第四十八話 ヤンキーとモヤシな後輩

 『今すぐ来い』


 とメッセージを送ったのは昼過ぎのことだった。アイツはどうせ暇にしてるだろうから、すぐに来るだろう。すぐ来れないにしても、先輩であるオレの言うことを無視するような奴ではない。なんか半年見ないうちに生意気になった気がしてイラついたが、根っこのところは全く変わっていないようだった。


 なんかそれを喜んでいる自分がいるようでムカついたので、オレはこの前撮った『例の写真』を送り付けてやった。御伽がアイツのほっぺにキスをしてる例の写真だ。


『一時間以内に来ねえとこの写真をばらまくぞ』


 そんなつもりは毛頭ないが、ちょっとしたイタズラ心だ。


 お、既読が付いた。


 いつも律義なアイツからの返信がないのが不気味だったが、まあいいだろう。



 俺が渋谷駅の『明日の神話』前で冥子さんを見付けたとき、俺と目が合った冥子さんは露骨に驚いた顔をした。


「こんにちは冥子さん。急に呼び出すなんて――」


 挨拶をしながら、俺は冥子さんに近付いて行った。渋谷の待ち合わせと言えばハチ公かモヤイ像あたりが定番だが、井の頭線の乗り場近くのこの『明日の神話』前は広い上に人も少なくて隠れた待ち合わせの好ポイントだ。おまけに室内なので悪天候でも落ち合いやすい。


「どうしたんですか?」

「いやこっちのセリフだけど!?」


 俺の問いかけに、冥子さんは大声でツッコミを入れてきた。いやだなあ、周りに人がいるのに大声出さないでよ。


「お、お前……確かこの前のサロン事件の時に怪我したの、太もものあたりだったよな……?」

「そうですけど?」

「『そうですけど?』じゃねえよ! なんで全身包帯まみれなんだよ!?」

「あ、これですか? まあ小さな誤解が重なりまして」

「お前は誤解が重なると重傷を負うような環境で生きてんのか……?」

「? みんなそうじゃないんですか?」

「……」


 なんか冥子さんがいつもより優しい目で俺を見下ろしている気がした。


「というか冥子さんのせいでもあるんですよ? あの写真をいきなり送ってくるなんてひどいじゃないですか」

「あ、あの写真のせいなのか?」

「半分はそうです。危うくサイボーグにされるところだったんですから」

「サイボーグ!?」

「『あたししか愛せなくなる体にしてあげる』とか、『それなら鏡太君の生の体を三等分すれば三体のサイボーグ鏡太君が作れるじゃない!』とか、『なぜ今まで思いつかなかったのでしょうか……』とか、ほんとに危なかったんですからね」

「悪いこと言わねえからオレと一緒に住もう、な? それか警察に保護してもらえ」

「あははは! そんなことしたらほんとにサイボーグにされちゃいままままままmmmmmmmmmm――おっと、いけないいけない……」

「もうサイボーグ化してない!? 大丈夫か!?」


 ? なにを言ってるんだろう? 変な冥子さんだなあ……


「まあそんなことはいいんですよ。今日は本当にどうしたんですか? 『Hell』の活動ですか? テレシアも御伽さんもいませんけど……」

「い、いいのか? まあお前が言うならそうなんだろうが……」


 いまいち腑に落ちていない様子の冥子さんだったが、スッと表情を切り替えると地上へ続く階段のほうへと歩き始めた。

 そしてなんでもないような表情で俺に言葉を投げかける。


「今日はただ、オレの買い物に付き合ってもらいに来ただけだ」



 冥子さんの言葉に偽りはなかった。

 というか、意味が分からなかった。


「……んだよ? 文句あんのか?」

「いや、ないですけど……」


 ぎろりと睨まれて、俺は怪訝な表情を引っ込めた。


 冥子さんがずんずんと渋谷の街を進んでいくのについていくと、彼女はやがてファンシーなキャラクターグッズショップへと乗り込んでいったのだ。


 あの冥子さんが!?

 部室で、半裸で、タバコを、酒を、やりたい放題のあの冥子さんが!?


 店に火でも付けるんじゃないかとひやひやしたが、意外にも冥子さんは店に並べられたぬいぐるみやらマグカップやらを真剣に物色している。


「あ、プレゼント用とかってことですか?」


 なるほど、そういうことなら納得がいく。親戚に誕生日が近い女の子とかがいるのかな?


「まあ、そんなもんだよ」


 クマのぬいぐるみを手に持ってお尻をじっと覗いていた冥子さんがぶっきらぼうに呟いた。こら、クマさんのお尻を広げるな。


「でも、それならなんで俺なんかを呼んだんですか? プレゼント選びならそれこそテレシアか御伽さんのほうが向いてますよ」

「うっせえなあ……お前でいいんだよ、お前で」

「はあ……」


 そんなことを言ってはいるが、冥子さんは俺には一瞥もくれない。選んでいるのか、選んでいないのか、ただ店内を歩いては、ときどき商品を適当に手に持ってまた棚に戻すことを繰り返している。

 そんな冥子さんをおかしくは思ってはいるが、俺もなにかを言い出せるわけでもなく、しばらく俺たちは子供も多い店内で悪目立ちしていた。


「おい」


 数分してから、冥子さんは俺にそう呼びかけた。


「なんです?」

「どれがいいと思う?」

「え?」

「お前が選べ」

「でも、その子の好みとか知らないし……」

「いいから、はやく」

「急かさないでくださいよ……えっと、じゃあ、これとかどうですか? 最近流行ってますよ」

「よし」


 言うが否や、俺が手に持っていたサメのぬいぐるみをひったくって、冥子さんはレジへと歩いて行ってしまった。


「……なんなんだ?」


 俺はわけもわからず、大量に並べられたぬいぐるみを見渡すだけだった。



 その後もアパレルショップなどを回ってから、俺たちは喫茶店に落ち着いた。


「これ、『たっぷりアイスコーヒー』を二つ」


 座席に着いてすぐ、冥子さんは店員さんにそう言った。

 

 注文を受けた店員が行くのを待って、俺は正面に座った冥子さんに対して身を乗り出した。


「ほんとに意味わかんないんですけど?」

「お前にわかんなくても別にいいだろ」

「乱暴な人だなあ……」


 なぜか拗ねた風に冥子さんが窓の外を見ている。


「半年間、なにしてたんだよ」

「はい?」

「てめえのことだよ。勝手に『Hell』やめただろ」

「いや、ですから別にやめてたわけじゃないですって」

「じゃあなにしてたんだよ」

「……」


『引きこもってた』とは言えない。だって恥ずかしいもん。


「こちら、『たっぷりアイスコーヒー』とサービスの豆菓子です」


 二人して沈黙していると、店員さんがコーヒーを持ってきた。


 同じく店員さんがいなくなってから、冥子さんはようやく顔をコーヒーへ向けた。ミルクをコーヒーに入れると冥子さんはそのままカップを手にして、少し白くなったコーヒーに口を付けた。

 

 一見なんの変哲もない行動だが、俺はそこであることを確信した。


「あの、冥子さん」


 なんでもない風を装って、俺は冥子さんに問いかける。



「もしかして、誰かに脅されてます?」



 冥子さんはなにも言わなかった。

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