第10話③奇病と奇妙な少女とゴシックな吸血鬼邸

ここ、吸血鬼邸に着いてからはや5日。華族の子息がかかった病というのは思っていたよりも難しいものらしく、未だに回復の兆しが見えない。


吸血鬼娘の弟がかかっている病は、衰弱以外の症状をみせない他に例の無い奇病らしい。昏睡から死に至る睡眠病や糖尿病でも初期症状や、検査で病原体や血糖値の上昇などから原因を特定できる。


しかし、この病にはそんなものは見受けられず、ただただ体が衰弱していっているだけというのだから、奇病という他ない。


どんな病でも1日もかからず治してきた金翼をしても、こうまで時間がかかるというのだから、たいした難病だ。


「ごめんねスバル君。最近は一緒にいられる時間が短くて、寂しいよね。お母さんは寂しいよ!」


ギュッと、抱きついてくるエルフ。


ウゼー、こいつマジでウゼー。


寂しいのはおまえだろ! 俺は、四六時中張り付かれている日常より、少しでも自由時間がある今の状況の方が喜ばしいんだよ!


「はは……、僕のことなら心配ないですよ。話し相手もいますし」


「そうみたいだねー。最近楽しそうにしてるけど、何してるの?」


さらにギュッと抱きしめてくるのは、彼女と仲良くしていることへ嫉妬でもしてんのかね? 若輩者の人間らしく。


「お勉強ですよ。魔法とか世間の流行とかを勉強しています」


俺が就ける職業を調べている、てとこまでは言わねーけどな。


しかし、その調査も今は芳しくない。俺の様な忌み嫌われている鬼が就ける職業なんて、本当に存在しているのか怪しいところだ。このままじゃ一生、こいつの作る妖精の園で囚われている未来しか見えないってのが最悪だぜ。


「そうじゃなくて、お友達とはどうなのかなって?」


ああ、やっぱりそっちの方が興味あんだな。……色々な意味で、話辛いから言いたくなかった話題だけど、隠すのも難しいか。


「そうですね、なかなか気難しいので盛り上がる話題を探すのに難儀する子なのですが、僕と対等な目線で接してくれているので、一緒に居てて気が楽ですよ。まあ、盛り上がる話題というのが、難しい話であったり、母から聞いた弟君の病状だったりで、気軽な雰囲気ではありませんけど」


「最近は、図書館で一緒にいることが多いってメイドさんから聞いたけど、一緒にお勉強しているってことかな?」


一緒にいるのは、俺が図書館に行く為の必要条件だ。あいつは勉強する為に、俺の向かい側に座って一緒に居るわけでは無い。


「いえ、そう言うことは無いですよ。彼女は鬼が珍しいみたいで、僕が勉強をしている間は質問をしてきて、反応を楽しみながら観察しているか……」


そう言えば、あいつは俺を観察動物扱いしていない時は、何をしていたっけ? ただただ、茫然と横の方を見ていたはずだ。


どちら側の席に座っても、中央にあるあの人間然とした人形のある方を見ていたように思う。まあ、あそこにはそれ以外に観ていても面白いモノはないから、仕方が何のかもしれないけど、よくよく考えると暇だよな。


「まあ、そんな所です」


今度は、アイツの暇つぶしもかねて勉強の質問でもしてみるか。


「なんだか楽しそうで良かった。ごめんね、時間かかって。もしスバル君がここにいるの嫌だっていうのなら、私もっと頑張れるよ?」


どういう意図の発言だ? 抱きつかれて顔が見れねーからよくわからんな。


ここの連中の視線は他と同じように敵意に満ちあふれていて、俺にとっては居心地が悪いのは確かだ。けど、このエルフに無理はさせたくないし、ここの蔵書は量と質ともに良く、直ぐに帰りたいわけでもない。


「母さん、ありがとう。けど、大丈夫ですよ。僕はここでもう少し勉強をしています」


「わかったわ」


さらにギュッと抱きしめてくる彼女の力は、若輩者の若者とは思えないほど力強く感じた。




この書庫、どれだけ入り浸っても見慣れるということが無い人形は本当に目障りだ。


見れば見る程、ますます人間に近づいているようで、不安と不快感を煽ってくる。この人形を買った家長とやらの審美眼は、犬畜生にも劣るものに違いない!


まあ、造詣は整っていて、卓越した技術が垣間見れるのだから、惹かれる人間がいても不思議ではないと、客観的には理解している。だから、もしかしたらおかしいのは俺なのかもしれない。


目の前にいる、ただただ、観察をし続ける吸血鬼娘の様に。


「ねえ、僕の顔はそんなに面白いかい?」


「ええ、面白いわ。こんなに観察しがいのある生き物に出会ったのは、初めてよ」


とうとう猫を被るのを止めたのか。人を大っぴらに観察動物扱いとは、見下げ果てた性格をしている。


……いや、こいつにとっても、鬼というやつは人外の化け物なのだろうか?


「何がそんなにおもしろのやら。ぜひともご教授願いたいですね」


「そうね、最初はそんなに面白いと思わなかったわ。だって、あなたって鬼のはずなのに普通の人変わらないように見えるんだもの」


「それは、ご希望に答えられず申し訳ない事で」


「けどね、あなたと会話していて、観察していて、すごく驚いたわ」


「何に?」


「あなたのささいな所作、会話、思考。どれをとっても熟練した大人のものだったから」


――これは、驚いたな。この廃退的な雰囲気を魅せる少女が、俺の本性を見て取れるなんてな。


確かに俺は、自分を大人なんて言い張っていたけど、普通なら子供の戯言だと思って、無視するところだろうに。


「まあ、当然ですよ。僕は大人ですからね」


「じゃあ、そんな大人のあなたは、私のお願いは叶えてくれるのよね。この前の宣言通り」


……そういや、そんな面倒な事も約束してたな。まあ、そのお願いとやら叶えてやってもいいけど、こっちにも条件が有る。


「二言は無いですよ。ただ、条件があります」


にこにこと、廃退的な笑みを浮かべるこいつは、何がそんなに面白いのやら。


「いいわよ。言ってみて」


「前の、僕が言ったお願いはどうやら叶えて貰えないも同然のようなので、別のお願い……というか、質問に変えてもいいですか?」


くすくすと、病んだ笑いを浮かべているのはなんでだろうね。


「なにかしら? 私に答えられるようなら教えてあげるわ」


「質問は『鬼でも就ける職業って、存在しますか?』、です。別に期待してないですから、無かったら無いでもいいですよ」


この質問は意表をついたのか、彼女は珍しくもキョトンとした表情を見せた。けど、それも一瞬のことで、直ぐに歪な思想を垣間見せる笑顔に変わった。


「ふふ、あなたって本当に面白いのね。邪悪で災厄にも例えられる鬼が、まさか人間世界で生きていく術を探しているなんてね。誰からの影響なのかしら……。いいわ。その質問、答えてあげる。その代り、私のお願いも聞いて貰うわ」


この小娘が、俺の質問に答えれるとは思えないけど、まあいい。


「で、いい加減教えて貰えませんか? あなたのお願いとやらは」


なんだろね? まさか、弟の病を治して欲しいなんて、真っ当なお願いをするとは思えないが。


「あなたに教えてあげる。吸血鬼がするお願いなんて、唯一つ。あなたを『吸血』させて欲しい。ただ、それだけよ」

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