、こんなに大きいものに挑戦したのは初めてだった。四人だって余裕で入れる。
「椅子とテーブルも造ったんだよ」
「すっごい!」
「あの短時間でよくここまでやるわね」
二人も感心してくれたようだ。いつもの喧嘩も忘れて俺のかまくらの中で楽しそうにしている。
ふふん……どんなもんよ。
「じゃあ、最後はお姉さんだね」
「ついに来たわね」
お姉さんは若干得意げに自分の作品の前に俺たちを連れていく。相当自身があるようだ。確か雪だるまじゃなかったかな? 夏南と被ったのは痛いはずだ。
なぜかシーツを被せている巨大な像を前に、お姉さんは胸を張っている。
「私の作品はこれよ!」
バサッとシーツをはがしたそこに現れたのは……
「え……」
「うそ……」
そこにあったのは札幌雪祭りもびっくりの巨大な雪像だった。
一時間で……!?
「初めてにしては自信作なのよ」
「はりきりすぎでしょこの天才肌!」
夏南が関心と怒りと混ざった複雑な表情でそう叫んだ。もう完全にかまくらと雪だるまが霞んでしまっている。
雪像は一目で分かるぐらい俺とお姉さんだった。耽美なポーズと美しすぎる造形の俺とお姉さんが絡み合った大変に色気のある雪像だ。
「というかなんであたしは踏まれているの⁉」
そう、夏南は俺とお姉さんに踏みつけられていた。なんとも言えない表情をしている。
「最初は普通に作ってたんだけど気付いたらこうなってたのよ」
「そんなわけあるかい!」
突っ込みつつ、夏南は手を伸ばしてお姉さんの雪像の胸の部分をもぎ取った。
「なにをするのよ⁉」
さすがに抗議するお姉さんだったが、夏南はもぎ取った胸を力強く握り込んだ。
ボシュンッ! と音を立てて一瞬で雪が蒸発して夏南の手から湯気が立ち上る。どんだけの握力しとんねん。
「私の作品に手出しはさせないわ!」
果敢にも夏南に飛びかかっていくお姉さんだったが、ポテンシャルと鍛錬が夏南とは雲泥の差だ。一瞬にして投げ飛ばされて雪像に突っ込んでいった。
雪像にクリーンヒットしたお姉さんは、そっくりそのまま自分の像の部分とすげ変わって安らかな表情を浮かべていた。自分が作った雪像よりもそれは美しい姿だった……
★
「素敵ねぇ……」
かまくらの中で鍋をつまみながら、お姉さんはうっとりとそう呟いた。
夜、俺たちは俺のかまくらのなかで豆腐鍋を食べていた。帰って来た冷華さんも一緒だ。
「……わたくし抜きでそんな楽しいことをしてたなんて」
「まあまあ、鍋で許してよ」
「……鏡太さまがそう言うなら」
蝋燭を何本か立てたかまくらの中はほんのりと明るかった。橙色の光は冬を局地的に暖かくしてくれる。
「ごめん、ちょっとお手洗い……」
軽く断りを入れてかまくらを出た俺は、ふいに庭から空を見上げた。
「おぉ……」
満点の星空だ。大三角がはっきりと見て取れる。
その感動を伝えたくてかまくらの方に目を向けると、三人が楽しそうに鍋を囲んでいるところだった。
「……まあいっか」
その光景だけで幸せになれたような気がした。
ちっとも寒さを感じないまま、俺は早くあの明かりの中に戻るべく歩き出すのだった。
お姉さんだらけのハーレム地獄!! ~ポンコツで巨乳のお姉さんが家に侵入してきてから俺の貞操と命が危ないんだが~ 可笑林 @White-Abalone
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