6.マンション
真澄はいつものように新橋で東海道線を降りる。
「おはようございます。店長」
「あっ、真澄ちゃん。おはよう。お父さん大丈夫だった?」
「それが、事故で亡くなりまして。急に休んでご迷惑をお掛けしました」
「エッ、それでもう大丈夫なの?」
「ええ、葬儀の段取りは母と弟が取り仕切ってますので、私は参列するだけですから」
ほんとは違った。
あの後母があまりにも真澄と忍を責めるものだから、真澄はブチ切れてまた逃げ出したのだった。葬儀がいつ執り行なわれるのかも知らない。一族のケータイの電話番号はすべて着信拒否にした。
…どうして私はこんなに流浪していくのかしら?普通ならば子供がほんと2、3人いてもおかしくないはずなのに…
実家から川崎のマンションに帰ってくる途中で、夜道をポクポク歩きながら自分の運命をなぞる。
本当に真澄は男性にモテないのか?
とんでもないと全否定する。
元アイドルだし、ルックスもスタイルも抜群で、とにかく男性にモテまくる。そのせいか同性とはあんまりソリが合わない。
今から帰るマンションについて語りたい。
真澄は20代の後半から30代始めまでとある社長さんの2号さんをやっていた。銀座のクラブでちょっとしたヘルプを頼まれて働いた時に一発で見初められた。
社長さんは1部上場の不動産業の会社のオーナー社長で、とにかく金を持っていた。何人もいるお妾さんに自社開発のマンションを1室づつ当てがい、毎日代わる代わるそれらの部屋を泊まり歩くのだった。真澄も例に漏れず、JR川崎の駅からほど近い所にマンションの1室を充てがわれた。
真澄が32歳の時その社長は亡くなった。その後に社長の奥さんと顧問弁護士が真澄のもとを訪れた。そして真澄に、亡くなった社長の家や会社など社長の近辺に近づかないこと、金や遺産を要求しないことなどの念書に判を押させられ、代わりにその川崎のマンションをもらった。
そのおかげで真澄は月々2万2千円の管理費のみで暮らしていけた。たまには家で料理は作るがほぼ毎日外食で、その代金をほとんどというか100%自分の財布から出したことはなかった。毎日毎日いっしょに飲んだ男の人が払ってくれた。
あとはコンビニでお弁当を買ったりするくらいなのでお金は貯まる一方だった。もはやアニメの端役なんてバカらしくて読んでられなかった。
誰がこんな恵まれた状況で苦労して結婚しようと思うだろうか?
「真澄ちゃん、今日終わったら一杯どう?若菜ちゃんが今日で最後だからみんなで飲むんだけど」
「あら〜っ、そうなの。若菜ちゃんお疲れさまでした〜。あっそうなの?卒業するんだ〜。いいわねー、若くって」
「真澄さんこそすごいきれいで、やっぱり高い化粧品使ってるんでしょう?」
「いいえ〜、私はほんと安物ばっかり。でも常に直射日光は浴びないようにしてるの」
「やっぱりそうなんだ〜」
女子の終わらない話に店長が退散する。
「それじゃ、終わったらね」
居酒屋の線香花火のような短い営業が始まる。
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