第13話⑥奇病と奇妙な少女とゴシックな吸血鬼邸
このゴシックな吸血鬼邸での事が終わってみれば、実に良好な結末となっていた。
あの人間然とした人形が破壊されると、奇病を患っていた貴族の子息の病気も治ったのだ。
その事実から人形の祟りだという話もでていたけど、子息の眼を覚ますと人形になっていたとう話からするなら、それは有る意味当たっていた。もっとも、正確に事実を伝えるのなら、伊左エ門の腕前が成し遂げた悲劇だったと言うのが本当のところだが。
ここで、伊左エ門のが生きていた時代は、まだまだ悪鬼羅刹に邪神どもが跳梁跋扈していたことを知っておかなければならない。人々を守る為、絡繰り人形師である伊左エ門は、戦闘人形を創造して人の様に動くそれらを駆使していたらしいと、ここに有った書物には書かれていた。
その人形を人の様に操る術は、書物では謎だとされていたが、今回の結果だけをみれば人の意識を人形に乗り移らせるものということになる。
本来魔法は使いっきりだが、効果が残る『永続魔法化』という現象が起こることもあり、その魔法を発動させようと奇跡を消費すれば、魔法を使うことができるのだ。
今回の場合、その子息が不意に人形へ魔法をイタズラに使い、本来ならその魔法を知っていなければ発動しないはずなのに、未熟さのせいか偶然にも意識を乗り移らせる魔法を発動させてしまったのが原因だということで、結論づけられた。
そんなこんなで奇病も無事完治し、母親エルフの診断も問題ないとなれば、もうこのお屋敷ともおさらば。明日には、家に帰れることとなる。
で、終演の夜にこんな思わぬ展開になるとはな。
「なぜ、僕がこんな夜遅く、君の部屋にお呼ばれされたのですか?」
まさか、この寝間着姿の吸血鬼娘から寝室へ招かれるとは思わなかった。
「今日でお別れだからよ。最後にあなたとお話がしたくて無理を言ったの。嬉しいでしょ? 最後に私とお話しできて」
いくら幼いと言っても、俺は男だし鬼だ。普通なら、こんなことは許されるはずがない。どうやらここの連中は、この吸血鬼娘の言うことに逆らえないらしい。良いも悪いも言う者もが居ないのだ。
そんな、クソみたいな関係が、この屋敷では構築されているという。
「全く、面白過ぎて行き場の無い感情を持て余しますよ。その事実に」
まあ、俺としてもこっちの方が色々と都合が良い。特にあの母親エルフと離れ離れに寝れるというのは、本当にせいせいする。四六時中べったりの癖に、布団の中でもべったりっていうのは、流石に俺も嫌気がさしていたんだ。
「くす、私も嬉しくて怖くなってきたわ。あなたみたいな興味深い人が居るなんて思わなかったから」
彼女はその紅玉の様な瞳で、俺を観察動物の様に眺めてきやがった。嬉しいなんて言ってはいるが、その眼には感情なんてモノは無く、あるのは鋭利な知識欲だけじゃないだろうか。
「それでは、どのような話題でおしゃべりを致しましょうか、お嬢様? せっかくです、最後の夜に相応しい愉快なお話しでもしましょうか?」
俺の慇懃無礼な態度が面白かったのか、この吸血鬼娘はクスクスとお決まりの廃退的な笑いを見せている。
「そうね、じゃあ、私が出した問題の答え合わせをしましょうか」
そう言って座るように催促された。それは良い。俺も立ちっぱなしはキツいからな。
ただ、その指し示している方が寝台なのはどうなんだ? どう考えても適切じゃないだろ。この小娘、何を考えているのやら? 何か罠でもあるのか?
