8.転身

恭兵はひとつの役割を終えたのを感じていた。早苗たちが店をやっていてさえくれればもう生活に困窮することはない。自分はもう川崎駅前で路上ライブをやる必要はなくなった。

しかしほんとうにそれでいいのか?

自分は金のためだけにライブをやっていたのか?

それは違うとはっきり断言できる。

つまりライブをやることによって、ギャリソンや美樹が集まってきて、早苗の店が拡大していった。それというのは音楽に純粋に専心している自分に対する神さまからのご褒美なのだ。

よって音楽は絶対にやめてはいけない。音楽をやめると、あの時みたいにみんなに多大な迷惑がかかる。

どうすればいいのか?

分からないから早苗に相談する。

「そやね、キョウちゃんから音楽を取ったら何も残らへんから、音楽はやらんといかんね。事務所の社長さんに1回会ってみたら」

「…」


…事務所の社長?アイツだよな?アイツに会ったら殴り殺すだろう。早苗も早苗だ。早苗がアイツにヤラれたから今こんな生活をしているのだろう…

…ん⁈ イヤ待てよ!Kが早苗を強姦したという証拠は何もないじゃん!状況証拠があるだけだ…

…エッ!オレは何十年も勘違いしていたのか?…


「さーちゃん、つかぬ事をうかがうけど、あの時さーちゃんとKさんはなんにもなかったの?」

早苗が美しい女神の瞳で恭兵を見つめる。

そして一拍おいて

「なんにもあらへんわー」

「でも泣いてたじゃん!その後電話しても出てくれなかったし」

「あれはKさんに、キョウちゃんがわたしィのことをウザがってるって、Kさんに言われたんや。だからわたしィはショックで死のうとおもたんや」

「そうなんだ…」

恭兵は15年来の胸のつかえが瓦解した気がした。

「でもなんでその後太田の実家に手紙をくれたんだい?普通なら終わっちゃってると思うじゃん」

早苗はキラキラした眼差しで恭兵を見て、恭兵の右手を両手で取って早苗の下腹部に当てる。

「わたしィもわからんのや。あきらめようとするとココが疼いてあきらめたらアカンて、言うんや。アノ人は絶対に諦めたらアカンてココが言うんや」

「そうなんだ…」

恭兵には分からない女神のクレバーさとしぶとさに感心するのだ。


…オレにはかなわん…


「わかった。Kさんに会ってみるよ」

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