第14話①狂賢と喧々たる少女と鬼の住む縣

拝啓


親愛なるゴシック邸の主様。


あの曰く付きの事件から、すでにひと月は過ぎ去りました。


時がたつのは早いもので、(失礼ながら)すぐに絶えると思っていた文も、これではや4通目となります。


便りの内容も、初めの頃からすれば各々の内面に踏み込んだものが多くなったように感じます。


例えば、君が気になっていた私の私生活、どんな遊びを普段やっているのかという質問ですが、一言で表現するのなら、「山狩り」という言葉が最も的確でしょう。


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標的は、地を縦横無尽に跳ね回り俺から逃げていた。


上下左右、木の根だろうと石ころだろうとその位置取りを覚えているのか、よどみなく動くその標的は、確かな実力を持って俺(鬼)から逃げていた。


しかし、どれほど実力を持っていたとしても、鬼相手では分が悪い。


標的が、木の根を飛び越えようと跳躍をした瞬間――


グシャリ!


――俺の投げた礫は、哀れなその頭部を叩き割っていた。


……こんなに盛大に頑張って死闘を繰り広げた相手が、十貫ウサギっていうんだから鬼の名折れってもんだよな。


いや、例の吸血鬼娘へ送る書きかけの駄文に違わず、山で善良なやつ(動物)相手に乱暴狼藉(山狩り)なんてやっているのだから、いよいよ俺も鬼らしくなってきたってところかもな。


はあ~、遊び半分運動もかねてやっているとはいえ、俺がこんなことをやんなきゃいけなくなったのは、全てあの母親エルフの菜食主義にある。


いくらエルフが野菜・穀物類しか栄養として必要としてないとはいえ、それを俺まで強要するのはやめろと言いたい。というか、言っているのに、あの娘は全く聞き入れないのだから、相手が俺じゃなかったら虐待の一種だぞ、本当に。


まあ、ぶつぶつ言いながらも適当に捌いた肉を適当に味付けして適当に焼いて、食べられるようになった。


一口、ガブリとかぶりついてみる……、うーん不味くは無いけど、いまいちな味だ。


しっかし、こんなんでも食べられるようになっただけましだな。最近はちったあ成長して、体も無理が利くようになったおかげだな。


なんて、自分の成長を自賛していても虚しいだけだ。今日はもう帰って寝るか。はあ。




翌日、今日こそは飯が改善されてないかと期待して食卓へ来てみたけど、全くそんな事は無く、普通にシリアルと豆と野菜が並んでいた。


「スバル君。今日の朝食はどうかしら? 腕に海苔をかけたんだから」


こいつ、いつも同じこと言ってんな。どうやらこの台詞もこいつにとっては渾身の洒落らしいのが、本当に頭妖精で、こっちの精神がガリガリ削られる。


「母さん、いつも言っていますけど、偶にはお肉が食べたいのですが」


「うーん、スバル君のお願いだから聞いてあげたいけど、それだけは駄目だよ。だって、お肉って美味しくないし、体に悪いんだよ?」


そりゃ、エルフの味覚からしたら不味く感じるだろうし、その胃袋からしたら体に悪いだろうよ。けどさ、俺って鬼であってエルフじゃないんだぜ。その辺、もっと種族に合わせてくれよ。医者だろ?


「はあ、わかりました。……いただきます!」


大恩ある身、強く言えないのが辛い所だ。


「ところでスバル君、私がお仕事している間、今日は何をして遊ぶの?」


四六時中付きまとうこいつだが、流石に仕事の時は放置してくれる。将来の為の勉強は、こいつに付きまとわれているときにやるとして、自由時間にやることといえば、やっぱりこれしかないな。


「何時も通り、山に行って遊んできます」



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拝啓


私の愉快な観察対象さん


あなたから送られてくる観察記録、大変楽しみにしています。


こちらには私の興味を引く様な対象も居らず、興味深い話をするもの居ないので、日々退屈しているところです。


そこで、あなたの観察記録をより興味深いものにする為に、私から提案があります。


あなたの私生活の報告で、抜けている時間帯があるように見受けられます。それを推察すると、あなたのお遊戯時間だと思われますので、その時間で何をやっているのか、ご報告してください。


また、登場人物で三人称として出てくる方が、生き急ぎのエルフ殿しか見受けられません。他に居ないのでしょうか? 鬼というのはぼっち属性とお聞きしますが、他にも居るのでしたらそれも併せてご報告ください。


あと……


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山の中、普段とは違う雰囲気で吸血鬼姫が送って来た手紙を読めば、俺が今書いている駄文の改善点が見つかるかと思ったけど、そんなことはねーな。


俺の文才の無さじゃ、それくらいの変化で良文なんざ浮かばねえな。なんとか、俺をぼっち扱いするこいつに「参りました!」と、言わせる文章考えつきたいんだけど、無理難題だったな。


だって、彼女言う通りなんだから、否定のしようがない。くっそー。


……ま、いいか。思いつかないのはしょうがない。こんなときは気分を変えるにかぎる。


いつも通り、獲物でも狩に行こう――


「うわーーーーーー!」


――そんなことを思っていた矢先だ。幼い少女と思われる可愛らしくは無い悲鳴が聞こえたのは。



「ぎゃーー! こっち来ないで欲しいのです。こ、こわくは無いけど、近寄ると痛い目合わすのですよ!」


「ガーーーーーー!」


悲鳴が上がった地点へ何事がと思って来て見れば、黒髪短髪の身なりの整った少女と、立ち上がったその全長3mは有るあだろうクマと対峙していた。


その距離関係は非常にヤバく、5mも無いであろう近さで有り、クマが威嚇を止めて直ぐに襲いかかってもおかしくは無い。


「しっしっし、こっち来ると本気出すのですよ。ミヤが本気だすと、痛い痛いですまないのですよ」


あ~あ、しかもあのお転婆そうな奴、アホなことにクマ相手に威嚇仕返してやがる。このままじゃ死ぬな。


仕方ねえ、ひと肌ぬぐか。俺が「ヒトである可能性」と「ここに居ない可能性」の魔法を解くと、


「ッッッ!!」


クマは俺の禍々しい存在に気付いたのか、驚いたようにこちらを見てきた。


こうなったら、野生動物の取る行動は次の二つしかない。怯え逃げるか、


「ガーーーーーー!!」


今のように排除しようと襲いかかるか、だ。


魔法発動、「前世の俺がここに居る」可能性の増大、『怪力無双』発動。


俺が投擲した握り拳程度の御影石は見事、クマの頭部を吹き飛ばし、絶命へと導いていた。


うーん、随分悲惨な状況だな。俺の目の前に居る少女も、流石にこれには怖気づくだろうな。


「お嬢さん、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


「っつ!」


何か怯えてんのか反応ねーな。まあ、この惨状だし、俺は鬼だしでそうなるのも無理ないな。


「あ、あなた鬼ですね!」


力の入った発言とは正反対に、プルプル震えやがって、流石にビビったか、こいつ。


「ええまあ、見ての通りですけど」


俺が鬼だとわかると、たいていの子供は怯え逃げる。例外なんて件の吸血鬼娘くらいで、きっとこいつも逃げ帰るのだろうけど、それはそれで面倒だ。せめて町まで付き添わねーと、さっきの二の舞になるっていうのにな。


「ここで会ったが百年目です。ミヤが鬼退治してやるから、おとなしくお縄にかかるのですよ!」


「……はっ?」


そんな予想をに反して、このおてんば娘は、鬼退治なんて大それたことを言って、俺に立ち向かってきたのだった。

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