第18話 両雄

「……なによ、あれ」

 生まれて初めてだった。

 何年もかけて、研究を重ね、鍛練を重ね、その果てに創り上げた渾身の術式を防がれたのは……。

 バチバチと、雷鳴轟かせ聳え立つ竜巻を私は呆然と見上げた。 

 遠く離れている私にも、その竜巻が尋常ではない魔力を練られて生み出されたということを感じ取ることができた。天高く、まるで月にまで到達しそうなそれは、どこか世界の神話に登場する天の裁きのような、そんな幻想と厳かな気配を漂わせている。

「…………」

 頬を冷や汗が伝った。

 一体どれだけの期間、あの優男はこの魔術のために自らを注ぎ込んだのか。同じ魔術師であり、女神持ちである私にはよく分かる。

 私にも、時間さえあれば、この規模の魔術行使は不可能ではない。だけど、文字通りの意味で心身、命を注ぎ込む必要がある。これはそうした苦悶、絶望、祈りの果てに生み出された一つの奇跡であった。


 ブウウウウオオオオォオォォオォッッ!!


 唸り、咆哮する竜巻が前進する。それは、竜巻が出現する前よりも、遙かに早い進軍速度であった。見た目は人を威圧する竜巻ではあったが、進撃するそれは周囲に影響を及ぼすことはない。むしろ、その足下は神聖さすら感じさせるほどに穏やかな物だった。竜巻が通り過ぎた後の林やラウドの街は平穏そのものだ。人々が竜巻を見上げ、その中に取り込まれようと、何ら暴力的な影響はない。

 だが――。

 私は――私だけは荒れ狂う風に脅威を覚えている。あの竜巻は私のためだけに生み出され、私だけを破壊し拒絶する魔物なのだ。

「……っ」

 私はゴクリと生唾を飲み込んだ。

「やるじゃない……っ」

 私の痩身に震えが走った。しかし、その震えは決して恐怖によるものではない。

 ちょうど退屈していた所なのだ。いつか、どこかの機会で、心身を削るような本気の闘争を私は楽しみたかった。

 驚くことはない。その時が、求める時がやってきた……ただそれだけの話だ。

 その時の事だった。

 竜巻の中から、一つの影が大地に降り立つ。

 どちらかというと頼りなさそうな、柔和な相貌。中肉中背な体型に、眉にかかる程度の漆黒の髪。その優男は私を一点に見ていた。爽やかな笑みを浮かべながら、ジョシュアは中指をクイクイと動かしながら、私を挑発する。

「ふ、ふふふ……ふふふふっ」

 私は堪えきれない笑みを零した。私の最大級の攻撃が通用しない竜巻の中から、ジョシュアは自らの姿を堂々と晒したのだ。前会った時も思ったが、存外にあの優男は私の煽り方を心得ている。こんな舐めた真似をされたら――。

「殺したくてっ……仕方なくなるじゃないのっ!」

 ニッと私は笑う。 

 そして、前を向いたまま、呼びかけた。

「今回はちゃんといるんでしょうね?」

「当たり前じゃ。お主一人では危なっかしくて放ってはおけんわ」

 私の影の中から現れたシュリエルは、悠然と腕を組んでそう言った。

「はっ」

 誰に向かって物を言っているのやら、この女神は。

「私は世界最強よ! それを改めて今日思い知らせてあげるわ!」

 高揚する精神のまま、私は高らかに宣言した。








 カツンと、高級宿の屋上で足を踏みならす。すると、私の足下に風が渦巻いた。その風に乗って、私はジョシュアの元へ行こうと試みるが――。

「っ」

 ある程度、地上から距離を稼いだ所で、身体のバランスがぐらりと崩れる。風に乗って、どこからともかく囁き声が耳元で響いた。

『残念。ここら一帯の風は僕達が掌握している。君は、もうこの場で風に頼ることはできないよ』

 足下で渦を巻いていた風が、何の前触れもなく消失する。いや、消えるというのは正確ではないか。正確には、私の目指す竜巻に吸収されていた。私は試しに掌の上に魔術で風を産みだしてみる。魔術として扱うことはできた。しかし案の定、行使した先から竜巻に取り込まれていく。

