第11話④奇病と奇妙な少女とゴシックな吸血鬼邸
『吸血』したい。よくよく考えれば、実に吸血鬼らしい真っ当なお願い事だ。
普通の人間が言ったのなら、それこそ頭のおかしい奴扱いだが、目の前の彼女が言ったとなれば、よくもまあお前らしくも無く、吸血鬼らしいことを言ったものだと逆に関心すらする。
だからと言って、血を吸われたいのかと言えば、そんなことは無いんだけどな。
「それで、どうなのかしら? 私が満足するまで、吸い果たして良いのかしら?」
そんなことを言う彼女は、その幼さには不釣り合いだと思えるほどの妖艶な笑みを浮かべいる。何がそんなに楽しいのやら。
こいつ、鬼相手にそんな挑発をしてくるとは、いい度胸だ。なら、吸って貰おうか、鬼の不浄な血を。腹を下しても知らねーぜ!
「はは、死なない程度にお願いできるかな?」
「いいわよ。死なない程度に、ね。初めてだけど、なんとかなるでしょう」
「おい」
こいつ、本当に大丈夫か? まあ、血を抜かれるだけだ。いざとなれば無理やり引っぺがせばいい。
「ただ、あなたは少し勘違いをしていると思うから、お姉さんが教えておいてあげる」
「何を?」
「『吸血』と言っても、吸血鬼はコウモリの様に血を吸う訳じゃないの。吸血鬼が吸うのは、『奇跡』よ」
どういう意味? なんて疑問を呈する発言は、俺の膝の上に乗り、しな垂れかかってくる彼女の行動によって封殺されてしまった。
幼い唇が、俺の首筋にあたる。冷たいのに柔らかいその感触からは、これから『吸血』なんていう廃退的な行為がなされるとは、到底思えない。
そして、彼女の鋭い犬歯が刺さった。
瞬間、視界が薄くなる。
意識は薄くなり、世界と自分の境界があいまいになっていく。体は氷ついたように凍え感覚を失っていき、心に占めるのは喪失感と、暗く昏く冥く闇くなっていく自意識。まるで、俺の『存在』が吸われているようだ。
これが、吸血鬼の『吸血』か。なんて、廃退的で冒涜的な行為だ。人の『存在』している奇跡を吸うなんて、種を絶滅寸前まで追いやられても仕方がない程の行為だ。
「ふふ、凄い! あなたへの『吸血』がこんなにも感情を揺さぶって来るなんて、思いもしなかった。この感情、なんて言えばいいのかしら? とても気持ち良かったのかしら? 何にしろ、酷く夢中にさせられる行為ね。危なく、あなたの存在している『奇跡』を全て吸ってしまうところだったわ」
『吸血』を止めたのだろう。凍えた体は感覚を取り戻し、彼女の冷たいはずの体温を熱いと思ってしまうほど強く感じられるようになった。
「本当に愉快ね。だから、お返しもちゃんとするわ。あなたの質問の答えね……」
薄い意識の中、さっきよりも人間らしくなった様に見える人形と、いつまでも抱きつく彼女の温かい体温だけが、強く強く感じられた。
温かい暗闇の中、俺は夢を見ているようだ。
誰かに抱かれる小さい俺。ゆらゆらと心地よく揺れる中で、誰かが俺を呼んでいる。
「私の可愛い可愛い、やや子。どうか……」
やや子っていうのは、なかなかに聞きなれない呼ばれ方だけど、赤子の時はこんな時も有ったのだろう。俺も余りに小さい頃のことは覚えてねーし、前世のことは忘れていってるからな。
「……スバル君、スバル君、スバル君!」
こっちの喧しいのはよく知っている。あの、母親ぶっている若造の声だ。
「おはようございます。そんなに何度も呼ばれなくても、起きれますよ。母さん」
何がそんなに心配なのやら。こっちとしては、自分より年下の若造に心配されてることが、死ぬほど気に喰わない。
まあ、そんなこと言ってたら、何千何万回死んでんのって状況ではあるんだが。
「良かった。スバル君ってば、昨日すごく疲れて帰ってきて、床に入ったらまるでご子息さまみたいに寝ていたから、ママすごく心配したんだよ」
昨日は、あの吸血鬼娘にかなりしぼり取られた。そりゃもう、くたくたにもなる。しかし、あの状態が華族の息子にも起こっているとしたら、厳しい状況だ。
その病状は奇病も奇病、命名するなら『吸血病』が妥当だろう。まるで『吸血』されたような症状の病気らしい。吸血鬼なのに『吸血』されるとは、猿も木から落ちるというか、因果応報というか、吸血鬼の面目がないといったところか。
けど、これであの吸血鬼娘が、この屋敷で鬼(俺)の様に扱われている理由がわかった。
あの娘、奇病の原因として疑われているのだ。
鬼すら珍しいと観察動物扱いし、まるで考えの読めない娘なら、実の弟に『吸血』なんて非道な真似をすると思われているのだろう。
「けど、それはないか」
昨日のやりとりからするに、アイツが『吸血』をやったのはアレが初めてだ。発病した時期はそれ以前で、アイツが弟を吸ったなんてこと、あるはずがない。
「スバル君?」
「いえ、なんでもありません。大丈夫ですよ」
なら、この事実。俺が皆に風潮してやろう。それでアイツも、この陰鬱とした屋敷でも少しは過ごしやすくなるはずだ。
……くっくっく、なんてらしく無いマネだ。鬼である俺が余計なお節介をやろうだなんてな。こりゃ、槍でも振ってきそうだ。
「キャーーーーー」
そんな嫌な予感ていうのは、よく的中するものらしい。
俺が柄にもない事をやろうとしたせいか、屋敷中に響き渡る悲鳴が、書庫の方から聞こえてきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます