第8話①奇病と奇妙な少女とゴシックな吸血鬼邸
薄暗く病的な雰囲気が漂うそこは、広大な敷地を持つゴシック調の邸宅だった。
俺と母親エルフが不本意ながら仲良くその邸宅を見上げていると、手慣れたように家令が現れた。こいつも病的な雰囲気を持っていた。青白い肌に少しさびしい頭髪、今にも死にそうな加齢具合に、俺はこいつが難病患者なのかと少し疑ったほどだ。
さっさと成仏しろよ、とも思った。
「用こそ御出で下さいました。家長が中でお待ちです」
それからの流れは、何時もと変わらない。中に入れられて母親は家長の下へ、俺は人気の無い部屋に押し込められるはずだった。
何時もと違うのは、俺が連れてこられた部屋が、むせるほどのフリルとゴシック調に汚染され、誰もいないはずなのに一人、病的な少女がいたことだ。
俺とそう歳の変わらないであろう少女は、俺を見ても人形の様に表情を動かさない。
「あなたが鬼? 初めて見たけど、特に感慨深いものは無いのね」
黒を色調にしたゴシックファッションと白肌は、嫌に似合っていた。それに、口元から見える牙を見れば、どうしても不吉なことを連想させられる。
「そういう君も珍しい人種だよね。吸血鬼は恐怖の象徴だって聞いていたけど、君を見ても可愛らしいとしか思えないな」
クソみたいなセリフだな。自分て言っておいて震えがくるぜ。
ただ、こいつの見た目が整っているのは確かだ。長い銀髪も整った顔も、こいつの廃退的な雰囲気とは合っている。
「あら、吸血鬼を知っているのね。子供なのに」
お前だって子供だろ。そして、俺は正確には子供ではない。
「もちろん。なんでも400年も前の暗黒時代と呼ばれる時に跳梁跋扈していて、鬼と同じように恐れられていたとか」
「へー、幼いのに随分と難しい物言いをするのね。すごく、生意気」
俺の言い方が気に入ったのか、犬歯を剥き出しで子供とは思えない妖艶な笑顔をくれやがった。はっはっは、こりゃ俺もその期待に応えてやらないとな。
「もっと難しいことも知っていますよ。人の生気を糧とする吸血鬼は鬼と同じように、皇帝陛下から滅ぼされたはず。なのに、こうやって僕のように生き残りが居るとは驚きだ」
俺の挑発がさらに気に入ったのだろう。その笑顔に廃退的な陰りを見せながら、時が止まったように微動だにせず俺を観察してきた。
「凄いのね、僕。そんなにも難しい事も知っているなんて」
「ええ、僕は難しい事が好きなんですよ。君よりも大人なモノで」
「くすくす、面白いのね、あなたって。ならこの質問が解るかしら? なぜ、私の様な吸血鬼が生き残っているのか?」
どうやら彼女は俺と謎解きゲームやりたいらしい。俺みたいな鬼と遊びたいとは、酔狂にもほどがある。それに、俺はガキの遊びに付き合うつもりは無い。
「質問に答えるのは良いですけど、正解したら何か僕に良い事があるのですか?」
「そうね……、あなたは何か欲しいモノがないのかしら? 私に出来ることならなんでもしてあげるわ」
子供の癖によくいうぜ。何が出来るっていうのか。……まあいい、物は試しだ。
「僕の母親は、医者でここへは治療にきています」
「知ってるわ。弟の病気を治すために、世界一の医者をお父様が呼んだことはね」
ああ、やっぱりこいつは華族の娘なんだな。
「なら話が早い。その間、部屋に閉じ込められるのは暇ですからね。書斎にでも入れさせて貰いたい」
「いいわよ。書斎と言わず、何処にでも行けるようにしてあげる」
本気か? こいつ。鬼を野放しにする奴なんているわけがないのに、どんな権限があってそんなことを言っているのやら。
「……質問に答えましょうか。僕が呼んだ本の中に、皇帝が荒れ果てた国で化け物を退治し、国をまとめあげるまでのお伽話がありました。そこには、同胞を裏切り皇帝へ味方した吸血鬼の話ものっていましたよ。つまり、その裏切り者の末裔が君なのでしょ」
「くすくす、その挑発的な言い方、面白いわ。私(吸血鬼)が怖くないのかしら? 鬼だからかしら? 興味深いわ」
どうやら、この廃退的な少女は、鬼に興味が有るらしい。思考もその見た目通りとは、随分と病んだ奴だ。
「半分正解ね。まあいいわ、じゃあ、書斎に行きましょうか」
冷たい。そんな感覚が手に走った。見れば、彼女が俺の手を握ってきたみたいだ。
驚く様なことをする奴だ。母親以外に手を握る奴がいるとはな。こいつ、鬼に忌避感を懐かないのか?
「なんのつもりですか?」
くすりと、廃退的な笑みを浮かべる少女。
「私と一緒なら、この屋敷中のどこにだって行けるわ。行って知りたいのでしょ? 未知を。退屈しないように」
俺と縁を持とうとする少女には、違和感しか覚えない。 本来、生きとし生けるもの尽く、鬼に対して忌避感を懐くことが自然なのに、彼女は何故俺にそれを懐かない。
いや、こいつの感情だけじゃない。よくよく考えてみれば、俺の来訪を知っていた事、鬼と会うことを許可されたこと、どれをとっても不自然なことだらけだ。
鬼が居るなんて事実、普通なら箝口令を敷いて知るモノを減らす方向に努める筈。
そんな疑問が深まるばかりだったけど、今は彼女に導かれるまま歩いていく。
彼女が言うように、退屈が嫌なのか、それとも別の理由があるのかはわからないけど、俺が彼女の手を振りきれないのは確かだった。
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