「ふーん」

 地上に向けて真っ逆さまに墜落しながら、私は納得した。

 その、予想通りの結果に。

「ま、確認しておいて良かったわ」

 私は奇術師めいた体裁きで空中でヒラリと身を翻す。地面に両足から激突するその刹那。私の周囲から重力が消失した。

 戦略級滅殺術式――収斂(にのしき)の応用である。私は時空間操作系の魔術を得意としている。この程度の事は訳はない。

「――enhance(きょうか)」

 無事、地面に着地すると、私は自分自身に肉体強化の魔術を施す。

「はぁ……、私は近接戦闘は苦手だっていうのに……」

 肩を回しながら、私は深い溜息と共にそんなことをぼやいた。

「グチグチ言うでない。怠けていた証拠ではないか」

「ふんっ……うっさいわね!」

 確かに、シュリエルの言うことも一理ある。私は楽をしたいがために、遠距離を主軸に置いた訓練や研究ばかりをしてきた。だが、こうして切り札の術式が通用しない相手が現れた以上、新しい道を模索する必要があるのかもしれない。

 絶対に口に出して認めたりはしないけど……ね。

「さて、行くわよ」

 屈伸を終えて、私はパチンと軽く頬を叩く。ここからは覚悟を決めてかからないといけない場面だ。革命軍などものの数ではないが、ジョシュアとはお互いに女神持ち。女神の相性もあるが、油断すればすぐに命の危機だ。視線の先にジョシュアの姿を収める。ジョシュアは私の事をじっと見つめながら待っていた。

 勝負は恐らく一対一。革命軍を結成したのはリヴァリアを墜とすためではなく、私と一対一、かつ接近戦に持ち込むことが目的だろう。そのために何らかの手段を用いてリウリスの残党と接触し、支援した。私は今回のあらすじをそんな所ではないかと見ている。

 ジョシュアというあの優男。見かけによらず策士なのかもしれない。私の私兵を押さえ込むために、行き場を失った他国の軍隊を利用する所など、策だけでなく、演出としても実に憎たらしい。唯一気になるのはリヴァリア国軍がどうなっているかだが、ミリーから連絡は未だなかった。

「ま、それは後でいっか……」

 リヴァリア国軍が革命軍を狩るために出張ってきたとしても、もうどうにもならない。私ですら打ち砕けなかった絶対防御の竜巻をどうこうできる訳がない。結局私がジョシュアを潰すために出るしかないのだ。そういう意味では、ジョシュアの望みが私の命で安心したとも言える。竜巻の中に引きこもられては、打つ手がなかったかもしれない。

「ふっ!」

 足を軽い感じで踏み出すと、地面の土がベコリとヘコんで飛び散った。土煙を巻き上げながら、一息で二十メートル以上の距離を疾駆する。

 バンバンバン! 両足と地面が触れ合う際にもたらす爆発音のような轟音と共に、私は飛ぶように走っていく。

 眼前でジョシュアが右手を軽く前に突き出した。

 魔力の波動。それがジョシュアの右手に収束していく。ジョシュアは右手の形を銃を模るように握り、左手で瓶に入れてあった水を宙に撒いた。

 ――パン!

 舞い散る水に向けて、ジョシュアを銃を模った右手を振るう。その瞬間、不規則に撒き散らされた水が風を纏わせ、驚異的な早さと破壊力を宿して私達に襲いかかる。

「……へぇ、そういう応用もあるのね」

「…………」

 関心もつかの間。私とシュリエルは言葉もなく、同時に左右に分かれる。襲い来る風と水の弾丸を紙一重で躱す。

「まだまだ!」

 ジョシュアが間を与えないように、次の弾丸を放つ。私とシュリエルは躱しながら、じわじわとジョシュアとの距離を詰めた。そうして、ジョシュアまであと数歩という距離まで迫り、私は背筋に寒気を覚えた。

「っ! シュリエル!」

 咄嗟に私はシュリエルに指示を出す。 

「心得た!」

 シュリエルは私の思惑を理解し、魔術を展開する。

「――【鏡面結界】!」

 私とシュリエルの身体が薄い膜に覆われる。私の指示と、シュリエルの魔術行使のタイムラグはほぼないといっていい誤差だった。女神は存在自体が極大の魔術であり、私達人間のように、術式や陣を描いたりする必要がない。ゆえに、自立型の女神はお互いを理解していればいるほどに、戦況を有利にできる。

 非常に悩ましいことだが、私とシュリエルはお互いを嫌になるくらい知り合っているらしい。繰り返すが、非常に遺憾であるけど!

 私はシュリエルの結界の発動を確認すると、その場に足を止めて振り返った。予想通り、その視界一面が躱したはずの弾丸で覆われていた。当然と言えば当然の結果である。弾丸は指向性を持った風に覆われているわけであり、術の使用者の操作一つで対象を追跡できるのは必然だ。

「忘れた訳じゃないよね? 僕の女神の特性を……」

 ジョシュアが勝ち誇ったように言う。

 私はジョシュアの言葉を鼻で笑いながら、切って捨てた。

「忘れる訳ないでしょう? あんたの風の防ぎようなんていくらでもあるってことくらい……っ!」

 弾丸の山が私とシュリエルの身体を通過する。甲高い音が連続して響き渡り、雨のような弾丸が通り過ぎた後、私はニヤリと笑う。

「やっぱりね。これが一番有効みたいね」

「なるほど……ね」

 無傷のまま余裕の私に、ジョシュアが眉を僅かに顰める。これで勝負が決まるとは思っていないだろうが、それでも何らかのダメージは期待していたのかもしれない。

「前戦ったときに分かってるのよ。防ぐんじゃなくて、受け流すのが一番だってことくらいね!」

 シュリエルは士気向上と守りに特化した女神。確かにジョシュアの女神ボレアスとの相性はよくはない。だけど、守るにしてもいろいろな守り方がある。シュリエルの使った【鏡面結界】は、そんな攻撃の受け流しに特化した術だ。すべての攻撃は、まるで鏡面の上を滑るように、すり抜けていく。

「理解したなら……とっとと覚悟決めて殺されなさいっ! 私は忙しいのよっ!」

 再び私は反転し、ジョシュアへと駆け出す。私へ被害を与えることのできなかった弾丸はただの水となり大地へと還っていく。

 距離を詰めた私は、再度術式を展開した。

「この距離からならどうかしら?」

 今度は竜巻ではなく、ジョシュアへ狙いを定める。面ではなく、点に威力を集中する要領で、私は中空に式を組み上げていく。

「戦略級滅殺術式――光芒(いちのしき)」

 目も眩む光が眼前に生成されていく。すべてを破壊し、空間ごと焼き尽くす破壊の輝き。だが、このままではいつもと同じだ。だから、私はアレンジを加える。並列思考で同時にもう一つの式を組み上げるのだ。

「戦略級滅殺術式――収斂(にのしき)!」

 どこまでも膨張していく光が、暗闇に飲み込まれて圧縮されていく。その結果生み出されたのは、掌に収まる程度の大きさをした灰色の光球。正邪合わさった光球は禍禍しい昏い光を放ちながら、すべてを飲み込もうと、まるで生きた心臓のように律動する。

 私はそれを何の躊躇もなくジョシュアに向けて放った。軌道に残像を残しながら、暗光球は目にもとまらぬ早さでジョシュアへ接近していく。

 ジョシュアはタラリと額に汗を滲ませながら、手を掲げる。すると、その身体を守るように、竜巻がジョシュアの身体を覆った。また、竜巻が一部分離し、それが私へと襲いかかってくる。

 ゴオォォと、耳が痛くなるような轟音を響かせ、竜巻は私に迫る。同じ瞬間、ジョシュアの方も光球と接触しようとしていた。

 そして、ついに鏡面結界と竜巻、光球と竜巻がぶつかった。

 パリンと鏡面結界に罅が入る。

 やはり、竜巻ほどの規模になると、鏡面結界で受け流そうにも無理があるようだった。だが、それでも私はなんとかやり過ごす。竜巻の軌道を僅かにズラすと、逸れた竜巻の事を頭から消去して、ジョシュアに止めを指すために跳躍した。

「ぐっぐぅ……ぎっ……ああ!」

 ジョシュアは暗光球に対して、抵抗していた。私の一点突破を狙う考え方が功を奏した形だった。竜巻と光球の接した部分の魔力密度が著しく弱って行っているのが分かった。

 ジョシュアがチラリと私を見る。

 さすがというべきか、ジョシュアはこの後に及んでもまだ別に向ける意識を残していたようだ。Uターンしてきた竜巻が私の背中を狙っていた。

 それを、

「まったく……我のことを忘れてもらっては困るのぉ……?」

 いつの間にか私の背後に立っていたシュリエルが再び逸らす。

「ほら、助けてやったんじゃ。お礼くらい言っても罰は当たらんのではないか?」

 ふざけた事を言うシュリエルに私は、

「お礼? あんたがやった事は余計なお世話って言うのよ。年を喰うと余計なお世話ばかりするの、人間だけじゃなくて女神も同じみたいね」

「はぁ……。お主という奴は……何度やっても結局成長せんままだったのぅ」

 ヤレヤレと言わんばかりに、シュリエルは肩を竦めた。

「ぎっ……ぬぁっ……ぼ、僕を無視しないでっ……ぅ……くれる、かな?」

 ジョシュアが苦悶に顔を歪めながら、無理に口元だけ笑みを形作ってそんな強がりを言う。

「仕方ないでしょ? だってあんたすぐにでも死にそうだし」

 ジョシュアの竜巻が一部決壊するのは、もう時間の問題に見えた。

「ほら、早く止めを差さぬか」

「……分かってるわよ」

 相変わらずシュリエルは小姑のようにうっとおしい。

 ここで一番簡単な止めの差し方は、もう一発追い打ちで光芒を放つことだ。だが、それではあまりに芸がない。術式二つの混合技である暗光球は私がちさっき即興で考えた術式であった。ジョシュアの様子を見る限り、予想以上に上手くいって、たぶん私が一番驚いていた。

「なんて名付けようかしら……【戦略級滅殺術式――正邪(カオス)】なんてどうかしら!」

 さすが私! 素晴らしいセンス!

「お主がやらぬなら我がやろう」

 だけど、シュリエルには私の神をも超越するセンスが分からないらしい。興をそぐように前へ出ると、私の術式を真似して放とうと、魔力を込めた。私はそれを阻止するために、シュリエルの襟首を掴んで引っ張った。

「ふへっ!」

 奇妙な声を上げて、シュリエルが後ろに倒れ込む。

「なにを……する……?」

 深い怒りに満ちた声だった。

 シュリエルが本気で怒っているときの声。久しぶりに聞いた気がする。そういえばシュリエルは本気で怒ると静かになる。そんな事を思い出した。

 倒れ込みながら怒りに燃えた瞳が私に突き刺さる。

「なによ? なんか文句ある訳?」

 私も負けじとシュリエルを睨み返す。じわじわと殺気が高まっていく中――。

  横合いからもう一つの殺気を感じ取った私は。軽いバックステップで回避行動をとった。

「あ……」

 思わず、私の口からそんな声が漏れる。

「お主のせいじゃぞ……っ!?」

 シュリエルの非難の視線が少しだけ痛かった。

「僕を忘れてもらったら困る……そう言わなかったかな?」

 片手に剣を携えたジョシュアがそこに立っていた。竜巻は未だ健在。ジョシュアは見事、【戦略級滅殺術式――――正邪(カオス)】を耐えきってみせたのだ。

「お主はつい最近こんな事を言っておったのぉ? 確か『一流は十分に肥え太らしてから圧倒的力でねじ伏せる』じゃったか……なる程なる程、これが圧倒的力という奴なのか?」

