3.ギャリソン

そんなある日、いつものようにJR川崎駅前でストリートパフォーマンスを終え、ばら撒かれた小銭を集め、これもいつものようにギターをソッとギターケースに収めた。

「キョウヘイさんですよね?」

突然自分の名を呼ばれてギクッと振り返る。

「天才ギタリストで、元ブラームスのキョウヘイさんですよね」

「…」

恭兵が見上げると、良く言えばまじめそうな、普通に言えばごく普通の特徴のない、悪く言うとモッサリして切れ味のまったく感じられない若者が、そこに立っていた。

「確かにキョウヘイだけど、君は?」

「突然すいませんでした。僕は山田泰誠です。ギターをやってます。キョウヘイさん、お願いします。僕を弟子にしてください」

「…でし?」

「本気なんです!どうかお願いします」

と言って若者は地べたに這いつくばる。

「とりあえず人が見てるから、分かったから、1回立て!」

「じゃあ、いいんですかっ!」

「いいとか悪いとかじゃなくて、とりあえず立てつってんの」

「弟子にしてくれるまで立ちませんっ!」

「わかった、わかったから、とりあえずウチに来い」

「やったー!」

と言って、ギターケースを恭兵からひったくる。

「バカっ!やめろっ!」

「わかってます。このギターはマーチンD45の1968モデルですよね。今だと300万円は下らないでしょう。命に懸けてお守りします」

「いいから、そんな値段とかじゃなくて、大事なものなんだっ!」

と言って恭兵はギターケースをひったくり返す。

「これはオレが芸能界を追放された時に、ある高名なミュージシャンの方からいただいたものだ」

「追放されたんですか?」

恭兵は余計なことを言ったと思って口をつぐむ。


「ただいま」

と言って恭兵は勝手口のドアを開ける。

「お帰りなさい」

と言って早苗はいつものようにコンビニの袋を受け取る。

「あらッ、この子は?」

泰誠はその、あらッ、と言われる前に、早苗の美しさに打たれてフリーズしていた。

衝撃だ。泰誠は生まれてこのかたこんな美しい女性を見たことがなかった。ルックスとかではなく、なにか後光のようなものが射す感じだった。

「なんか弟子にしろって言われて、しつこいから連れてきた」

「まあ、お弟子さん⁈ キョウちゃんもずいぶん出世したのね」

と言って、ウフフと笑う。その笑いえくぼに吸い込まれそうだ。

「違うんだよ!するもしないもしつこいから、しょうがないから連れてきただけだよ」

「アッ、おかみさん…、申し遅れてスミマセン。やまだたいせいと申します。よろしくお願いします」

と言って、やっとフリーズから解けた泰誠が深々とお辞儀する。

「まあ、かわいいじゃない。お弟子さんにしてあげたら?」

「邪魔なんだよっ!」

「じゃああなたが弟子にしないんだったら、私がこのお店でアルバイトで雇ってあげるわ」

「ほんとですかあーっ!」

泰誠はこんな美しいおかみに雇われると思ったら、ついうれしくて大きな声を出してしまった。

「お前、音楽がやりたいんじゃなかったのかよ?」

「もちろん師匠様の付き人はやらせていただきます。その上でおかみさんのお手伝いもさせていただきます」

と泰誠はしゃらーっと言う。

「そう、じゃあお願いね。そうね〜、あなたは今日からギャリソンと呼ぼうかしら。うちの執事ね」

こうして山田泰誠はギャリソンと呼ばれ恭兵の付き人兼小料理屋のアルバイトとなったのだった。

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