6.女神

早苗に大泣きに泣かされた斉藤美樹はなぜか早苗の温情で住み込みで小料理屋で働くこととなった。

あんなに口汚く罵しられたのに、なぜ?

別に早苗は美樹に、恭兵を搾取する魔女呼ばわりされ、それに怒ったわけではない。事実は美樹の言う通りかもしれない。

小料理屋を始めた当初の頃だ。

「キョウちゃんダメやわぁ。今月も赤字や。こんなんでは家賃もはらえひん」

「さーちゃん、いいよ、金ならオレがもってくるから」

「だってどうするん?まさか借金やないやろ?借金はダメや。結局返せひん」

「前から考えてたんやけど、路上ライブやるわ」

「そうかぁ、それはいいわぁ」

「音楽で再起する。まずは路上からや」

なぜか北関東出身の恭兵が関西弁で決意を語る。

恭兵は週に1回土曜日の夕方JR川崎駅前に立つことになった。最初はいろいろなところへ行ったが、規制があったりして難しかった。川崎はバンドを街ぐるみで奨励するような雰囲気があってやり易かった。何より新橋から近かった。

土曜日の夕方というのも1番人が集まり、ギャラが集まりやすかった。新橋の店は土曜日にはほとんどお客が来ないということもあった。

ただ雨が降るとこれは1番いけない。自慢のマーチンが濡れてしまう。だから梅雨時や春先あとは台風シーズンは収入が減ってつらかった。


斉藤美樹は居酒屋のプロだった。もともと博多にある大手居酒屋チェーンで社員として働いており、女だてらに料理長までやっていた。

だからフグの免許なども持っており、早苗の店に欠けていた、料理の部分が強化された。

早苗はそれを知っていたのだろうか?

知る由もないだろう。

そこが早苗の女神的な要素だ。

必要なものが向こうからやってくるのだ。ただ風が吹かない時の忍耐はハンパではない。それは恭兵を8年間も待っていたことに象徴される。


うん?8年間?

まったく知らないエピソードだ。また後で語ろう。


かくして美樹が小料理屋のカウンターに収まったので恭兵はまったくやることがなくなった。

美女が2人でやる小料理屋はメッチャ流行った。それまで月の売上はいいとこ200万円くらいだったが、美樹が加入した6月が400万円、7月が800万円、9月には1000万円を超えた。

「キョウちゃん、あきまへん。忙し過ぎて死にそうやわぁ」

当然恭兵もギャリソンも手伝っているのだが、いかんせん人が足りな過ぎる。

「美樹ちゃん、どうしようかあ?辞める?死んだら元も子もないきに」

「おかみさん、ダメですよう。これからが勝負なんですからぁ」

「美樹ちゃんまだやるの?」

「私に任せてください」

「どうするの?」

「人が足りない。でもこの店のキャパではアルバイトを雇っても効率的に限界なんです。だからまず広い店へ移る」

「広い店?家賃が高いやろ?」

「実は割安な物件を紹介されていて、ギャリソンに手付けを打たせてあるんです」

「まあ、早いのねぇ」

後述するがギャリソンは経理や財務、法務のスペシャリストで、小料理屋の経営はすでにギャリソンと美樹に任されていた。もともと恭兵は経営などと無縁の存在だし、早苗もどんぶり勘定で、売上が大きくなって掛け取引が増えるとまったく把握できなくなっていた。

かくして居酒屋"早苗"は新橋の駅前の一等地、家賃100万円の物件に移転することとなった。

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