4.美樹
…な〜さけーっむように、ふきつ〜ける…
…き〜た〜かぜのなか〜…
5月になった。
山田泰誠すなわちギャリソンを弟子にした恭兵は、相変わらずJR川崎駅前で週1回のストリートパフォーマンスを続けていた。
ギャリソンはギター演奏はアマチュアの上くらいで、普段はフォークデュオのような感じでパフォーマンスを行なっていた。
ゴールデンウィークの最中の路上ライブでまた事件は起きた。
「師匠様、1万円札が入ってますね」
最後の集金業務をギャリソンが行なっていた。それを聞いて恭兵はいやーな予感に囚われた。
「やっと見つけたわ」
と若い美しい女性が仁王立ちする。斉藤美樹だ。
そしておもむろに手にした1万円札をギャリソンが掻き集めているギターケースに放り込む。
「今日は逃がさないわ」
「逃げるも逃げないもお前はなんなんだ!」
「今日こそお店に連れて行ってもらいます」
「店に来てどうするんだ?」
「私はあなたとお話しがしたいんです」
「オレは店では忙しいんだ」
「それでもいいんです。あなたが見れれば」
「師匠様、誰なんですか?この厚かましい女は?」
美樹はギャリソンに厚かましいなどと言われて、キッとギャリソンを睨みつける。
「あんたこそ何よ‼︎ この前まで居なかったじゃない」
「オレは師匠様の正式な付き人。お前のようなグルーピーとは違うの」
「グルーピーですって⁈」
美樹とギャリソンがジリッと路上で対峙する。
恭兵は早苗が店で待っているので、スタスタとギターだけ持って帰ってしまった。
恭兵が店支度が出来てカウンターに立ったころ、お客様の入り口からドヤドヤドヤとギャリソンと美樹が帰って来た。
「おかみさん、集金が遅れて申し訳ありません」
「ギャリソン、ご苦労様。あらッ、また子猫ちゃん拾ってきたの?」
子猫ちゃんと言われて美樹が早苗をキッと睨みつける。
「あなたが恭兵さんの奥さんですか?」
「さようですが」
早苗は余裕しゃくしゃくに応える。
「私調べたんです。恭兵さんはこんな路上パフォーマンスをやっている方ではないはずです。だってブラームスのヒット曲は全部恭兵さんが作詞作曲したんでしょ。
そんな天才があんな路上パフォーマーで、しかもこんなくすぶった小料理屋でマスターをやるなんて、絶対おかしいです。
それというのもあなた!あなたが恭兵さんの才能を全部吸い取ってるからなんです!
恭兵さん!私といっしょにここを出ましょう。こんな魔女に精も魂も吸い取られてしまう前に私といっしょに芸能界に返り咲くんです!
さあ!」
「ずいぶんよくしゃべる子猫ちゃんやわ」
恭兵はヤバっと思う。あの関西弁が出ると大抵の人は泣かされる。あの口に勝てる者はいない。
「だってそうでしょ。あなたは恭兵さんが路上ライブで稼いだお金を全部、すべてむしり取るだけのハゲタカ女。その美しい仮面の下にはゼニに執着した魔女の顔が隠されているんだわっ!」
「なにも知らない子猫ちゃんやとおもたら、とんだハイエナが迷いこんだきぃ。裏のザンパンくうたらかえりぃや!」
ギャリソンはあまりの怖い口上にオシッコをチビってしまった。
「ほうらッ!ザンパンくえいうとるヤロッ!聞こえとんのかッ!オラッ!ションベンチビったらあかんでぇ!まだまだやーっ!」
「なにもしらんくせに、さもわたし知ってますのよなその口、くちもぎって恭兵に焼かせるから、くちだしてみろッ。ほうらっ!おまえオトコとチューするやろッ!チューするよにくち出せッてゆうてんヤロッ!コラッ、きこえとんのかッ!」
「ギャリソンッ」
「ハイッ」
「うらのゴミ箱からこのクソガキにザンパン食わせてやて。ほらッ!野良犬、うしろ出なッ!」
「…ウッ、ウッ、ウッ…」
早苗は余裕しゃくしゃくにニヤッとして、美樹が泣き出すのを観察している。
「びえーっ…、ウッ、正しいこと言ってるケン、なんにもそんなきたないこと言わんでもいいケン」
美樹は恐怖と怒りで泣き出し、広島弁で泣きじゃくる。
恭兵は、こうなるのが分かっている。早苗をなだめることは恭兵にはできない。ただ逃げるのみ。奥へスッと消えた。
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