第20話⑦狂賢と喧々たる少女と鬼の住む縣
赤髪のエルフから聞いた話は、街の奥隅にある人の少ない飲食店に、件の狼男が出入りしているというものだった。そんな人目に付く様なところにいるモノかと、訝しげに思いながら訪れてみれば、確かにいた。
そう、ピンと立った狼耳ではなく、垂れた犬耳を生やしただけの少年が。
「ミヤ、彼を見てどう思いますか?」
身長は高めだが、ひょろりとした貫禄の全くない少年は、俺の目には狼男とは映らないのだが。
「うーん、なんだか惜しい気はするのですが、狼男ではありませんね」
惜しいか? ん? どの辺がだ?
「惜しいですか?」
「ハイなのです。惜しくも、彼は狼男というより犬男なのです。耳が」
「ええ……」
惜しいの耳だけじゃねーか! 全身獣なのが狼男の特徴だろうが。そもそも、その耳も犬耳となると、惜しいという表現すら誇大だろ。どんな鑑識眼だ。
「うーん、もしかしたら噂に間違いがあるかもしれないです。本当は、犬男が正しくて、狼男は見間違いなのかもしれないです」
おいおい、なんでそんなに考えが跳躍して、世界記録を出しそうなほど飛ぶんだよ。流石の俺でも、思考が置いて行かれそうなんだが。
「ちょっと待ってください。なぜ、それ程執拗に彼が件の男だと思うのですか? 彼が狼男だという確証が、何かあるのですか?」
「執拗? 確証? よく何言っているかミヤには分からないのですが、彼が狼男なのは間違いないのです。あの優しそうなお姉さんが、ウソを言うわけがないのです」
そこかよ! お前の判断基準はそこなのかよ! 会って1時間も立たない人間の言うことを信じんじゃねーよ。飴につられて誘拐される幼児並みの頭脳じゃねえか。だいたい、彼女だって確かなことをは言えないって話だったはずだろ。
「こうなったら、彼にお話を聞いてみるのです。そうすれば、全てまるっと解決なのです」
「はっ?」
「申し訳ありません。少し良いでしょうか?」
俺が呆気にとられた隙をついて、ミヤの奴はそいつに声を掛けやがった。
「な……に?」
その、元服間近であろう少年の声は、鈍く聞きづらい響きで、聞いているのが億劫になるほどだ。
「一つお聞きしたいのですが、あなたは噂の狼男ではないのですか?」
おいおいおい、質問が真っ直ぐ過ぎる。駆け引きや場を読むってことを知らないのか。このアホ娘は。
「ちがう、私は、どちらかといえば犬男」
少年の喋り方は、抑揚の使い方が不自然で、それでいて耳に残りづらい。まるで、話している内容が頭に入ってこない。
「なるほど、では、ミヤの推理通り、あなたは狼男では無く犬男だったのですね! みやちゃん、大正解です」
なーにが大正解だ、何が。少年は、自分が件の狼男では無いって否定しているじゃねえか。
「うーん、正解したのは良いのですが、彼が悪い人にはみえないのです。これは、懲らしめていいのでしょうか?」
「いや、いいわけないでしょ」
「私は、悪い人じゃない」
ほらみろ、こうやって否定しているじゃねえか。
「私は、ただ、会話が好きなだけだ」
……どういう意味での発言だ? 一瞬、冗談かとも思ったけど、そんなことを言う少年は笑いもしていない。その無表情からは、話の意図が上手く読みとれない。
「なるほど、わかったのです。では、懲らしめるのはやめるのです。ねえ、スバル」
「あ、ああ、そうですね。その方がいいでしょう」
会話が好きだという、会話が苦手そうな少年を置いて、俺とミヤはその場を離れることにした。不思議と印象に残った少年をただおいて行くことが、心残りではあったけど。
ミヤを領主邸まで送り届けた後、俺は一人、裏道街道を通って自宅へと向かっていた。ただ、ここは俺の様な子供が、人の顔もわからない黄昏時に歩く様な道では無い。
赤く染まる世界は、人を狂わせる。神隠しも、入れ替わりも、何が起こってもおかしくない逢魔時、化け物に会うには、いい時間だ。
「そろそろ出てきたらどうだ? 人もいなくなって、頃合いだろ?」
飲食店を出たあたりから、殺気だった連中に着けられていたのは把握していた。どちらに用事があるのかと思っていたけど、ここまでついて来た時点で、その答えは出たようなものだ。
「はーー、随分と生意気なクソガキだ。あえて人気の無い所まできて、釣ってみたってか? いくら鬼とはいえども、ちっと頭がたらないんじゃねえか?」
そして、出てきたの俺の背後と左前方から数十人程度。かろうじて銃火器は持っていたが、専門的な訓練を受けたとは思えないチンピラどもだ。
「はあ、これはハズレかな。少しは黒幕へお近づきになれるかと思っていたのに、まさかこんな三下どもとはな」
ただ、ひとつ気になることがあった。なぜ、先ほどの犬耳の少年が、俺の正面に一人でいるのかということだ。
「はああ!! 舐めたこと言ってんじゃねえぞ。てめえなんざ、直ぐにでもハチの巣だぞ」
そんな言葉とともに、銃を構えるチンピラども。
訓練された刺客とは違い、十字砲火を行える配置をとっている。それが指し示すことは、次の三点だ。
魔法の腕が未熟で同士撃ちをする可能性が高いか、外れた弾をもらって死ぬ覚悟がないのか、もしくはその両方かだ。
どれであったとしても、鬼を相手取るには随分とヌルい作戦を取って来たものだと、呆れ果てる。
「死ねっっっっっ!!」
敵が銃の引き金を引こうとした瞬間、魔法を発動する。鬼である俺の、常人離れした奇跡による、『銃が暴発する』可能性の増幅。
瞬間、暴発音が幾つも鳴り響いた。
「「「「――――ギャア!!」」」」
なんともまあ、ずぼらで間抜けな連中だ。銃の整備が悪かったのだろう。その魔法だけで、ほとんどの奴がひん死状態になった。
所詮、こいつらはチンピラでしかなかったということだろう。
(魔法発動、『死に至る』可能性の増幅)
俺の目の前にいる、こいつとは違って。
「さて、邪魔ものが居なくなったところで、改めて自己紹介といこうか。といっても、君は僕のことを、既に知っているのかもしれないけど」
犬耳の少年は、この惨状でも動じることも無く、俺を見据えている。
「知っている。あなたは、ならず者が探す、賞金首の、鬼。私は、イヌガミ シロウ。先祖返りの、獣人です」
先祖返り? なんて、疑問を言葉に出す暇はないな!
ガン! と、俺が短剣で受けたのは、その少年の拳だった。
「どういうつもりですか?」
目の前の少年がくり出したとは思えないほど、拳は固かった。響いた音は、鉄塊を受けたときのようだ。
「あなたは、ヒトの最大の、娯楽は、なんだと、思いますか?」
くぐもった声は、聞き取りづらく、意味を意図を把握しづらい。
「君は、何を言っているんですか?」
「娯楽、です。あなたの、もっとも、楽しいことは、なんですか?」
振るわれる拳を、蹴りを、短刀で受ける。その少年の連撃は、若い人間がくりだしたとは思えないほど早く、正確で、精練されたものだった。
「質問の意味が、わからない」
少年は、残念そうに表情を変えた。こいつ、表情というものがあったのか。
「私は、会話こそ、人間の、最大の、娯楽だと、思うのです。なぜなら、ヒトの輪こそ、人間を、人間たらしめた、根源だから」
少年の声は、どうやっても聴き取りづらく、理解しようとする意志を失せさせるものだった。
「だから、意味がわからないと言っているでしょう」
確かに、少年の戦闘技術は卓越した物であった。しかし、俺と対等にやり合うには、速度も、正確性も、力も足りない。隙をついて弾き飛ばして転ばせると、尻もちをついた少年は、本当に悲しそうに顔を歪めるのだ。
「けど、私が、しゃべっても、誰も、聞いて、くれないのです。相手が、いないのでは、会話とは、いえない。だから――」
少年は顔に手をやると、反攻を開始する為に、魔法を――停止させた。
すると、少年の体に著しい変化が表れ始めた。
ざわざわと体中から、緻密で短い毛が生えはじめ、体は頑強になり、口は尖りだし、歯は肉食獣の様に鋭くなっていった。
「これが、私が、唯一、出来る、会話、なのです」
ここにきて、俺は事の真相を把握するに至った。
そして、愚か者が誰で、正しいのが誰かも知れた。
「君が件の狼男……。いや」
魔法で、鬼を人のようにみせることが出来るのだ。少年を人のようにみせることだって出来るだろう。
そう、俺の目の前に居たのは、先ほどの少年で、体長が2mを越える――。
「犬男、か」
逢魔時は、まだ過ぎ去りそうもなかった。
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