第16話③狂賢と喧々たる少女と鬼の住む縣

せっかくだしお茶でもどうですかとミヤを誘って家に帰ってみたら、家の前には見覚えのある高級馬車が1台。


えっちらおっちらと、玄関から中に入って応接間に向かってみると、予想通りの人物がいた。背が高く、色白の黒髪が生える青年だ。


「おや、これはお久しぶりですね。随分と大きくなって、変わったお荷物も担いでおいでで、見違えましたよ」


俺の今の無様な姿を見て揶揄っているんだろうけど、相変わらず嫌味なヤツだ。しかし、その胆力にいつも驚かされる。こいつの父親さえ嫌がる鬼のねぐらへやってきて嫌味さえ言えるのは、流石は将来の将校たる士官候補生だ。


「お久しぶりですね、カズマ殿。今日はどのようなご用事で?」


「何、鬼の居ぬ間にキミのお母上へお誘いを少しね。……はっはっは、冗談だよ冗談。父の仕事の手伝いで、お母上に色々と書類を持ってきただけだよ」


この若造、上手く言ったつもりか? つまんねー上に冗談じゃない所が、より面白く無い。この色男、あの母エルフにどうやら惚れているらしいからな。


確かに見た目だけは良いと俺でも認めるけど、よくまあ、あんなコブ持ちの何考えているかよく分からん娘に惚れるものだ。


「そういえば、母はどちらに? さっきまでここにいたようですが」


机には湯呑が二つ出ている。一方がこいつのものなら、もう一方はあの母親のモノのはずだ。


「お茶が無くなったので、追加を取りに行かれましたよ」


よく見れば、カズマの茶は余り減っていないのに、あいつの方は底が見えていた。


「へー、自分のお茶を取にいったと? 怒っていいですよ、そういう時は。母の教育にもなりますので」


「はは、まあまあ、可愛いじゃないか、そう言う所も」


惚れた弱みは何とやら、か? こいつ、結婚したら尻に轢かれる方だな。


「しかしそれは困りましたね。この状態でこれ以上動くのも簡便願いたいし、入れ違いなんて無駄なこともしたくないのですが」


「おや、それはどういった……、ああ、なるほど。そのお荷物、どこか怪我でもしていますか?」


こいつ、お荷物お荷物と厭味ったらしい奴だ。次にその言葉を使ったなら、その面に一発見舞ってやる。


「ええまあ、少し足を挫いているようなので、母に診て貰いたいと思っていたのですが……。ミヤ、いい加減に起きろ。そこはお前の寝床じゃないぞ」


「うーん、むふゃむにゃ、クマは怖いのです……」


「怖いのです」じゃねーだろ、このバカ。帰り道で足を挫くのはまだいいとして、まさか俺の背中で熟睡すると思ってもみなかったよ。


ホントガキみたいだな。……いや、ガキだったか。どうも俺や吸血鬼娘を基準に考えるからいけねーや。


「あら、スバル君、お帰りなさい……。その子はどなたかしら?」


ガチャリと音がしたと思ったら、ようやく帰ってきたのかこの頭妖精娘。


「この子は、そこの華族様のご息女になります。まあ、足を挫いたので治療をしてあげて欲しいのですが……」


「初めまして、私はアメノ ミヤと申します。ここを治めるアメノ オトヨの娘です」


あっ、こいつ目覚めやがったのか。余計なことを言う前に、さっさと治療させようと思っていたんだがな。


「そして、スバルのお友達です」


その場が、凍りついたように感じた。華族の娘が、鬼と通じていたなんて知れたら、どう思われるかなんて火を見るよりも明らかなんだが……。


「わーい、スバル君のお友達だって、お母さん嬉しいよ♪」


そんな空気をぶち破ったのは、頭に妖精が飛んでいるエルフ娘だった。相変わらず、空気を読まない奴だ。


「お礼と言ってはなんだけど、怪我を治療しましょうか。それじゃあ、診察室に行きましょうね」


「へっ、診察室に連れて行かれるのですか? ミヤ、お注射嫌いなので、診察室は好きじゃ無いです」


ジタバタと俺の背中の上で暴れる、アホ娘。まあ気持ちはわかる。俺もあの図太い注射針は好きになれない。


「大丈夫、お注射は使わないし、痛くないよ。それじゃあ、行こうね♪」


「いやーーーーーーーーー!」


あの細腕で、暴れるミヤをひょいと担いで簡単に診察室に向かうのだから、エルフっていうのは大した身体能力をしている。


「……驚きましたね。あのミヤと君がお友達になるとは」


この若造、若干引き攣った声を出している辺り、本当に面食らったんだろうな。


一応、あいつが何かされ無い様に釘を刺しておくか。


「彼女はどうやら寂しがり屋なようで、鬼である僕でも懐いてきて、仲良くなれましたよ。……もし、華族の娘が鬼に誑かされたなんて噂が立つのが嫌なら、何時もの様に刺客でも送ってくるといいですよ。全て返り討ちですけどね」


刺客は最近でも偶にやって来ては、返り討ちに合っている。


「最近は、刺客は来ていないと、君のお母上から聞いていましたが」


「まあ、わざわざ母の手を煩わせる必要も無いですからね」


ビクリっと、少しだけ横にいる将校候補の体が震えたようにみえた。


ふん、この才気活発な若造でも、鬼は怖いのか。まあ怖いだろうさ、俺みたいなガキが訓練された大人を事も無げに殺すのだから、そうも思われても仕方がない。


理不尽な、いわれなき罪で襲われていようとも、だ。


「一つ断っておきますが、公的な立場で君を暗殺するような指令を出す者は居ませんし、当然ながらアメノ家でもそのような動きは全くありませんよ」


話が逸れてきたけど、無視できる話題でもねえな。


「それはどうでしょうね? 連中、装備が最新式に近く、訓練もうけているようですが」


「いえ、絶対にないと言えます。なぜなら、軍が動けば、さしもの君でも既にこの世にいないでしょうから」


そんな物騒なことを言う、士官候補生の眼差しは真剣で、偽りを言っているようには見えなかった。


この見識を備えた華族がいうのなら信頼性が高く、俺の意見とも一致している。疑う余地はない。


「それに、あの御触れからして、君の身柄は皇帝陛下の預かりとなっています。皇帝陛下のお言葉を金科玉条のごとく守る軍が、その御触れを破ってまで君に害を成すとは思えません」


しかし、襲うことを禁止していないから、襲撃者は無視しているってことか。消極的敵対てとこだな。


「まあ、何でもいいですよ。母やミヤに危害がいかないのなら」


「それ重々、君の母君はもちろん、不出来とはいえ妹も一応家族ですからね」


「それを聞いて安心しましたよ」


あの娘や、ミヤの安全が保障されるなら、俺から言うことは何もない。


「うきゃーーー、こしょばゆいのです。痒いのです」


「あー動いちゃだめだよ。治療できないでしょ」


しっかし元気なヤツだ。あの幼い年で、山まで登ってくるくらいだから、本当に無駄に行動力がある。


「しかし、君もこれから大変ですよ。妹は厄介ごとを引き込む天才です。お友達の苦労が今からでも目に浮かぶようです」


「……嫌なこと言いますね」


実は俺もそう思っていたんだ。それも近日中に襲いかかってくるような気がするっていうのだから、頭が痛い。

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