第5話 不穏分子
ブワォッ!!
眼前を炎が埋め尽くした。
「ちっ! 鬱陶しいっ!!」
私は右手を振るう。右手の中心にはブラックホールを思わせる黒い球体状の何かが生まれている。
「戦略級滅殺術式――――収斂(にのしき)!」
炎が私を覆い尽くす……かに見えた、が。
しかし、実際にはその炎は右手のブラックホールに欠片も残らずに吸収されている。
「っ!?」
のみならず、その引力は敵対者をも飲み込もうと迫る。
敵対者――フードを被った全身黒尽くめの何者かは、じりじりと私との間合いを引力によって強引に詰められていく。
「油断するな! あやつは女神持ちではないとはいえ、一流の魔術師じゃっ!」
勝利を確信する私に、シュリエルの激が飛んだ。
「うっさいわね!」
言われなくても分かってんのよっ! 事実だとしても、それを他人に指摘されるとイラッとくる。言葉を発するときはもっと相手のことを考えるべきだ。
「観念しなさいっ!」
すでにお互いの間合いは死地である。容易くどちらかが命を落とす距離。
「地獄へ落ちなさい! このクズ!」
暗殺などという卑怯極まりない敵対者に向かって吐き捨てる。しかしその瞬間、敵対者の気配が明確に変わった。
「き、きえええええええええええっ!!」
重力に抵抗するのを諦め、奇声を発しながら敵対者は私に向かって特攻を仕掛けてくる。
KAMIKAZEというやつである。
「ちょっ!」
想定外の行動。引力を己の加護とした敵対者が両手を広げてダイブ。まず、両足が飲み込まれた。バキボキと下腹部から悲痛な音を響かせながらも、敵対者は術を発する。
「――――爆!!」
ドゴオオオオオォォォォン!!
爆心地からモクモクと煙が上がる。大地が爆風で焼け焦げ、木々が豪快に倒壊している。山火事にならなかったのが不思議なくらいである。
「はぁ……」
私はドレスについた灰を手で払う。
「これもう着られないわね……けっこう気に入ってたのに……」
苛立ち混じりに、足元で煙を上げている上半身を蹴っ飛ばす。後頭部らしきものが景気良く山の中に消えていった。
「だから言ったじゃろ……。才能に任せて力押しは主の悪い癖じゃ。我がいなければただでは済まなんだぞ?」
「……………………うるさいわね」
分かってるわよ……そんな事くらい。
あの瞬間、敵対者の術が放たれた瞬間に私を守ったのはシュリエルの防護魔術だった。
シュリエルは戦の女神であり、その中でも専守防衛や士気向上を司っている。あの程度の魔術を防ぐのは朝飯前だっただろう。もちろん、私だって常時ならば余裕でできる事だ。
「主は戦を楽しみすぎる。獲物を前に舌なめずりは二流三流のする事じゃ。相手を痛めつけようなどと思わずに、一息でとどめを刺す。主なら簡単にできることではないか」
「……………………うるさいっ」
上から目線で語らないでよっ! こいつはいつもいつもいつもいつも!!
楽しむなですって!? 痛めつけるなですって!? じゃあなんのために戦ってるのよっ!!
それが戦の唯一のご褒美だっていうのに、老害にはまったく理解できないらしい。そもそも、私だって好きで戦っている訳ではない。私が私らしく生きていると何故か敵ができるから仕方なく戦っているだけなのだ。誰もが私に絶対の忠誠と服従を誓えば世界はあっというまに平和になる。
それができない人の業の深さこそが諸悪の原因ではないか。
「いい加減に大人にならんかっ! お主はただの自己中自己満女ではないか! いい加減に認めぃっ!!」
「はぁっ!? 私のどこが自己中自己満女よ! リヴァリアにどれだけ私を慕ってる人間がいると思ってるのっ!??」
「それはお主を恐れてのことじゃ! それに身内だけでなく外の世界にも視界を向けてみよと我は言っている!!」
「ちょっ! あんた何様なわけ!?」
「女神様じゃ! お主こそ我がおらなんだら、そのご自慢の綺麗な顔もボロボロじゃった分際で!」
「こぉんのぉっ!!」
私はスカートの内側に忍ばせていた手鏡で自分を見る。
いつも通り綺麗なお顔っ! 美しい肌! ただ、一箇所だけ気に入らぬ場所があった。私は髪の一房をとってシュリエルに言い放った。胸を張り、堂々と!
