第23話①六道文と六尺(りくせき)の孤と鬼が住む縣

『六道文』、この言葉を調べてみたら湧いてくるように出てきたのは、市井に轟く悪行・悪評・悪逆のロクでも無い話ばかりだ。


ミヤの兄貴の話じゃ、


「六道文には、警察も憲兵も手を焼いています。当然、法を破り悪事を働くようなことがあれば、その都度厳しく取り締まっています。しかし、連中は悪知恵がよく働き、法の目を掻い潜ったり、裏でコソコソと悪事を働くのに長けていて、その全貌を追い切れていないのが現状です」


ということらしく、だらしのねえ行政じゃ連中を取り締まり切れないってことらしい。


まあ、いいさ。俺を狙う様な連中は、この手で始末をつけたいと思っていたところだ。都合が良い事に、


「君がその連中に興味があるというのなら、父に話を付けて情報をお渡し致しましょう。なに、お礼はいりません。昨日の狼男の件、見事な手際でしたよ。まさか下手人を一網打尽とは、恐れ入りました。その手腕を持った君なら、この件もきっと良い方向へ持って行ってくれるでしょう」


なんて、事態の始末をつける許可を、この領地の裏の権力者から貰っている。


派手に暴れても多少は目をつむってくれそうで、助かる話だ。



という訳で、まずは自宅。


「という訳で、しばらくの間ですが、朝から夕方遅くまで出かけることにしますので、昼食と夕食は母さん一人で食べてください」


「え~お母さん、寂しいよ。そんな――」


「では、行ってきます!」


はい、終了。


で、ここが目的の場所か。このアメノ領に存在する闇、古びた木造の廃屋が立ち並ぶ寂れた貧民窟。


そして、その奥の、怪しげな酒場「酒呑堂」に、六道文の連中についてよく知っている人物が居るというのが、カズマの話だったな。


「失礼します」


開店前の酒場だ。本来なら店主は居ないはずなのだが、中に入ってみると人の気配と、壮年の大柄な男がいた。


猫耳の獣人で、殺意を宿らせた鋭い目をこちらに向けて、迷惑そうな面をしている。


「帰んな。ここは酒場だ。しかも閉店中のな。お前のようなあおびょうたんのガキが、しかも、鬼なんて凶兆が来る場所じゃねえんだよ。まったく、こっちは夜明け前までお勤めだったんだがな、いい迷惑だぜ」


こいつは当たりだ。カズマの情報網は流石だな。この獣人、俺がこの貧民窟に来た時点で、その情報を得て待ってやがった。その耳聡さと、この対応の良さは情報源としては期待できるんだが、拒否られているのが問題だ。


「ご迷惑なのは百も承知なのですが、どうしても教えて頂きたいことが有って出向いた次第です」


「返事は変わらねえよ。いくらお前さんが鬼だといって、慇懃無礼な態度で脅してこようがよ、教えることなんざシケモクほどもなねえ。とっとと帰って、生き急ぎのエルフの乳でも吸ってな」


こいつ、あの母親エルフを脅しに使っているつもりか? 萎びかけの癖に、下らんことをする。それは高い代償を払う羽目になると、教えておく必要があるな。


「一つ言っておきますが――」


「聞くまでもねえ、こっちは魂ぁ取られても言うつもりがねえってこった。帰んな」


……聞く耳持たず、かあ。これは本格的に困ったな。あの青年将校候補が言うには、あの六道文に敵対していて、確かな情報をもっているのはこいつだって話だったんだが、これじゃ話を聞けそうにもねえ。


なんて諦める程、俺は聞き分けが良い訳でも、素直な訳でも無い。


「いえ、聞いて頂きます。僕が教えて頂きたいのは、あなたとも私怨があるいう六道文についてです」


「ちっ、デケェ声で六道文の名なんざ出すんじゃねぇ」


なんだ? 耳障りな舌打ちやしかめっ面なんか浮かべやがって、別に六道文の連中に聞かれても困るような立場じゃないはずだが。


「もしかしたら、六道文のことを探っていたあなたなら、僕が連中にどんな用があるのかご存知でしょう」


「ちっ」


俺の言葉に対して、いちいち癇に障る舌打ちで返してきたってことは、おそらく事情は知っているのだろう。でなければ、わざわざここで待ち構えてはいない。そして、このことについて、俺が知らない何かを抱え込んでいることが、見て取れる。


ちょっと、揺さぶってみるか。


「なら僕が何を成すつもりかわかりますよね?」


俺の「わからんとは言わせないぞ」という雰囲気による圧力を受けて、こいつが何かボロをだしてくれればいいんだが。あと、今度舌打ちしてきたら一発殴る。


「ふん、言わんで結構。そんなことなら百も承知」


さっきから、やたらと俺の話しを止めさせたがるな。俺を叩き出さないということは、鬼がいかに危険かわかっているだろうに、よほど今の話を誰かさんには聞かせたくないらしい。こうなると、ますますこいつの抱える一物を聞きたくなってきた。


別に、こいつの協力が絶対必要という訳じゃ無かったのだが、ここまで裏があることを見せられると、それを知りたくなるのが鬼ってもんだ。あと、すこし舌打ちにイライラしたのもあるな。


「いえ、あえて言わせて頂きます。連中は不用意にも鬼である僕の命を狙った。その代償を取らせるつもりです。ことが最悪の事態に進むなら、六道文という組織はこの世から消えさることになります」


その言葉に反応したのは、俺の目の前にいる獣人ではなく、この部屋に入ってから最初っからあった人の気配の方だった。


「はあ! てめえがあの六道文を消し去るってだって? 大言壮語も大概にしとけよ、この角っぱちのガキが!」


俺の予想じゃ、人の気配は六道文の使い走りかなにかだと思っていたんだ。それがまさか、こんな若い14,5くらいの娘、それも頭ドピンクの娘だとは思わなかったな。


「ちっ、喧しい。出てくんじゃねえって言っておいただろうが」


怒涛の展開の中、萎びかけた獣人のオッサンの呟きが、虚しくもこの貧民窟の小さな部屋で響いていた。

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