「…………」

 シュリエルが陰険な言葉で私をイジメる。そう。それは紛れもなくイジメだった。私がどんなに完璧美少女であろうとも、人間である限り時には失敗もあるだろう。 女神のくせに陳腐な感情に惑わされて私を非難するシュリエルの圧倒的クズ加減に私は参っていた。

 なにより――。

「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ!? ジョシュアを殺すのが先決! そんな事も分からないの!?」

「…………」

 今度はシュリエルが沈黙した。簡単な状況判断もできない自分の愚かさをようやく自覚してくれたのだろうか。

「ふっ……あはははっっははっ……」

 そんな私の耳が、笑い声を捉えた。軽快で爽やかさを感じさせる清々しい笑い声。ジョシュアが私達を見て、笑っていた。

「そ、そうか……ふははっ……君たちはそんな関係なのかっ……くっうははっ!」

 何を笑ってるの? こいつ。

 ジョシュアの笑う理由が何一つ分からない。

 ポカンとした私の顔を可笑しそうに見つめながら、ジョシュアはひとしきり笑う。満足するまで笑った後、ジョシュアは唐突に、信じられない事を宣った。

「やっぱり僕は……君が好きみたいだ!」

「「はっ?」」

 私は目をパチクリさせる。同じように、シュリエルの表情も困惑に満ちていた。

 まさしく、何言ってんだ? こいつ……状態。

 ジョシュアは笑いすぎて浮かべた涙を拭いながら手を振る。

「いやいや、悪いね。ただ、僕が君に初めて会った時の事を思い出して」

「初めて……?」

 それは、あの丘の上での事だろうか。

 私が得心いっていないのに気付いたのか、ジョシュアは補足する。

「もちろん、この国での話じゃない。僕はリウリスの出身なんだ。平和条約締結式に君はリウリスを訪れただろう? その時に一目惚れして、即告白したわけだ」

「わけだって言われても……ねぇ?」

 まったく記憶になかった。

「まぁ、君は覚えていないだろうね。君は僕の顔と体格をほんの一瞬だけ見てこう言ったんだ。『キモイ。育ちすぎ』ってね」

「言いそうじゃのぉ……」

 シュリエルが納得したように頷く。

「その時は怒りもあった。なにせ僕はそれまで女性に振られたことなんてなかったんだ。おまけに『キモイ』の意味が分からずに悶々ともした。でも、その体験がいつまで経っても忘れられなくてね」

「…………」

 私は少し嫌な予感がした。まさか、唐突に始まったこのキモイ男の告白談が革命軍に繋がるのではないだろうかと……いや、そんなはずはないと思いつつ、消えない。

「君のことを調べていく内に、君がとんでもない女性だと分かった。それで心配になったんだ。このままでは君が殺されてしまうんじゃないか……ってね」

「私が? 殺される?」

 というか――。

「私を殺そうとしてたのはあんたじゃないの!!?」

 私はビシリとジョシュアを指さした。

 ジョシュアはあっけらかんと答える。

「そうだよ」

 爽やかな笑顔のおまけつきであった。私は悟る。こいつ……狂ってる、と。

「つまり、お主は好いた女を殺そうとしたということか?」

 我慢できずに……といった様子で、シュリエルが口を挟んだ。

「ああ、そうさ。何せ君は本当に危ない状態だったんだ。女神の君なら分かるだろう?」

 ジョシュアはシュリエルに向かってそう答えた。シュリエルが神妙な表情を浮かべて黙り込む。私の話題のはずなのに、私が置いてきぼりにされているような気がして、私は割って入った。

