第21話⑧狂賢と喧々たる少女と鬼の住む縣
そういえば、獣人の存在について、伝承と歴史の本で読んだことがあった。
もともとは居なかった存在だが、邪神、もしくは皇帝が眷属として生みだし、争いで力を振るったということが書かれていた。
その存在は、そのうち人間社会に溶け込み、今やその特徴は体の一部に残されるだけになってしまったという。
ただ、ごくまれに、伝承で語られる大昔の特徴を携えて生まれてくる子供もいると、冗談めかして書かれていたのを思い出した。
その時は物証も無い話で、獣人の特徴を殊更に揶揄した下らない作り話だと思っていたけど、その物証が現れたのでは伝承が本当だったと信じるしかないだろう。そう、目の前にいる、この少年みたいな物証だ。
「魔法は、可能性に、影響を、与える、御業です。人間で、ある、可能性を、増幅、させれば、姿を、かえる、ことも、できる。」
少年の猛々しい図体は、まさにその伝承の存在と寸分たがわない姿だといえる。強靭な体に、獣そのものと言える身体と、それとは不釣り合いなほど人間的な形態。
「大した奇跡も使わず、よくその姿からあの獣人の姿まで、成れたモノですね」
俺には膨大な奇跡がある。それで人間である可能性を増幅させれば、人間に近くなれるのだが、少年は違う。さっきまで、そんな強大な魔法の行使は見られなかった。
「今の姿、禍津人(まがつひと)と比べて、ヒトは、毛が少ない、筋肉が弱い、皮膚が青黒く無い、背が低い」
魔法はそのものの性質を理解していれば、より効果を発揮する。
「研究、しました。ヒトは、毛穴が、約半分で、一つで、5本に、対して、一本しか、生えて、ない。細胞も、細胞小器官が、少ない。皮膚の、色素も、違う。皮膚に、細胞壁の、ような、組織も、ない。背は、同じ、年齢の、子供と、比べ、40は高い」
その性質に対して、詳細に魔法をかけ目的の効果が出るようにすれば、少ない奇跡の量でより効果的に発揮することができる。
「もっと、詳しく、研究、しています」
それほどの知識と、精緻な魔法を使用していたという事実が、俺に驚嘆を与えてくる。それほどの枷があって、先ほどまでの実力をみせることが出来たのかと。
「大した知識量と、魔法の実力を持っているのですね。それでなぜ、ならず者どもの協力など?」
「私が、ヒトの輪に、入れるのは、そこだけだった。そして、会話を、するのにも、都合が、いいのです」
自らを禍津人と名乗った少年は、そう言って、戦う構えを見せた。
「裏社会にしか居場所がないというのは、わかる。けど、戦うことが会話、ね。僕には、理解出来ない解釈だよ」
身体能力をあげる魔法を発動して、俺も戦う準備をする。さて、これで、少年に通用するといいのだが、どうなることやら。
「理解は、して貰おうと、思い、ません。ただ、あなたとは、楽しく、会話が、出来そうです」
少年が会話を終えた瞬間、その犬男が消えたように見えた。余りに素早い動きに、俺の未熟な動体視力が追いきれていないのだ。
ただ、その攻撃は、長年の戦闘経験から、何となくわかった。右から、薙ぎ払う様な蹴りが来るはずだ。
ドガン!!
短刀で受けた際、横に飛んで力を逃がしたのに、落雷でも落ちたかのような音が鳴り響いた。魔法で強化した短刀でも壊れそうなほどの威力とは、予想以上だ。次はもっと、力を逃がすようにしないと。
ブォォン!!
追撃で跳んできた右方向からの蹴りを、なんとか横っ飛びで躱せたが、そのさいに発生した風圧だけで、身体が軽く吹っ飛ばされた。
まるで、暴風の様な攻撃だ。これは、神経を研ぎ澄ませて少年の攻撃を読まないと、一瞬でひき肉になるな。
ガン!! ガン!! 上下左右からだされた連撃のでどころがわからず、威力を完全に殺すことは出来ない。
ブォン!! ブォン!! 回避を試みてみたところで、その暴風域から離れるの容易ではなく、身体が風刀で削られる。
ガン!! ブォォン!! ブォォン!! ガン!! ガン!! 見えない攻撃相手では、どうやっても何度も防戦一方にある。そして、一発もまともに貰っていないのに、余波だけでボロボロになっていくな。この幼い鬼の身体は。
全く、同じ嫌われ者でもこっちは角が生えているだけっていうのが、不公平とし言いようがない。
「まったく、ここまでやるとは思いませんでした」
俺が隙を作ろうとダメ元で声をかけてみたら、この犬男、ピタリと動きを止めやがった。どんだけ会話に飢えてやがるんだか。
「わたしも、同感、です。先祖返りの、姿に、なって、ここまで、真剣な、意思を、聞いて、くれる、人が、いるとは、思い、ません、でした。いつもなら、獣人の、姿でも、手加減が、必要な、くらいです。それが、嬉しくは、あります。けど、あなたは、天変地異を、起こし、時すらも、操ると、伝えられる、鬼とは、思えない、ですね」
相変わらず何を言っているのか分かりづらいが、なんとなく言いたいことは伝わった。
「僕は、鬼と言っても紛い物なんでね。そこまで、とんでもない存在じゃない」
しっかし、こいつは強い。とてもじゃないが、子供の身体じゃ勝てそうにもねー。このままじゃ、死ぬな。
「ただ、君よりは強いよ」
だから、あまり使いたくないけど、俺だけの可能性を使うしかない。前世の俺が、ここに居る可能性。逆転生の魔法だ。……以前の俺に引っ張られそうで、好きじゃ無いんだがな。
「とても、そのようには、みえません、が。なぜ、そう、言える、の、ですか?」
それは、俺が、負けるわけにはいかないからだ。
「あの少女が、帰りを待っていてくれるから」
発動した魔法でも、肉体を前世の状態に戻すことは、今でも敵わない。けれど、身体は遥かに強靭なものとなり、奇跡の総量も格段に増えた状態になる。
意識も以前に戻りそうになる。かつての、吸血鬼の姫君が言う、英雄だった頃の私だ。
(魔法発動、「逆転生:仮初の英雄」)
私の今の姿を見て、禍津人は不覚にも驚愕していた。
「あなたは、誰、ですか?」
「さあ、忘れました。今は名も思い出せない、そんな虚しい存在ですよ」
勝負は一瞬だ。私が放った右突きを彼は躱すことも出来ず、ただ鳩尾にくらうのだった。
膝をつき、倒れた禍津人は、息も絶え絶えに成りながらも、私に話しかけてくる。
「……私は、はあはあ、こんなに、はあはあ、ヒトと、ッ話せた、ことは、ありません、でした。今日は、楽しかった、です」
ここまで来ても、少年の言いたいことは、少ししか伝わらない。
「そうですか。……それより気になることが一つ、君からは人殺しの気配がしません。それと、普段は獣人の姿を取っているようですね。そうなると、噂にのぼる狼男の正体は、君では無いということになります」
「噂の、狼男は、わたしが、原因で、あって、わたしじゃ、ない、と、思い、ます。ならず者達に、禍津人の、可能性を、付加、したことが、なんどか、あります」
禍津人の拡張は、その人物に強大な力を与えるだろう。その点をみれば、闇社会の連中にも利点があったという訳だ。
「なぜ、今回は彼らに付加をしなかったのですか?」
「わたしが、出向いた、から、です」
なるほどね。人数もいたし、これだけ強い少年が着いていたのだ。わざわざ、縁起の悪そうな禍津人に成りたい奴もいなかったということだろう。いくらなんでも鬼を舐めすぎだ。
「では、これで最後の質問にしましょう。君の依頼主はだれですか?」
短剣を、少年の額に構え、発言を促す。
「それは――」
「まつのですーーーーーー!」
そして、証言をしようとする少年を、止める人物が一人。
「なぜ、君がここにいるのですか?」
それは、先ほど家に帰ったはずの、領主の令嬢、ミヤだった。
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