第22話⑨狂賢と喧々たる少女と鬼の住む縣
少し状況を整理しよう。
ミヤが今見ているのは、倒れている少年と、その少年に短剣を構えている私だ。
どう見ても、悪モノは私だな。
「ミヤ、今から状況を説明しますから、軽挙な……」
「どこの誰だかわかりませんが、そこの犬男さんを殺すのはやめるのです!」
「……ミヤ、僕が誰だかわからないのですか?」
「? ……あ?! スバルではないですか。なんだかいつもと雰囲気が違ったので、わからなかったのです」
魔法、解いておこうかな。このバカ娘が、わからないらしいから。
「あっ、いつも通りになったのです」
「『あっ、いつも通りになったのです』じゃないでしょ。見た目は同じなんだから、一目見て気付くとこじゃないんですか? 友達として」
「……ミヤは、実は気付いていたのです。ちょっと、試してみただけなのです」
なーにが試してみただけだ、このアホ娘。全然気づいてなかったじゃねえーか。
「まあ、その件は後ほど詳しく問い詰めるとして」
「えっ!」
誤魔化せたと思っているミヤは置いといて、まずは少年の説明からだな。
「まず、今目の前にいるこの人物についてですが、姿形はかわっていますけど……」
「わかっているのです。先ほどの、犬男さんです」
おい! 俺が誰だかは分からなかったのに、この面影が耳しかねえ少年の正体はわかんのかよ。なんか納得いかねーぞ!
「……それで、この少年とその辺で死んでいる愚か者どもが、件の狼男の正体です」
「え? この倒れている人達、死んでいるのですか?」
「ええ、ですからなるべく彼らは見ない方がいいですよ。気分が悪くなるでしょう?」
顔から血の気がサーと引いて、コクコクと頷く様は年頃の少女らしくて安心するね。これが、あの吸血鬼娘なら、表情一つ変えず「そう」の一言で済ませていたに違いない。
「で、状況は一先ずそんな所です。それより、ミヤ。君はなんでここに?」
「え、ええとですね。……そうなのです。先ほどスバルと分かれるさい、なんだか様子がおかしかったので、これは何かあるなと思って、家から抜け出してきたらこのありさまだったのです」
マジか。一応態度には出してないつもりだったのに、まさかミヤに悟られるとはね。俺もこいつの兄貴のことをバカにできないな。
「そして、もう一度言うのです。スバル、その犬男さんを殺すのは、止めるのです!」
「いや、止めるも何も、殺すつもりなんてありませんよ」
「「えっ?」」
ミヤと少年そろって驚いたのは面白かったけど、そんなに以外か? あっ、ちょっと語弊があったな。
「君が闇組織から足抜けし、先ほどの質問に答えてくれれば、という条件がつきますけど」
「えーそこは、なにも無くても許してあげて欲しいのです。犬男さんは、何も悪い事をやろうと思っていないのです」
ミヤの言い分は、悪い事をやろうと思っていなければ、それで全てが許されるというものだ。なろほど、それは実に慈悲深い考え方だが、社会はそうではない。法律でも、社会正義でも、個人の感情のどれをとっても、それでうまくいくことは、何もないだろう。
「いいえ、それは違います。例え悪気がなくともやった行いに罪があれば、正さなければならないのが、世の常というものです」
今回の場合、その罪を購えとまでは言わない。それは、俺の仕事ではないだろうし、興味も無い。
「うーん、そうなかもしれないのです。では、犬男さん。その闇の世界から抜け出ましょう。そんな所に居る必要ないと思うのです」
「そう、ですね。いまの、状況では、わたしの、居場所は、ないでしょう、から、そうするしか、ないのかも、しれない、です。しかし、そうなると、また、わたしの、居場所は、なくなって、しまいました」
そして、少年はまた独りになったというわけだ。まあ、この少年なら、独りでも問題無く生きていけるだろう。逆に、そっちのほうが生きやすいのかもしれない。彼の様な人間には。
「あなたは、独りなのですか?」
「そう、です。禍津人で、誰にも、話を、聞いて、貰えない、わたしの、ような、嫌われ者には、居場所が、ないの、です」
ミヤの奴め、何を言うつもりだ? 場合によっては、面倒なことになりそうだな。とめるべきか?
