第12話⑤奇病と奇妙な少女とゴシックな吸血鬼邸

「キャーーーーー」


廃退的な邸宅から響き渡るのは、この出来事の終焉を告げるような女性の悲鳴だ。


突然の悲鳴から、使用人が止めるのを掻い潜って現場と思われる書庫へ走って向かっているけど、はてさて何が有ったのやら、想像もつかなくて非常に愉快な状況だ。


このゴシック調に彩られた屋敷にお似合いの、実に奇譚的な事件でも起こってくれると面白いんだが。


まあ、一点。面白くも無いことが起こってはいるけどな。


「さっきの悲鳴はなんだろうね、スバル君。お母さん不安で仕方がないよ」


なんでこいつまで、一緒に部屋から出て来てんだか。あぶねーだろうが。


「怖いなら部屋で待っていてください。こっちの様子見なら、僕だけで十分ですよ」


「お母さんの心配してくれるなんて、スバル君やさしい! けど、お母さんもスバル君が心配だから着いて行くね♪」


がーーーー! 違うことはねえけど、否定したくなるな!


だいたい! 俺は! 暗に! 邪魔とも言ってんだよ、邪魔て! 非常事態の現場で、お前みたいな頭妖精のエルフの面倒なんて見てられないんだよ。大体、お前みたいな若造に心配されること自体屈辱なんだけどな!


「……仕方が有りませんね。着いてくるのなら、僕の後ろに居てくださいね」


「うんうん♪ わかったよ」


と、口では言っているけど、いざとなったら俺の前へ出てくるのがこの娘だ。


確かにこの母親エルフは、対人戦では無類の強さを誇り、人殺しに微塵の抵抗もないのが恐ろしい所だが、戦闘のプロという訳でもない。


今までの様に、相手が正面からの挑戦者や、取るに足らない相手なら問題無いが、そうでないのなら彼女を殺すのは容易いと言える。


俺が暗殺者の立場から考えても、彼女を殺す方法は無数にある。そのことをこいつは理解しているのやら。全く、医者は医者らしくしてほしいものだ。


……念のため、戦闘の準備だけはしておくか。


「はあ、仕方がないですね。そろそろ、現場に着きそうですから、気を付けてください」


「は~い♪」


エルフのお花畑満開な返事を後にし、書庫の近くにある階段を繋ぐ中央部分へ来るとそこには、心躍る様な惨状が広がっていた。


血を流し地に伏す人間たち、壊された調度と家長から必至に乞われる使用人、弧を描くよう立つ人たちと壁を背に孤独に立つモノ。


まるで冗談だな。まさか本当にこのゴシック調の邸宅に相応しい、奇譚的な事件が起こっているとは思っていなかった。


なんせ、この惨状を引き起こしたであろう取り囲まれた中心にいるモノ。それが事件を起こす可能性なんて、俺は微塵も考えていなかったのだ。


「こんなに人が怪我をしているなんて酷い状況だね、スバル君」


母親エルフのその発言で俺の存在に気付いたのか、その場に居た連中は俺を見て息をのみ、警戒を俺へと向け出しやがった。


なんて、見慣れた光景だ。


「ええ、本当に」


なんて、愉快な状況だろうか。


こいつらは、己の命の危険より鬼である俺に注意を向けるのだ。これが、笑わずにいられようか。


そんなに、俺(鬼)が気に喰わないのかと!


「後ね、あのポツンと居る人には近づいちゃだめだよ。多分危ない人だからね」


……その能天気な声で言われても、警戒心なんてモノは微塵も出てこねーよ。


しかし、そうか。この頭妖精エルフには、アレが人間に見えるんだな。それはそれで、たいした出来だと感心する。


「そうですね。ですから、母さんは近づかないでくださいね。アレは人などでは無く、人形なのですから」


そう、アレは人形だ。伊左エ門作のとてもよくできた人形で、人になれる可能性があるくらいの傑作だ。


そして、人間相手には絶対的な強さを誇る母親でも、人形相手にはそうもいかない。


魔法とは、可能性を扱う魔法だ。それ故に、そのモノが持つ可能性をよく知るほど、魔法はより効果的となる。その原則があるから、医者である母親は人間に対して強いのだ。人体を知りつくし、生命を知り尽くしているこのエルフだからこそ、ヒトに対して生を死(ヒューマンスレイヤー)を司る存在へとな成れるのだ。


つまり、軍人でも狩人でもないエルフの娘は、ヒト以外の相手には弱い存在とも言える。


「何言っているの、スバル君? アレはどう見ても人間だよ? それに、お人形さんはこんなこと出来ないよ」


まあ、普通に考えればそうだろう。どう見ても人間だし、動き回る人形なんて居ないし、なんて説明したもんか。


というか、なんで動いてんだ、この人形。


「パ……パ、み……ん……」


しかも、喋りもする。どんな絡繰りだよ。


「そう見えるのも仕方が有りませんけど、今は僕を――」


人形は、腰を少し沈めた。硝子で出来た目は、俺を見据えている。これは、来る!


次の瞬間、人形は十メートル近く離れた俺へ、一つ飛びで到達できる人外的な跳躍を見せた。


それを見た母親は、俺の前へ出ようという反応を見せている。


しかし、そうはさせない。


俺は、持っていた握り拳ほどある鉄塊を、人形目がけて投擲した。


本来なら、子供である俺が投擲をしたところで、壊すどころか人形に届くかさえ怪しい。それは、魔法によって、筋力や命中する可能性なんて在り来りなものを増幅させても、同じことだ。


だから、増幅させるのはもっと別の俺だけがもっている可能性、前世の俺がここにいる可能性だ。


今はこんなひ弱な俺でも、前世はその腕力で名を轟かせていた。そんな俺が、魂だけじゃなく肉体ごとここへいた可能性を増幅させれば、どうなるであろうか?


当然ながら、肉体がそのまま再生されるなんてことは無いが、肉体の強さはある程度再現される。つまり――


魔法発動、『怪力無双』顕現。


投擲された鉄塊は砲丸のように射出され、砲撃された人形は粉々に破壊される。そんな結果を、魔法は導きだしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る