第24話②六道文と六尺(りくせき)の孤と鬼が住む縣

何やら騒々しい娘が入ってきたが、なに者だ? 可愛らしい顔つきから、この厳ついオッサンの娘とも思えないし、かといって酒場の従業員にも見えない。だいたい、髪がピンクってなんだよ。ピンクって。


「やいやい、この角っぱち野郎。お前みたいな小さいガキに、あの六道文がやれるはずがねえ。この辺のロクでもねえ連中を完全に掌握している武闘派組織だぞ。わかってんのか? ああん!」


こいつ、可愛らしい顔と頭からは想像も出来ない様な口の悪さだな。どう考えても育ての親は、このジジイだろ。口の悪さが似てる。


「ミラ、少し黙っていろ。ここはお前の出る幕じゃねえ」


「爺さんも、こんなガキに舐められっぱなしでいいのかよ? こんな奴、さっさと叩き出せばいいだろ!」


喧しく言うミラに、冷静に諭すオッサン。ふーん、なんか変わった関係だな。


「お前は、鬼ってものをわかっちゃいねえ。そんなことを出来る存在じゃねえんだよ」


「何言っていやがる。鬼のことなんて、おとぎ話で誰だって知っている。世界を滅ぼす恐ろしい奴だってかかれちゃいるけど、この目の前にいるちんちくりんにそんなことが出来るとは思えないね。所詮、お話はお話しなんだよ」


「それがわかってねえて言ってんだよ。いいか、そこの鬼はその齢で既に何百という手練れやチンピラを始末している。今や皇帝以外の全ての存在が、こいつに怯えているのが現状だ。そして、俺たちの目の前に立っているその佇まい、その異常な隙の無さだけでぇこいつの実力が知れる」


そして、オッサンがミラの顔にずいと近づけ、真剣な顔で俺のことをこういうのだ。


「いいか、鬼ってのはそこいらの悪ぶっているぼんくらなんざ相手になんねえ、厄災そのものだ。そいつが消すっていやあ、消えちまうのよ。それがわかってねえのは、お前と六道文のバカどもくらいだ」


「……ふん!」


ミラは納得いって無いようだが、オッサンの言うことは本当だ。街で流れている俺の噂は、国を滅ぼす厄災そのものといった感じだ。この悪評、俺は悪事なんて働いていないのに納得いかないところだが、俺相手に力試ししようなんて馬鹿が出ないよう、役人どもが暗躍しているせいでもある。


一回、あの行け面の将校候補には文句言っとかないとな。


「お二人とも、仲良く親子喧嘩染みたことをされているところ申し訳ないのですが、僕の話を聞いて貰ってもよろしいでしょうか?」


ジロリと、俺を睨むご両人。やっぱりよく似てんだよな、仕草が。


「はん、この厳つい顔の爺さんが親だって? 冗談は絵本の中だけにしてくれ」


悪態をついて出ていくミラを、呆れて見送るオッサン。まあ、仲が良さそうでいいこった。


「親で無ければ、差し詰め教育係といったところでしょうか? 店主殿」


「……全く、俺みたいな荒くれ者が教育係なんざ、冗談としても笑えねえな」


自嘲気味にそんなことをいう所を見ると、俺の予想は当たってそうだ。そうなると、今はあんなんでもあのお嬢さんは、もとは良家の出ってことになるのだろう。それを踏まえて考えてみれば、あの顔つきは品が有りそうにも思えてくる。


「さて、それではさっきの続きと行きましょうか。情報、頂けるんでしょう? さっきまで必死に隠していたのは、先ほどのお嬢さんに僕を近づけない為で当たっていますよね? そして、それも今となっては意味をなさない状況です」


「ちっ、少し違うがよ。もうこうなったら言うしかねえわな。全く、俺が命はってたのが全て無駄になるっていうんだから、世知辛いねえ」


ほんと、ご愁傷様です。




店を出て、六道文の話をまとめると、こうなる。


あのオッサン曰く、『六道文』という組織は一人の親分と、その下にいる六人の幹部から成っているという。元は任侠を重んじる組織だったが、今ではありとあらゆる犯罪に手を染める凶悪に成り下がったとのことだった。


まあ、俺としては組織の成り立ちなんてものは興味ないから無視するとして、


「おい」


取敢えず、その六人の幹部から順に潰していきたいところだけど、


「おい」


さて、どうするのが適当かね。……その辺のチンピラでも取敢えず締め上げてみるか?


