第四十九話 ヤンキーと謎の追跡者

「警察は呼べないんですね?」


 通報できる状況なのだとしたら、わざわざ俺を呼び出すまでもないだろう。御伽さんもテレシアも俺よりずっと優秀だ。ここで俺を召喚した理由があるに違いない。


「……」


 冥子さんは無言でミルク入りのコーヒーを啜っている。


 おかしい。冥子さんは大の牛乳嫌いだ。見ただけでキレ出す。

 そんな冥子さんがコーヒーにミルクだけを入れて飲むだなんてことはあり得ない。


 思えば今日は出会ってからずっと、冥子さんは背後や周囲を気にするよな素振りを見せていた。誰かに付きまとわれているのだろうか。ストーカー? だとしたら冥子さんが俺に頼る理由はない。それこそ警察に頼るだろうし、なんなら傷害罪で警察に捕まるのは冥子さんのほうかもしれない。


「……今、近くにいるんですか?」

「……」


 小声で尋ねると、冥子さんは頷いた。


「『Hell』関係ですか?」

「……」


 冥子さんが頷くが、俺には心当たりがない。というかありすぎて困る。


 『Hell』はその活動の性質上、敵を作ることが多い。逆恨みで襲われることもしばしばだ。今回もどうもそのようなことらしいが、しかしどのサークルだ……? 俺は半年間のブランクがあるし……


 わ、わからない……

 なんだろ? ファンシーなショップに行く意味はあったのか? なにかメッセージが込められているのか? うーん……


 と、それより……


「すいませんちょっとお手洗いに……」


 実を言うとちょっと我慢していたのだ。こんなに人が多いお店では冥子さんを尾けているという連中も手出しはできまい。少し中座しても構わないだろう。


「チッ……」


 冥子さんが舌打ちをした。なんて人だ。こんなに親身になってるってのに。目の前で漏らしちゃうぞ。


 俺は思案を続けながら席を立った。



 用を足し終えて、洗面台の鏡に映る自分を見てそのヒョロさに落胆する。

 いつかの百目鬼さんみたいながっちりした男の人に生まれたかったものだ。それならば女装もさせられないのに……


「まあ言ってもしかたないか……」


 今やこの身一つが亡き両親からの生きた贈り物だ。悲観してもはじまらない。


「顔洗って行こう……」


 ばしゃばしゃと冷たい水で顔を洗っていると、すっきりした脳内に今日の昼過ぎから今までの出来事が回顧された。まるでデートみたいだ。そんなうれしくないけど……


 そんな呑気なことを考えている場合ではない。冥子さんは今ピンチなのかもしれないんだ。ここは俺がなんとかしなくては。


 濡れた顔を拭きながら気持ちを切り替えて、いざ戻ろうと顔を上げると――



 鏡に俺以外の人間が映っていた。



「!?」



 慌てて振り返ろうとするが間に合わず、俺は口と鼻を布で覆われた。


 あーはいはい。誘拐ね。おっけーおっけー。抵抗しないんでやさしくおねがいします。


 ここ半年で何度目かの誘拐に慣れを感じながら、俺は意識を手放した。冥子さんすいません……



「野郎……おっせーな……」


 八咫野がトイレに行ったまま戻らない。うんこか? うんこしてんのか?

 女と遊んでるって時にうんこするかねえ……


 イライラしながら待っていると、目の前の席に誰かが座って来た。


「おせーよ――って」


 八咫野じゃない。女だ。見たこともねえ洒落た服を着た女がさっきまで八咫野の座っていた椅子に座っている。


「どーも♡」

「チッ……」

「そんな反応しなくてもいいじゃない♡」


 心底愉快そうな笑顔を浮かべて、女はオレをじろじろと見てくる。


「アナタが連れててたあの男の子、ちょっと預かっちゃった♡」

「あぁん?」


 馬鹿モヤシ……簡単にパクられてんじゃねえよ……

 内心情けなく思っていながらも女を睨みつけてやると、女は少し体を震わせた。


「そんな顔しないでよぅ……乱暴はしないから」

「もうしてんだろうがよ」

「うふふ♡ でもなんであの子を連れてきたの? あれはウチの『被害者』なのに」

「は?」

「あらぁ? 知らなかったの?」

「…………」


 そう言えば……八咫野と出会った日、アイツは……


「てめえらのせいだったのか……」

「ステキだったでしょ♡」


 今の今までアイツの趣味だと思ってた……

 変態だと罵ってやろうかと思ったが御伽のやつが「今の時代、LGBTちゅうて繊細な問題なんばい」とか言うから触れられなかったぜ……


「で、沙汰島サン♡ ウチらが何してほしいかは分かるかしら?」

「……はぁ~~~」


 オレは渋々立ち上がった。

 

「人質取られてんじゃな」

「ありがとー♡」


 そう言って目の前の女――『Genroku Collection』の部長も立ち上がった。


「おあいそはウチらが持つわね♡」


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