第33話⑪六道文と六尺(りくせき)の孤と鬼が住む縣
煙幕がはれた後、そこに誰も居らず、空虚だけが残っていた。
「おい、これからどうするんだ。モズって奴を追うか?」
ミラの奴は、血気に逸っているようだが、俺はそれに乗せられるつもりは無い。
「いえ、それには及びませんよ」
「あん? どういうこと? 追う必要も無い小物だっていうのかよ?」
まあ、俺からした六根人なんて言うのは小物なのは確かだが、こいつにとってはそうでもねえだろうな。けど、追わなくていい理由説明する気もしねえから、適当に言っておくか。
「いえ、我々が、追う必要はないということです。それに、大物がこちらへ来てくれるみたいなので、それを待ちましょう」
「? よく分かんないけど、親分なんて大物が来るんだ。そっちの方が重要か!」
うーん、こいつ、こんな場面で明るく簡単に返事するのは助けるけど、頭をあんまり使わねえ奴だな。これじゃ、頭使ってもロクな考えに至らないミヤと、大差ねえぞ。
「まあ、君がそれで納得するなら良いですが……。そうですね、待ち時間の間暇ですから、少し昔話でもしましょう」
「はあ? なんでだよ?」
「脳の運動って奴です。昔のことを思い出すと、脳に良いらしいですよ」
「へー、けど、小賢しいお前には必要なさそうだけどな♪」
言ってくれるな、この小娘。そんな奴には、礫が飛んじゃうぞ!
「いってー! 何すんだ!」
「確かに、僕には必要ありませんね。それより、よく頭に衝撃を受けるミラがやった方が良いでしょ」
「こ・れ・は、お前のせいだろ! だいたい、なんで私がそんなこと――。うっ!」
「そうですね、僕は君と翁の昔話が聞きたいと思うのですが……」
当然、ミラに拒否権は無い。俺が礫を構えてちらつかせると、息を詰まらせ、渋々と口を開き始めた。
「別に、あのジジイとの思い出なんて言っても大したもん無いぞ。いっつも口うるさくて、訓練だの、勉強だの、作法だのやらせてきて、本当にウザかったんだからな」
作法なんてもんまでやらせてたのか、あのジジイ。この二人が作法なんてやってる姿見たら、俺は笑う自信があるぞ。
「へえへえ」
「そんでもってな、最悪なのが冬。寒い上にやることねえから家に居ることが多くなる。すると、ジジイの昔話に付き合わされるんだぜ。参っちまうよ」
「なるほど、その辺はどこもいっしょですね。僕も冬になると母が外に出してはくれなくなるので、一日中引っ付かれて迷惑していますよ。食べ物も保存食ばかりで、飽き飽きしてきます」
特に、野菜しか食べない家は本当に最悪だ。ただでさえ飽きてる野菜の種類が減って、白菜か南瓜しか選択肢がなくなるんだよな。あのエルフの少女は、野菜が甘くなって嬉しいとかほざいてやがるけど。
「だよな。……でも、冬しか食べられない美味い食い物もあったよ。高いけど、魚も美味いし、サツマイモも好きだぜ。そうだな、あとジジイが長火鉢で焼いた餅なんて、好きだな。あの寒い中、炭で焼いた餅が何か美味いんだよなあ。そんなことを言ってたら、今年もジジイが焼いた餅を食べたくなってきたぜ」
そんなことを言う少女に、俺は返す言葉見つからなかった。先が予想出来る俺には、どうしても返すことが出来なかったのだ。
「どうやら、時間のようです」
俺がそう言って、ミラに注意を促す。そして、数瞬したのちに扉を開けて入ってきたのは、一人の老人。背の低い、異形の耳をしたヨボヨボの獣人だ。その外観的特徴から、何の獣人かは分からないが、その鋭い眼光だけで、こいつが六道文の一味だとわかる。
「全く、これはどうしたことだろうね。あの悪名高い六道文ともあろうものが、こんな鬼の子供相手に瓦解させられるとは、情けないったらありゃしないね」
「僕からすれば、当然の結果ですけどね。……ところで、あなたが六道文のシンでよろしいのでしょうか?」
「そうさね、私が六道文のシンで合っているよ。鬼のアンちゃん」
俺が得ていた外見の特徴とも一致する。こいつが、六道文の頭で間違いない。
「なら、挨拶もいらないでしょう。それでどうしますか? 僕としては無駄な抵抗をして、その身を業火に焦がすよりは、おとなしく投降した方がいいと思いますけど」
「ふん、言うね。鬼風情が。こっちは伊達に非道まみれの中、長生きしてないよ。業火に焼かれることなんざ、これっぽちも気にしちゃいないのさ。あの世でも、この世でもね」
そんなことを言い捨てると、ヨボヨボだった爺さんの身体に変化が現れた。魔法を発動した瞬間、その身は横にも立てにもデカくなり、外見も毛に覆われ禍々しいモノにかわっていった。
ふん、ネコ科の禍津人、か。
「なっ! ネコの化け物だと!」
それに異様な驚きを見せたのは、黙って俺の横にいたミラだった。
「あの姿に、何か覚えが?」
「ああ、爺さんの話で聞いた、親父とお袋のカタキがネコの化け物なんだよ!」
銃を構え、連射するミラ。
それは正確無比な射撃であったが、禍津人であるシンにはまるで通用しなかった。全て軽く躱し、目すら向けない。
「ちっ、やっぱり、私じゃ無理か」
無念そうなミラを、後ろに庇い。俺は戦闘の準備を始める。
「ミラは後ろにいてください。なに、気を落とすことは有りませんよ。これは、常人が立ち入る必要の無い、外道どもの戦いなのだから」
そう、今から幕を開けるのは、見るに堪えない人外同士の戦いであった。
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