「ちょっと! 私にも分かるように言いなさいよ!」

 自分たちだけで会話を進めるなんてどれだけ自己中なのだろうか。私は無視されたり、蔑ろにされたりするのが大嫌いだ。

「あー、えっと……ね」

 ジョシュアは微笑みながら、私に剣を向ける。竜巻が剣に纏わり付くように付属し、私への殺意に凍えた。

「君を殺すのは僕……簡単に言えばそういうことさ」

「……要するに、ストーカーって訳ね……」

 私の美貌にも困ったものだ。こんな厄介な男も惹きつけてしまう。美しいは罪と言うが、まったくその通りではないか。

「私を殺すためだけに革命軍なんて面倒なもの作ったのね」

「ああ、だって、僕だけのために君はわざわざ会いに来てくれたりしないだろう? でも、彼女たちの望みも君の死だ。別に嘘をついていた訳じゃない。僕は愛で、彼女たちは憎しみで君を殺す。他愛ない違いに過ぎないさ……」

 なんて図々しい男なんだろうか。あまつさえ、私直々に会いに来ることを望んでいただなんて。最高に面倒くさい男ではないか。

「とっとと私に殺されに来れば良かったのに……」

 革命軍を率いる必要なんてなかった。チャンスはあったはずだ。丘の上で軽い手合わせをした時や、まどろっこしく刺客なんかを送ってこずに、自分で仕掛けてくればよかったのだ。

「まぁ、そこは演出だよね」

 ジョシュアはそう言いながら肩をすくめる。

「好きな女性を退屈させるのは本意じゃないんだ。今回のことで、僕は君に楽しんでもらえた自信があるんだけど、どうかな?」

「…………はぁ」

 本当に、救いようのない男だ。そして、こんな男についてきた革命軍のメンバーはそれ以上に救いようがなかった。この男の本性を知ったとき、果たしてどういう反応を見せるのか。今回ばかりは興味よりも、同情が勝っていた。

「最低ね」

「最低じゃな」

 私とシュリエルが口を揃えて言うと、ジョシュアは破顔して、

「君達にだけは言われたくないな!」

 心の底から幸せそうに、言った。

「じゃあ、そろそろ続きを始めようか」

 ジョシュアが剣を構える。

「今度は術式を準備する時間を与えないよ」

「そりゃどう――もっ!」

 言い終わるよりも数瞬早く、ジョシュアの剣が打ち込まれる。私は魔術で簡易な光の剣を産みだして、それに対抗した。

 ――――HolySword(ただしきもののつるぎ)。

 初歩の初歩ではあるものの、奥が深い魔術として、知られている術である。魔力量や術式の精密さとは無関係に、心の純粋さによって強度が決まる。純粋であればあるほどに切れ味、あらゆる耐性、頑強さが増し、魔術の中では特異な、経験よりも一般的に子供であればあるほど強力に扱える魔術である。

 私はこの魔術と非常に相性が良かった。恐らくは、私の心が清らかで美しいからだと思う。

「っ!」

 右から、左から、時にはタメを入れて打ち込まれる剣を私は裁いていく。裁きながら一瞬の隙を突いてHolySwordを私も打ち込むが、それも軽々と返された。たったそれだけの斬り合いでも、嫌でも私は理解する。

 剣での力量差があまりにも大きい事を。

 まして、ジョシュアはそれだけでなく……。

 ブオォオォォ!

 私に術式を構築する時間を与えないために、剣以外にも、私を取り囲むように風が渦を巻いて襲いかかってくる。それを防ぐ役割は今のところシュリエルが担っているものの、やはり戦況は芳しくはなかった。

「主よ、まずいぞ! 奴も馬鹿ではないっ! 鏡面結界の弱点をついてきておる!」

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