「私を助けたとでも言いたいの? だったら何よこれ? 髪が爆風で傷んじゃってるじゃない! その程度の気遣いもできないで守ったとか偉そうなこと言わないでよね!? この役ただず!!」
バシッ! と私は言ってやった。シュリエルは反論の言葉もなく、口をパクパクと閉口するのみ。
私は踵を返し、
「ふんっ!」
歩き出した。
「……おぉ……おぉぉ……このぉっ」
そんな私の背に――。
「このメンヘラキチガイ女がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」
シュリエルの負け惜しみに満ちた声が轟いた。
私は部屋に着くと、着替え、シャワーで汚れを丁寧に落とし、ベッドにバフンッと横たわる。
清潔なシーツの香り。今日はシーツを干してくれていたのかもしれない。
それはともかくとして、
「多すぎる……」
いくらなんでも、最近送られてくる刺客の数が異常だった。
警戒を解くことが出来ないので必然的に夜更かしすることになり、化粧のノリが悪い。
「あーイライラする! 一体誰の差し金よ!」
最近送られてくる刺客は私が屋外にいる時や就寝時を正確に狙ってきている。とても個人にできるものではなく、内通者がいる可能性が高い。
――アンナのはずはないし……。
アンナには申し訳ないが、内通者の存在に思い至った時に、真っ先に疑った。何らかの魔術耐性を持っており、ずっと演技をしていた……そう考えた。だが、調べた結果は真っ白。痕跡は欠片も見当たらずに、私の操作魔術は正常に働いていた。
「はぁー! 一体誰よ……この清純可憐な天使みたいな私を裏切るなんて正気じゃないわ……」
枕に顔を埋めて、足をバタバタさせる。数十秒間そうして、やがて私は決心した。
「しょうがない……千里眼使おうっと」
私は目をぎゅっと瞑り、頭の中のチャンネルを切り替える。そして、ゆっくりと目を開いた。
鏡に映る私の瞳はいつものブラウンではなく、黄金色に輝いていた。
千里眼はその名の通り、千里先までも見通せる瞳のことだ。だが、女神から与えられた千里眼の力はそれだけではない。相手の意思、思考に同調することが可能だ。つまり、擬似的に相手と繋がり、相手の目で世界を見て、相手の思考を読み取ることすらできる。この力により、元々強大な力を生まれ持っていた私は、今の地位を盤石にしてきた。
その点についてだけは、あのいけ好かない女神に唯一感謝してもいいかなとも思える。
私はベッドに寝転がりながら、城で働く使用人の意識に次々同調しては思考や記憶を読み取っていく。最初こそは短時間の使用でも激しい頭痛を感じた物だが、そこは天才たる所以。この程度の情報処理は慣れればなんてことはない。
しばらくそうして、私が再び目を閉じて開くと、目の色は元のブラウンに戻っていた。
「見つけた……」
驚きはなかった。
昔から仕えてくれていたあの人が!? なんて衝撃的な展開はない。数ヶ月前から働いているらしい、ほとんど顔を合わせたこともないような新人だ。
ただ――。
「あの人って同性愛者だったんだ……あの真面目そうな人が不倫してたなんて……」
世の中とは知って嬉しい情報だけで満ちている訳ではない。むしろ、知らない方が幸せな情報の方が圧倒的に多い。
「まっ、でも皆が私の事大好きみたいで安心したわ!」
多くの人は、私の事ばかり考えていた。私の今日の予定とか、私の機嫌とか、どこどこで私とすれ違ったとか、部屋に来るときに失礼のないようにしなきゃとか、私に会ったらまずは褒めるとブツブツ呟いてたりとか――。
「本当に皆私のこと大好きなんだからー!」
二度言う。
だって嬉しい。でも、ちょっと困っちゃう。
人数が人数だけに、表面上の事ばかりで心の深くまで覗いた訳じゃないのに、私の名前が何度も何度も出てきた。まるでアイドルにでもなった気分だ。
「でも良かったー。皆に嫌われてたら全員入れ替えなきゃと思ってたから……」
面倒が減って私はご機嫌だ。そして、不届き者も見つかった。
ベッドの上で、私は声を殺して笑うのだった。
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