第7話母から学ぶ魔法のイロハのイ
ガタゴトと揺れる馬車の中、俺の目の前に居るのは、ゆっさゆっさと揺れるちち。いや、母親だった。
「スバル君暇だねー。華族様のお屋敷までまだちょっとあるらしいよ。何か暇つぶしをしようよ」
俺の中で落ち着きが無いと定評のあるエルフママは、どうやら馬車の旅に飽きたらしい。前から思っていたけど、こいつに長旅は向いてない。
華族様とやらも奮発して、最近耳にする自動車を手配しくれればもっと早くついたっていうのに。この母親の相手を長時間しきゃいけない俺の身にもなって欲しいぜ。
「どうでしょうね。僕は別に、暇を持て余していたりしないけど」
この母親の暇つぶしに付き合うと、ろくな目に合わない事が多い。ハグやら抱っこをねだられるのはマシな方で、俺にこいつの好きな所を10個言えだの、エルフが好きな俺の所を10個当てろだのクソみたいなお遊戯に付き合わせられるのだ。
そんなクソみたいな遊びには、もううんざりしている。
「ええースバル君の意地悪~。じゃあ、勝手に暇つぶししちゃうよ。やることは、私がスバル君の好きな所を上位10位から順に発表しま~す。まずね~」
こいつ、あいかわず頭妖精だな。クソつまらないことを続けられる前に、話題を変えないと。
「母さん。暇なら魔法を教えてください。僕はそっちの方が興味あります」
前々から魔法とやらの異世界技術には興味があったんだ。でも、こんな緩いやつに教わるのは俺の矜持が許さなかったから聞いてこなかった。
だが、それでも一応金翼だ。頭の良さでは帝国で上位層にいる。下らない話を聞くよりましだし、その頭脳を存分に発揮して貰おうか。
「私がスバル君を好きになった甘い魔法の話?」
どういうことだよ? 何? 俺、そんな話したか? ……相変わらず頭の中に妖精は元気良いな。最近は慣れてきたと思っていたけど、そうでも無かったようだ。
「はは……、そっちじゃなくて誰もが使っている魔法の話かな」
「流石スバル君。お勉強屋さんだね。じゃあ、私の話は後日するとして」
いらねーから。その砂糖よりじゃりじゃり甘々そうな話は、その甘ったるい脳内で完結させといてくれ。
「魔法ていうのは、その存在が起こせる『奇跡』を燃料に、『可能性』を『増幅』や『拡張』することです」
「それは知っています。僕は、それからさらに踏み込んだ内容を知りたいです。それも、例えでは無く学術的な内容を」
こんな精神性をしていても、俺は見た目が5歳児だ。こうやって強調してないと、赤ちゃんはコウノトリが運んで来る的な話しかされない恐れがある。
「うんうん、スバル君の言う通りにするよ♪ まずね、『奇跡』っていうのは、その存在が出来ることのポテンシャルだって言われてるの。子供から大人へ、頭や体を鍛えたり、地位や名誉を高めて活動範囲が広がればその『奇跡』の総量は増える傾向にあるわ。けどね、単純な比例関係になってないから、はっきりとは言えないかな」
それは知っている。俺が読んだ書物にも、そう書かれていた。本当はその先が知りたかったのだが、わかっていないのなら仕方がない、か。
「それでそれで」
「次に『増幅』ね。これは物事の『可能性』を増幅させて、普通なら怒らないような現象を起こすの。例えば……」
おもむろに、エルフが右手の人差し指を目の前で立てた。
ぱっと、小さい火が灯った。
「これは、空気が燃える『可能性』を『増幅』させた結果、空気が燃えたの。材料は空気で、エンタルピーを与えたのが『奇跡』ね。もしくは活性化エネルギーを下げているのが『奇跡』かも」
おっと、どうやら話が少し難しくなってきたな。エンタルピーやら活性化エネルギーは後から調べるとしようか。興が乗ってきた母親に質問をして、水を差すのも悪いしな。
「『増幅』は、やり方で結果が変わってくるわ。例えば、より『奇跡』を加えれば火はさらに大きくなるし、同じ『奇跡』の量でも酸素と水素が偏る『可能性』に割けば、より大きな火となるの」
「へー、すごいね」
「そして、『拡張』はね。その対象が持っていない『可能性』を付加するの。例えば、一般的には使用者の持つ『可能性』。もしくは、他のモノが持つ『可能性』」
その言い方からすると、おそらく後者の方は難易度が高いのだろう。
「なるほどね。全部はわからなかったけど、今のところはこれで十分かな」
話を聞いていると、母親は教師に向いていないことがわかる。これより深い説明は、彼女から聞くべきではないな。
「そうだよね。スバル君は賢いから、今の説明でわかっちゃうよね」
寂しそうな顔をする母親。今の会話のどこに寂しく思うことがあったのか? 相変わらず、考えのわからないエルフだ。
「ええ、だから魔法が職業に深く結びついているって、想像もできます」
「その通り。流石スバル君、よくわかってる。だから目指す職業に就くには、魔法を習得することが一番の近道だよ。ただね……」
ただ?
「スバル君は、魔法を極めても普通の職業に就くのは難しいかな」
ああ、それ言っちゃうわけ。この母親。幼い息子相手にも思っていたより容赦ないな。
「それもよくわかっていますよ。僕は『鬼』ですからね」
『鬼』、その事実で世の中の全てが俺を拒絶する。人は当然のことながら、動物や虫も俺に怯え避け攻撃的となるし、植物までも俺が近づけば棘を生やし、毒素を出す。
まさに、呪われた存在だ。母親が居なければ、一般社会で生きていくのは不可能だろう。
「でも、安心してね。ママがスバル君を一生養ってあげるから、仕事の心配なんてしなくていいんだよ♪」
ははあん、なるほどね。それが言いたいがために鬼のことへ言及したのか。性格の悪いことで。
「ありがとう、お母さん」
けど、今の話ぶりだと普通じゃない職業になら着くことも出来そうだ。アウトローな連中だって俺を相手にはしないだろうに、そんな職業があるとは驚きだけどね。
「お医者様。そろそろ華族様のお屋敷に付きますよ。ご準備のほど、よろしくお願いいたします」
御者の呼びかけで、そろそろ目的地に着くことがわかった。今回の目的は、このエルフが出向くのだから難病の病人だと想像が付く。
ただ、母親から聞いた話では、どうやらいつもとは勝手の違う相手らしい。
はてさて、どんな突拍子も無い病的な奴に会えるのか、楽しみで仕方がないね。
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