第34話⑫六道文と六尺(りくせき)の孤と鬼が住む縣
人外同士の戦いは、先ほどの少年との戦いとは違って、荒々しさとは無縁の技術戦となっていた。
禍津人になったシンの攻撃は、その俊敏性と猫の様にしなやかな動きを生かした暗殺技が主体だ。
シンの爺さんは、目にも留まらない高速移動の連続でこちらの狙いを外し、軽い攻撃を数撃放ったのち、隙をついて本命の攻撃を繰り出してくる。
戦闘手順としては、さっきやり合ったカマタリとジロウの連携に近い。違いがあるとすれば、連携を一人でやっているのと、速さも力もこっちが数段上だというう厄介な点だろう。
そして、こいつの実力は、ハッキリ言ってあの禍津人の少年よりも上だ。
俺が、反撃に窮するとは、たいしたもんだよ。
「たいしたご老人です。まさか、ここまで元気だとは思っていませんでしたよ」
これはただの無駄口だが、相手の様子を探るのには欠かせない無駄口だ。のってくれなくても問題無いし、のってくれても戦闘にそれほど有利になるということも無い。
だからこそ、相手も付き合ってくれる可能性がある。
「そうかい? こっちはすっかり衰えてちまって、歩くのもおぼつかないっていうのに、こんな所まで出向かされちゃうんだから嫌になっちまうよ。あゝいやだね、最近の若者は、老人の扱いが雑でさ」
高速移動を続けながら、陽気に返答をしてくる化け猫。
このジジイ、殺し合いをやっているというのに、ノリが良いな。おしゃべりが好きなのか、俺の気をそぐのが目的なのか知らないけど、こっちとしては好都合だ。
「そうでも無いでしょ。子供をあやすのは、昔っからご老人と相場が決まっています」
「子供ね。確かに、アンちゃんの言う通りかもね!」
俺が無駄口を叩いた隙をついて、シンの爺さんは、俺の右後ろからその右腕の凶爪を繰り出してきた。
それを俺が小刀で受けた瞬間――
ギャン!
――と、激しい耳障りな衝突音が木霊し、発生した爆風と共に、俺の身体は吹っ飛ばされた。
その衝撃は、壁を二枚もブチ破らないと収まらい程、激しいものだった。
ちっ、やってくれたな。あのクソジジイ。
「アンちゃん。確かに超人的な強さだけど、鬼とは思えない普通さだよ。普通の人間さ。どっかの禍津人の方が人外だ。もっと言えば、俺達みたいな外道の方が人外さ」
戦い方も年期が入っている。隙が出来たと思い、杜撰な追撃をやって来たなら、小刀でも投擲してぶち抜いてやろうと思っていたんだが、そうはいかなかったか。
「僕も結構な外道のつもりですけど、それより上とは流石六道文のシン。簒奪者がまとめる組織の長は違う」
俺のその一言に動揺したのか、動きを止め隙を作る爺さん。こんなんで隙を作るとは、まだまだ未熟だな。
「……別に、私は簒奪したつもりはないけどね」
隙をついてもいいけど、それじゃ楽しいおしゃべりが出来なくなってしまう。
「へえ、ミラの両親を殺した人物の言葉とは思えませんね」
だからかわりに、その心の奥深くを抉ってやるとしようか。俺も、推測を固めたいことだしな。
「それと簒奪は、また別問題さ。あの時はそうしないと、組織が持たない時期に来ていたんだよ。王も大事だが古の誓いもまた大事なのさ。だから、それを両方持たせるには、ああするしかなかったんだよ」
つっつけば、ぺらぺらとしゃべってくれるあたり、こいつはお喋り自体が好きなんだろうな。
「そうですか? とても僕にはそうとは思えません。家臣の仕事は、王を盛り立てることで、殺すことじゃない。少なくとも、家臣による王殺しなんて大罪は、どうやっても拭い去ることは出来ませんよ」
興が乗って、こんなことを口走ってしまったけど、これは俺の本心という訳じゃないから説得力に欠けるかもな。
「分かった様な口を利くね、アンちゃん。私だって、王を精一杯盛り立てたさ。けどね、それでも最後に決めるのは王なんだよ。イゾウの師匠もモズを連れてきた私を責めていはいたけど、それでも最終的な責は王にあると認めていた。ああなってしまったのを止めることは、私じゃ出来なかったんだよ。それは、皆認めてくれている。だから、今でも組織として成り立っている!」
けど、そうでも無いようだ。シンの爺さんも、少し興奮して来たようで、なかなかいい塩梅だ。
「でも、六道文は今や唯の外道集団! そんな組織、組織以外の者は、誰も認めてはくれはしない! 国を再建させるなんて、夢のまた夢!」
「確かにその通りだろうさ。けど、それも今日で終わる。鬼さえ退治すれば、すべてが報われるのさ!」
そう、シンが言い放つなり、爆発的な高速移動を見せ、突撃を仕掛けてきた。それは、己の命さえ顧みない捨て身の一撃だ。
吹っ飛ばされて、尻もちをついた隙だらけの今の俺じゃ、躱すのは無理だな。
しかし、こいつも可哀そうなヤツだ。誓いに忠をつくし、仲間を守り、身を犠牲にして奮闘しているのに、何もかも上手くいかないのだ。
(魔法発動、『逆転生:仮初の英雄』)
全く、昔の私を見ているようで、嫌になる。
私が起き上がり、シンとすれ違うようにしてその一撃を交わす。
驚き、目をむくシンは。
その数瞬後、胸から血を吹き、巻き起こった疾風と共に膝をついて立ち止まることとなる。
その長かった、忠臣としての責務と共に。
勝負有り、だ。
「お、おい! 大丈夫かよ、スバル!」
これはこれは、ミラに心配されるとは、少し矜持が傷つきますね。まあ、それは置いといて、今は彼に聞くことがあります。
「ご老人。傷口は即死するようなものでは無いはずです。意識が有るうちに、私の質問に答えて貰いましょうか。貴方が国の再建すら可能にすると確信した、その報酬を出せる依頼主の正体を教えて頂きましょうか?」
彼の意識が有るのは確かだ。ただ、それも朦朧としたもののようで、目が虚ろだ。その焦点の合ってない目線も、ミラにしかむいていない。
「王、よ。なぜですか? なぜ、このようなことになったのですか? 私がいけないと言うのですか? 最初に裏切ったの、は、王だと、いうのに……」
「……?」
壁に寄りかかり、そんなことをボソボソとしゃべるシンを、ミラは、何をいっているのか分からないと、見つめるしかなかった。
そんな、不穏な空気の中、
「……ご老人、私の質問に答えてはくれませんか? もう一度お聞きします。貴方の――!」
仕切り直そうと、二度目の質問を言おうとしたが、それは止めざる負えなくなった私と、
「なっ――!」
言葉に詰まるミラ。
そうなるのも無理はない。なぜなら、詰問相手のシンが、寄り掛かった壁ごと体を刀で貫かれてしまったからだ。
そして、凶刃を振るった相手の気配を、私は知っていた。
「わかんねえか? これが、外道に堕ちた俺達の末路ってやつだ」
シンから引き抜かれた刀とは別方向。シンと俺達の横の扉から現れたのは、俺の知る、ミラのよく知っている人物。
「爺さん、何やってんだよ!」
酒場の店主であり、ミラの育ての親だった。
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