第3話エルフママ

赤子のときの予想は、不本意ながらも当たってしまった。


鬼と呼ばれる忌み子を拾った能天気エルフは、どうやら脳ミソお花畑らしく、何を考えたのか母親として俺を育てはじめた。


さらに、その脳ミソには妖精も住んでいるらしく、20年生きた自分なら十分にこなせると思ったらしい。


精神年齢の成長スピードが、人間の1/20のエルフのクセにだ。


人間でも、母親としては不安があるわ!


で、あれから5年経っても精神年齢十代前半の母親相手だと、こんなことになる。


「スバル君。今日の朝食はどうかしら? 腕に海苔をかけたんだから」


十代半ばにしか見えない金髪エルフは、シリアル飯を目の前にして、そんなふざけたことを言いきりやがった。


突っ込み所多過ぎて、追いつかねーわ。朝から飛ばしすぎだろ。


なんだよ海苔て。よりの間違いだろ。しかもシリアルに牛乳をかけただけの朝飯で、どこを頑張ったんだよ。


全国の頑張っている主婦に謝りやがれ!


なんてセリフは、飯を作ってもらった俺の口からは言えない。


「ええ、母さんの朝食は、海苔の無いいつもと変わらないシリアルで美味しいですよ」


と、猫被りの俺が遠回しに嫌みを言ってやったけど、たぶん意味をなさないだろう。


この頭の栄養が胸にいった、乳でかエルフ相手には。


「わーい、スバル君が誉めてくれた。嬉しい」


そんな脳足りんなセリフととも、抱きつくのはいつもの日課だった。


はあ、朝から疲れる。



あれから、俺は最新式の蒸気機関車に乗せられての旅となった。


そして、目的に到着し下車すると、そこは人ゴミでごったがえしていた。


「スバル君、この街すごく大きいでしょー。百万都市なんだよ。すごいね、人が百万人もいるなんて」


朝食の後、めったに乗らない列車でどこに向かうかと思えば、こんなデカイ街とはな。


ゾッとしないぜ。一皮剥けば、汚泥すら清涼に思えほど醜悪な本性を持った連中が百万人もいるなんて事実は。


考えたくもない。


「そんなにいるなんて、想像も出来ないよ。母さん」


「ねー。帝都はここよりはるかに大きいんだって。信じられないよね。思わずスバル君に抱きついちゃう」


ぎゅむ。


この能天気エルフ、意味のわからない理論で抱きついてくるんじゃねーよ。目立つだろうが。


「はは、母さん。こんな所で抱きつかれると通行の邪魔だから、離れてもらっていい?」


無駄に目立ったせいだろう。周りの連中は俺が鬼だと気付き、無理やり空白地帯を作りはじめた。


「うわーー!」


そのせいで、駅から落ちる人間まででる始末だ。命より鬼から避けることを選ぶというのだから、滑稽でたまらない。


「えー、そんな寂しいこと言わないでよー」


こいつ、この惨状が理解出来ないのか? やっぱり、頭に妖精住んでんな。


しかし、このエルフ。頭が妖精だとしても侮れ無いのは、そんな忌み子を列車に乗せることができる。それどころか、周囲の忌諱をはね除け鬼の子を育てるだけの実力があるってことだ。


「流石は、金翼を授与された医師。『生き急ぎの長寿種』と呼ばれしエルフだ。致死率99%の寄生虫病を完治させるとはな」


未だに信じ難いことだが、この胸に頭の栄養が全ていってるとしか思えないエルフは、医師らしいのだ。


ついでにいえば、この無駄にエラソーなおっさんも、どうやら医師らしい。


そんなおっさんが、頭妖精の若造を誉め讃えるのだから、よも末だな。


「報酬は患者の父親から振り込まれる。心配しなくとも彼は街の名主だ。不払いなんて不手際はおこさんだろう」


このエルフが、金の心配なんてするはずがない。もし、不服そうな顔をしているとしたら、それは俺に向けている忌避の視線だろ。


それが、不快だったからだろう。母親は挨拶そこそこにさっさと俺を連れて、病院から出ていった。


全く、だから俺は家で待っていると言ったんだ。


「次からは、僕は家でお留守番しているよ」


俺は独りでいることには慣れている。だから、留守番なんて今さらだった。


まあ、しかし、このエルフのことだ。幼子を家で一人にするのは不安があったに違いな――


「えースバル君は、ママを一人にするの? さびしいー、絶対いやー」


……そっちかよ。

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