……考えすぎだな。たかがガキの部屋で寝台に座るくらい、なんてことはないだろう。本来ならかなり失礼な行為だが、この吸血鬼娘のご機嫌を窺う気もしないしな。
「いいですね。僕も気になっていることが有りますから」
うーん、座ってみるとこの高そうな寝台スゲー感触良いな。流石、金持ちは違うなあ。
「そうでしょ。じゃあ、まずは吸血鬼が生き残っている理由の正確な答えね」
「なっ!」
そして、この吸血鬼娘が座るのは良い。ただ……。
「あら、どうしたのかしら? そんなに驚いて?」
「それは……、誰だって驚くでしょ。驚かないのは親だけですよ。まさか、僕の膝の上に座るとは思いませんでしたよ。」
まさか、背を向けて俺の膝の上に座るとは思っても見なかった。けど、太ももに感じるヒンヤリとした柔らかい感触が、それを魔法でも幻覚でもなく事実だと確かに物語っていた。
「私はお父様の膝の上にだって座った事は無いから、その例えは間違いね。いえ、私が膝の上の座ったのはあなたが初めてだから、誰でも驚くというのは当たっているのかしら?」
どうでもいいし、おそらく俺以外の奴は、お前みたいな廃退的な吸血鬼に座られても、驚くというよりは嫌悪感を懐くと思うけどな。
「退いては、頂けないでしょうか? 僕は椅子では無いので」
「良いわよ。お話しが終わったらね」
つまりは、退く気が無いってことかよ。……なんか、前世で幼子をあやしていたことを思い出すな。俺に全然懐かず、泣きやまなかったっけ。
「まあ、いいですよ。それで、最初の答え合わせは、吸血鬼が現代まで生き残っている理由で良いでしょうか? あの時、僕は吸血鬼が皇帝の軍門に下ったからだと答えましたが、それだけじゃ解答が足らないということでしたね」
「そうね、それだけじゃ、処刑されなかった理由にしかならないわ。主題は、今日まで生き残れた理由ね。今のあなたになら、わかるかしら?」
そう、戦後にその罪を許されたとしても、周囲からは迫害されることは必至だ。そんな中で生き残り、今日まで生きてこれたのには、何らかの理由があるはず。
「ええ、鬼の特性、『吸血』があったからでしょう。本来なら忌み嫌われる特性ですが、魔法による可能性の付加を考えると別です。奇跡を吸収するなんて付加、その有用性を考えれば活用法は無数にある」
奇跡は魔法を使うための燃料だ。それを付加したとなれば、手間を省いて魔法を行使することが出来るし、複雑に魔法の回路を組めば魔法の自動化や、知らない魔法でも使用することが出来る様になる。
そんな魔法だ。金になるし、重用もされる。
「正解。なら、次ね。今では壊れてしまったあの人形、それを動かす魔法についてだけど、もうあなたもご存じでしょうから、私が模範解答を言いましょう」
「へー」
「弟がかかっていた奇病からみても、意識をあの人形に移す魔法で間違いないわ。人が中に入って操っているのだから、人の様に見えるのも当たり前ね」
なるほど、これで解ったことが一つある。
「君は、たいしたウソツキだね」
やっぱり、会話をするなら顔を正面から見ながらがいい。
「キャッ!」
無理やり体位を入れ替え、彼女を仰向けに押し倒す狼藉は、流石の吸血鬼娘でも驚く事態だったみたいだな。
性格に似合わない、可愛い声と表情を一瞬だけみせた。
「……いきなり失礼ね」
口をへの字に曲げ、不機嫌そうにな顔だけを見れば年相応なんだけどなあ。
「ウソツキ相手には、これくらいで十分」
「『ウソ』て、なんのことかしら?」
「わかっているだろ。意識を乗り移らせる魔法なんて嘘っぱちだってことを」
ニヤリと、不吉で廃退的な笑みを見せる吸血鬼娘。こいつは、そんな笑みを浮かべながら心底面白そうに俺の解答を待っている。なら、それに応えてやるとしようか。
「そもそも、意識を乗り移らせる魔法なんて聞いたことが無いし、そんな可能性を持ったモノも確認されていない、実在性の無い魔法だ」
