第9話②奇病と奇妙な少女とゴシックな吸血鬼邸

ゴシック様式のこの屋敷、俺は吸血鬼邸と命名しているが、ここは無駄に広いおかげで書庫もそれに似合うデカさだ。


書籍の種類も潤沢で不満なんてものはないのだが、部屋のところどころにある奇妙な武器の類が少々目に着くのは玉に傷だな。


特に、一番目立つところにある等身大の人形なんてものは、人間に似すぎていて気味が悪い。


「あの人間然としている人形、気になるみたいね? 不気味? 怖いの? 鬼なのに」


俺の向かい側に座って、興味深げに観察してくる吸血鬼娘。暇なのか言い方がいちいち挑発的だ。いや、挑発的なのは、こいつの個性だったな。


「この閑静な書庫には相応しくないと思っただけですよ。吸血鬼令嬢閣下どの」


「あの人形や武器類はお父様の趣味なの。それと、敬称はいらないし、気軽に名前でよんでいいわよ」


名前で呼ばなかったのは、鬼呼ばわりされたことにに対するお返しだったのだが、気にするそぶりもないのな。


「……あなたのお父上は、随分と悪趣味な方のようですね。どれも血と怨嗟に渦巻いていそうなものばかりだ」


「正解。あなた、やっぱり察しが良いわね。父はいわくつきのモノが好きで、よく集めているわ。あの剣も、そこの斧もオドロオドロシイ逸話で彩られている。特に、そこの人形は興味深い作りをしているわ」


「へえー」


「大昔の有名な絡繰り人形師、伊左エ門の作品。人の様に動く機構が組み込まれていて、動くと人形という閾値を超えた動作で、人と見わけがつかないほどよ」


その人形は、白い肌と黒い髪、ゴシックの服を着せられ、男とも女とも言える性別を模して形どられていた。


確かに、今にも動き出しそうなほどの精緻な造形をしているが、関節球も無ければ操り糸もなく、動かす為の仕掛けが見受けられない。


「どうやって動かすのですか? 見た感じでは、動かす為の仕掛けが見受けられませんけど」


「人形を操る方法は様々なものがあるけど、その中でも最も難易度が高く、そして最もよく操れる方法は何かわかる?」


薄暗い嘲りをみせる彼女は、その強すぎるゴシック調の服と相まって、随分と不吉な印象を与えてくる。この質問に間違えるようなことが有れば、何か良くない事が起こりそうな、そんな予感をさせる笑みだ。


まあ、この吸血鬼娘はそんなものは挨拶だと言わんばかりに、しょっちゅう投げかけられるものだから、いい加減俺は慣れたものだが、他の使用人連中は不気味がっていてそうでもないようだ。


「わかるさ。『魔法』だろ?」


「あら正解。流石ね」


正解して当然だ。魔法なんて奇跡が発達したこの世界で、魔法を使わない手はない。こいつ、俺をまだ普通の子供と勘違いしているのか?


だから、鬼と言えども警戒心が薄いのだろうか?


それは、非常に危ういことだ。


「簡単な質問だ。子供だましの問題だよ」


「そうそう、そう言えばあなた『大人』だったわね。じゃあ、次はもっと難しい問題を出してあげようかしら」


くすくすと、廃退的な笑いをみせる吸血鬼。この笑みを見せるときは要注意だ。何かよからぬことを考えていると、この短い付き合いでも俺が学ぶ羽目になるほど、こいつはやっかいな少女だった。


だてに、屋敷中の人間から嫌悪されてない。その扱いは、鬼である俺と同程度だ。だからこそ、俺と会うことが出来たとも言えるのだが……。


「なら、さらに難易度の高い問題をだそうかしら?」


「いいよ。けど、僕が正解できたら一つ、お願いを聞いて貰ってもいいかな?」


「あら、やっぱりあなたって面白い事をいうのね。いいわよ、その代り私の問題に答えられなかったら、私のお願いを一つ聞いて貰うわ」


廃退的な笑みはさらに深みを増し、深淵の見えない底を覗き込ませたような、不安さを見せてきた。


年端もいかない娘が、なんという表情をつくるのだろうか。


「僕のお願いはただ一つ、いい加減君と付き合うのも飽き飽きして来たんだ。そろそろ読書に集中させて貰えないかな」


俺の認識では、これは半分本心で半分偽りの言葉だ。俺は、この少女のことが気に入り始めている自覚が有る。


世界を憎み、世界に憎悪する俺だが、そんな存在でも対等に付き合おうとする彼女に、多少の情というものが湧いているのだろう。


彼女の行動のその根底にあるモノが、おそらくはロクでもないモノだろうとも、俺にとっては得難いモノであるのは確かなのだ。


だからこそ、彼女の幸せを考えると、ここで突き放す必要がある。鬼と縁を結び、世俗から忌避されるような存在を、俺はあの母親だと嘯くエルフ女以外で見たいとは思わない。


「いいわよ。じゃあ私のお願いだけど……」


「どうせ僕が正解するんだ。聞く必要性を感じないな。それより、問題をだしてくれるかい」


くすりと、妖艶に彼女は笑う。その齢にしては、随分と似つかわしくない様だ。


「じゃあ、問題。あの人形はどんな魔法を使って動かすのか当ててみて」


魔法とは『可能性』を『増幅』、もしくは『拡張』することだ。いくら精巧に作っても人形は所詮人形。どれだけ『可能性』を『増幅』しても動けるようにはならないだろう。


なら、方法は一つだ。


「『動ける可能性』を『拡張』したんでしょ。術者は人間だ。『動ける』可能性を付与することが出来る。普通はその辺の石ころや人形に『動ける可能性』を付与しても動けないだろうけど、精巧な機構を持っている人形なら可能だ」


俺の解を聞いて、黙り込む彼女。


「で、正解は?」


「そうね、半分正解ってところね」


「なっ?」


俺の反応が面白かったのか、彼女はくすくすと廃退的に笑うのだ。


「確かにその方法でも動かせるは。けどね、本命はその方法じゃないの。だってそれじゃ、人形を人間の様に動かすには足らないもの」


確かに、彼女の言う通りかもしれない。『動く可能性』を付与しただけでは、キリキリと音を立てて不器用に動くだけの人形にしかならないのかもしれないと、思える。


「じゃあ、こういう場合はお願いってどうなるんですかね? 不成立でいいのですか?」


「いえ、両方叶えることにしましょう」


「えっ?」


「あなたの願いは、その内叶えてあげるわ。そうね、弟の病気が治るくらいの日がいいかしら」


それは、俺の願いは実質叶えて貰えてないってことじゃないだろうか?


「そして、私の願いも叶えて貰うわ。そうね、それは直ぐにでも叶えて貰いましょうか」


そして、彼女のお願いは聞くしかないのか。……仕方ない、俺の解答はほとんど不正解と言っていいのだから、これくらいは譲歩するか。


「良いですよそれで」


「あら、案外物わかりが良くて助かったわ」


「ええまあ、僕は君より『大人』ですからね。譲るところは譲りますよ。それより、もう一つの本命の方法を聞かせて貰えますか?」


「そうね……、その方法は弟の病気が治る頃に教えて上げましょうか。答えを先に言っては面白く無いでしょう?」


「……?」


俺が疑問を浮かべたのが面白かったのか、彼女はその廃退的な雰囲気をより一層深めて、クスクスと笑うのだった。

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