第32話⑩六道文と六尺(りくせき)の孤と鬼が住む縣

正直な話、ここに犬男が居るなんてことは、考慮していなかった。


「お、おい。なんだよあいつ。スバルの知り合いなのかよ?」


胆の据わったミラでも、禍津人の姿には青ざめるらしい。まあ、これが普通の反応か。これをみて何とも思わないミヤの奴は、やっぱりかわってるよな。


「ええまあ、そうなのですが、なぜここに居るのか僕にも不思議でして……」


「そりゃいるだろ。こいつ、六根人の一人だぞ」


そんな事実を伝えてきたのは、さっきまで死地にいたカマタリだ。 


「おい! スバル! お前、威勢のいいこと言ってたくせに、敵にはめられてたみたいじゃん。どういうことだよ」


「いや、流石にちょっと予想出来ないというか、彼が幹部なんて、普通思わないでしょ」


衝撃の事実! こいつ、てっきり食客かと思いきや、がっつり六道文に関わっていたのかよ。予想外の事実過ぎて考慮出来るわけねえ! しかも、その年齢で幹部かよ。どんな組織運営だ! 予想出来るか! こうなりゃ抗議だ、抗議。


「全く、どんな組織運営なんですか?」


「強えやつが頭に着く。当然だろ」


カマタリは、「当たり前だろ、何言ってんだ、こいつ?」みたいな顔をして、そんなことを言い放った。


おいおい、いい年したおっさんが、何アホなことをさも当然かのように言ってんだよ。こいつ、もしかしてミヤなみのアホか?


だいたい、幹部だとしても、なんで少年は組織に戻ってんだよ。これも予想外過ぎる。


任務失敗の上に、敵前逃亡だ。それに本人から組織を抜けると聞いていれば、普通ならとうの昔に高跳びしていると思うだろ。


全く、この少年は、何を考えてやがんだか。まさか、律儀に足抜け願いなんて出してねーだろうな。


「君は確か、組織を抜けると言っていたと思うのですが。なぜここにいて、六道文の人間を助けるような真似をしているのですか?」


「その、通りです。私は、組織を、抜ける、ために、話し合いに、来た、のです、が。そしたら、いつも通り、喧嘩に、なり、ました。それで、これが、落としどころに、なった、のです」


律儀だった。


相変わらず、何考えているのか分からん奴だ。揉めるに決まってんじゃねーか。律儀過ぎるだろ。こんなことやったのが、ミヤかミラかカマタリだったらアホ扱いだぞ、こいつ。


「なるほど、組織を抜けたければ、鬼を殺せと?」


「いえ、力を、見せろと、いわれ、ました」


……どういうことだ。何を考えてやがる、六道文。こいつは、今のやり取りから分かるように、律儀で言葉の裏なんてものを考慮するような奴じゃない。


殺せと言われなければ、少年は殺さない可能性の方が高いぞ。俺を殺すために、犬男をけし掛けたんじゃねえのかよ?


疑問からカマタリとジロウを観察してみても、ただ静観しているだけで、何かをやろうという素振りすら見せない。意図が、全く読めないな。


しかし、状況が読めなくとも、今からやることは変わらない。


「だから、再開、しても、いいですか? 前にも、言いましたが、あなたとの、会話は、楽しいく、思って、います」


「良いでしょう。お遊戯に付き合うのも友情。それが、友というものでしょ?」


さあ、


(魔法発動、『怪力無双』)


死闘の再開だ。




その戦いは、室内なのに暴風雨を生み出していた。


禍津人の異常な腕力から繰り出される攻撃は、荒々しい突風をお越し、その声は、他の音をかき消すかのように場を支配していた。


対する俺の攻撃は、受けこそ柳のようだが、くり出す斬撃は真空の断裂と突風を引き起こす、荒々しいモノだった。


「な、なんだよ。この戦い!」


こんなことを口走ったミラなんて、きっと戦いを目で追うことが出来ず、暴風が吹いているようにしか把握出来ていない事だろう。


しっかし、少年の戦い方は、前回と違って実に多彩なモノだな。


先ほど見せた、動きを止める遠吠えを筆頭とした、殴る蹴る以外の魔法の行使。これらを交えた戦い方は実に効果的で、前回のその圧倒的な筋力に頼った戦い方からしたら、本当に見違えてた。


『怪力無双』を使っている俺と、対等に戦えるとはな。この短期間で、よくこれだけ成長したものだ。


「驚きましたね。前とは見違えるほど、いい戦い方です。この短期間で、良く成長していますよ」


「あなたとの、戦いが、いい、刺激に、なったの、です。私は、生まれて、初めて、全力で、会話が、出来て、脳に、火花が、散った、のを、感じ、ました」


相変わらず、何を言っているのかよく分からないヤツだ。その考えを読むのに、苦労するよ。


「そして、あなたは、前回と、違って、全力は、出さないの、です、ね」


「今日は連戦でしょうからね。いきなり全力は、いきませんよ」


そんなことを言うと、残りの六根人の連中は驚きの声をあげてきた。


「おいおい、マジかよ。あれで鬼の奴、本気じゃねえのかよ。じゃあ、何か。さっきまでの俺達の戦いは、アイツからしたら、お遊戯みたいなものだっていうのかよ」


「……いや、先ほどの会話からしたら、この戦いですらお遊戯とのことだ」


「はあ? おいおい、ジロウよ。それじゃあ、お遊戯以下かよ。傷つくぜ」


いや、そんな事は無い。


「いえ、そんなことは有りませんよ。あれでも『僕』としては、全力で戦っていましたよ。ただ……」


そう、『俺』の未熟な体では、のちのことを考えて戦うのであれば、あれでも出来る限りの精一杯だった。前世の『私』の力を借りるという、反則技染みたこと必要とする少年が、異常なのだ。


「これが、『鬼の力』というわけです」


「ふん、『鬼』ね。『鬼』の力は、そんな禍々しさの無い力じゃねえと思うけどよ。それでも、特別な力っていうのなら。納得もいくわな」


「……そして、その力と対等に戦う少年の力も、認めざるおえないものだ」


そう、二人の六根人が言うと、少年は戦うのを止め、男たちの次の言葉を待っていた。


「それは、どういう意味ですか?」


俺が、この急変に疑問を呈すると、カマタリは面倒くさそうに、口を開いた。


「あん? ああ、こっちの話だ。てめえは気にしなくていい。……いや、正確に言や、お前にも関係あるか。まあ、これまでってことだ」


「……詳細に伝えるのなら、もう我々二名は君の命を狙うことは無い、ということだ。戦いはこれまで、我々は消えるとしよう」


はあ? どういうことだよ?


「どういうことですか?」


「気にすんな気にすんな。こっちの話だ。とりあえず、こっちの要件は終わったってこった」


「……もうじき、親分が来る。それで、君の決着もつくことだろう」


そんなこと言いの濃し、ジロウは目くらましの煙幕を張りやがった。姿が煙に飲まれ、見えなくなった六根人と少年。


おいおい、こんなよく分からないまま、姿をくらますつもりかよ!


「おい、待て! お袋と親父の落とし前をつけさせろ!」


ミラのそんな憤怒にまみれた声へ応えたのは、


「彼らは、君の、カタキでは、あり、ません。君の、カタキは、時期に、現れ、ます。そのとき、君が、良い、選択を、することを、祈って、います」


律儀と俺の中で評判の、少年だった。


「最後に、友人、よ。きっと、あなたには、これだけ、言えば、理解、できる、でしょう。この、辺りにいた、六道文の、人間は、新参者、ばかりで、武闘派の、古参組は、いません、でした。それが、意味、する、ことを、あなたが、わからなかった、としても、事態は、収拾、する、こと、でしょう」


そんなことを言って、少年たちは、姿をくらましたのだった。

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