これは、存在する可能性しか扱うことが出来ないという魔法の大前提からすれば、そんな魔法は無いという結論になる。
「それに、あの魔法は僕が知っている他の魔法に似ていた。そう、君たち吸血鬼が使う『吸血』とね」
俺は、あの人形を破壊した後、その残骸を調査した結果、どう考えても新しく付加された魔法があった。その結果と、子息の話を総合するとそうとしか考えられない。あの人形に『吸血』の可能性を付加し、子息の存在する可能性をあの人形に吸わせたのなら、意識の乗り移りなんてことも可能じゃないだろうか。
「僕がここで調べた伊左エ門は、神がかり的な技術によって人形を作っていた。あんな、無様な操り方をするはずがないし、文献には人形は自律していたとも書かれていた」
自律、即ち人形が意思をもって自分で動いていたというのだ。誰かが操っていたということはない。
「だから、僕の答えはこうだ。あの人形を動かす魔法とは、人形が『人』である可能性だ。人に見間違うほど精巧につくられた人形だ。『人』である可能性を付加すれば、まさに人になれたのかもしれない」
そして、自意識を持っていたからこそ、先日の暴走を見せたのかもしれない。
「……君は、そのことを知っていたはずだ。そして、『吸血』を付加したのも君なんだろ。なんでそんな真似をした」
僕の指摘を受けて、クスクスと笑う彼女は、本当に面白そうに笑うのだ。愉快愉快と。
「弟は、あの人形みたいになりたいと言ったの。美しく、完璧な存在になりたいと。だから、私はその願望を叶えてあげたの。私の知識欲を満たす為に」
知識欲というのは、あの人形が動く所だろうか? それとも、『吸血』の魔法についてだろうか? 何にしろ――。
「僕には、理解出来ない動機だよ」
そう言うと、彼女は面白くなさそうに表情を消した。
「それで、どうするのかしら?」
「どうもしないよ。僕は明日、この屋敷を去るだけだ」
このことを、俺が公にする事は無い。それは彼女の為でもあるが、主にあのエルフの為だという自覚がある。
俺にはある疑念がある。あの金翼のエルフが、このカラクリに気付かないなんてことがあるかっていう疑念だ。本当は知っていて、ここで楽しんでいる俺の為、もしくは吸血鬼娘と同様に知識欲の為、放置していた可能性が有るかもしれない。だから、俺は藪をつついて蛇を出すような真似をするつもりは無い。
「そう、なら明日でお別れね」
そう、ここで何もなく別れれば、二度と会うこともないだろう。彼女との面倒くさい付き合いも、これで終わりってわけだ。
そして、彼女はこの屋敷の中で、女王様として生きていくのだろう。誰に善も悪も言われることなく、誰に理解されることもなく、ただただ怪物として育っていくのかもしれない。
「……手紙を出すよ。返事が来るたびに出す。迷惑なら、返事を書かなければいい。それで、終りだ」
俺の心の中を探れば、意外なことに彼女の存在は大きいモノになっているのは確かだ。だから、彼女がそんな風に育って欲しくないから、鬼と関わる懸念を差し置いて、こんな言葉がでたのだろう。
俺は前世の経験から知っている。大切なモノ程、近くにおいて守らないと、後悔することになると。
「返事は出すわ。絶対出すわ。だって、あなたのことをもっと知りたくなったもの」
「『吸血』したとき、あなたの前世を垣間見たわ。英雄としてのあなたを、悲しむあなたを。そうしたら、もっとあなたを知りたくなったわ。それを知れば、きっと誰もがあなたのことを、もっと知りたくなる」
短い短い夜は更けていく。彼女の話も、俺の話も物足りないくらいだったけど、それでも今はこれでお終いだ。
続きはいくらでも出来る。彼女と俺の縁は、切れそうもないのだから。
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