「では、私達のところへ来ませんか?」
「「はっ?」」
今度は不覚にも、俺と少年の息が合ってしまった。こいつ、何を藪から棒に言いやがるんだ。
「実は、ミヤ達も嫌われ者なのです。でしたら、同じ嫌われ者同士仲良くしませんか? 犬男さんは悪い人では無さそうですし、ミヤ達も悪い人たちではありませんよ?」
同じ境遇なら、悪い人間でなければ共にいられると、ミヤは言う。そんなことを言えるのは、先が見えていないからなのか、それとも慈悲深く大海のように広い心を持っているからなのか。
ただ、俺や少年のように現実の苦さを味わって生きているような奴には、その誘いがどれほど救いであったとしても、素直に受け入れようと思うことは出来ないだろう。
「嬉しい、お誘い、ですが、謹んで、お断りを、させて、頂こうと、思い、ます」
やっぱりな。
「それは、何故ですか? ミヤ達とはお友達になれませんか?」
ミヤは、本当に心の底から、友達に慣れないことが悲しいというのだ。本当、信じられんほど奇特な奴。
「あなたたちの、ことは、好ましく、思い、ます。しかし、嫌われ、者と、いっても、あなたは、やはり、人間、なの、です。それに、たいして、わたし、たちは、やはり、人外の、者、なの、です。その、違いが、あなたを、苦しめる、ことに、なると、私には、わかるの、です。ですから、わたしの、せいで、苦しむ、あなたを、見たく、ないから、こそ、ともには、いられ、ないの、です」
「ミヤは、そんなこと気にしませんよ」
「わたしが、気に、します。だから、やはり、一緒には、行け、ません」
「そんな! うーん、なんと言えばいいのか分からないのですが、これは駄目な選択なように思えます。スバル、あなたから何か言えませんか? ミヤからは、これ以上上手く言えないのです」
すがるように言われても、俺も少年の意見には全面的に同意している立場なんだがな。
「……僕から言えることは一つ。それで守ることは出来ても、何かを得ることは出来ないということです」
俺の言葉を受けて、黙り込む少年。俺と少年は、色々と似ている。だから、彼に良く刺さる言葉が何なのか、俺はよく知っている。
「……わたしは、なにも、欲し、ません。でも、唯一つ、楽しみを、得るの、なら、あなたたちとは、友で、有りたいと、思い、ます」
どこかで聞いたようなことを言う奴だ。まあ、これが引き際だろうな。
「ミヤ、今日のところはこれで良しとしましょう。ここで彼とはお別れになってしまいますが、彼と私達が友人であり続けるというのなら、また会うことも出来ると僕は思います」
「……スバルがそういうのでしたら、納得しておくのです」
それを聞いた少年は、始めてみせる表情、笑顔を見せてここから一瞬にして飛び去っていった。
「それでは、さようなら、友人たち、よ。……最後に、ひとつ、わたしの、雇い主は、六道文という、組織、です」
そんな、捨て台詞を残して。
そんな騒動の後、疲れて家に帰ると、何時もの様に少女は味気ない夕食を用意して待っていた。
「おかえり、スバル君。今日は、遅かったね♪」
相変わらず、頭のゆるそうな声だ。これが稀代の名医というのだから、世の中分からないもんだ。
「すみません、ただいま帰りました。ミヤと遊んでいたら、何時の間にか遅くなってしまいました」
「もう、帰って来ないのかと心配したんだからね<(`^´)>」
軽い口調でそんなことを言う少女に、俺は少し意地悪をしたくなった。今日のことがあって、俺にも思うところがあった。
「……そうですか。もし、本当にそのまま帰って来なかったら、どうしますか?」
これは、有りえない話では無い。もし、俺の存在が彼女を害することがあるようなら、俺は素直に消え去る心づもりがある。
「そんなことには成りません! そんなことになったら、お母さん泣いて死んじゃうんだから。そんなお母さんを一人残りして消えるような子じゃないって、私は知っていますからね<`ヘ´>」
ええ……、今知ったわ、そんなこと。俺が消えたくらいで泣くな、死ぬな。
全く、困った母親だ。こんな残念な頭を持ったエルフを母親にしてしまったが為に、俺はあの少年のように遠くにおいて守るということが出来ないのだな。
「すみません。ちょっと冗談が過ぎました。謝るので、許してください」
そして、そんな状況だからこそ、俺は少年と違って、何かを得ることが出来ているのだろう。そう、それは――
「許しません。今日は一日ハグの刑です」
こんなふざけた刑では無く。きっと何か、温かいモノに違いない。
そんな気が、俺はした。
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