「おい! 聞こえてんだろ! 無視するな、この角っぱちのガキが」


……喧しい奴だ。礫でも食らわせておくか。


俺の弾いた礫は一直線にピンク頭のでこっぱちまで飛んでいき、見事、カンというあたりを見せた。意外に硬いな音するな、あの頭。


「いってええええ! 何すんだ、この角っぱちが!」


「その角っぱちっていうのを止めてもらえますか? 僕にはスバルという名前があるのですよ。ミラさん」


「うっさいわ、ボケ。今名前を知ったぞ、コラ。なのにどうやって名前で呼べっていうんだよ。この角っ……」


こいつ、また懲りずに角っぱちって言うおうとしてるな。また、礫飛ばすぞコラ。見えるか? 俺のこの指先にある礫がよ。今度はお前のそのピンク頭にお似合いの、赤デコにしてやるぞコラ。


「……スバルめ!」


「ぷっ、なかなか可愛い所があるのですね。礫見て怯えて言い換えるところなんか、惚れてしまいますよ」


「――よし言ったな、この野郎! ぶっ殺してやるよ、コラ」


懲りないヤツだな、こいつも。礫飛ばしちゃうぞ。あっ、飛ばしちゃったよ。


「いってええ! やめろよこの野郎。デコが赤くなっちゃうだろ!」


「まあ、冗談はこれくらいにして」


「お前、私のこの額をみろ! 冗談になってないぞ」


喧しい奴だな。無視だ無視。


「……冗談はこれくらいにして、僕を呼び止めた要件をお聞きしておきましょうか?」


俺の塩対応に、ごにょごにょと口ごもっていたミラだけど、どうやら諦めたのか口を開き始めた。


「お前、これから六道文を潰しにいくんだろ? だったら、私も連れていけ」


「……なぜですか?」


あのオッサンは何も言わなかったけど、本音を言えば今回の件にこいつを巻き込みたくなかったはずだ。


「……連中には恨みがあるんだよ。それこそ命で落とし前を付けさせないと、納得できないような恨みだ」


「それでも、僕に着いて行くのはおすすめ出来ませんよ? 凄惨で残酷な惨状を目の当たりにすることになるだけです。ミラが言う様な落とし前は、あなたが寝て待っていたとしても訪れることになりますよ」


俺のその言葉を受けても全く引く姿勢を見せないミラは、俺を睨むように見据えて口を開き始めた。


「親父とお袋が、連中に殺されたんだ。その代償をこの手で払わせたいんだ。どうしても。それが出来ないのなら、せめてその場に私は立っていたい」


彼女は、そんなことを今にも泣きそうな目で、俺に訴えてきたのだ。……正直、俺には関係の無い話で、足手まといはいらないとしか言えないな。オッサンも望んでないことで、こいつの為にもならなさそうな行為をこれからやるんだ。


こいつに、付き合う義理は無い。が……。


「いいですよ。そこまで言うのなら、ミラの望みを叶えてあげましょう。しかし、タダでという訳にはいきません。あなたは、僕になにを差し出すことができますか?」


「わたしの全てだ! 全てやるよ」


俺の脅しに対して、間髪入れずに返した答えは、やけになっているとしか思えないものだった。しかし、だからこそ、俺はこいつの願いを聞いてやろうかという気になる。


「なら、着いて来てください。僕が、あなたの望むより凄惨な落とし前とやらを、みせてあげますよ」


鬼である俺の様な、日々追い詰められた状況の人間にとっては、それくらいの人物の方が親しみを覚えるのだった。

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