第4話 不遇の少女

「ひ、姫様っ……リネオン様がいらっしゃいました!」

 辿々しいアンナの声。私は紅茶を優雅に口に運びながら一息つく。

「そう、ご苦労様。通してあげて?」

「か、かしこまりました!」

 仕事にも少し慣れてきたかと思っていたのだが、どうもまだ硬さがある。私はそう思い、しかしある事実を思い出して納得する。

「ああ……今日はミリーお休みだったわね……」

 ミリーは月に一度の休日で外出しているというのを他のメイド達に聞いた覚えがあった。

 つまり、アンナの緊張もそういうこと。初めてミリーのフォローのない一日に緊張しているのだろう。そういえば、朝の支度もアンナ一人だったなと、私は今更に思い出す。

 ――ガチャリ。

 ドアが開く。その向こうから顔を出したのは、愛しい二人の顔。

 アンナとリネオン。

「姫様っ!」

「あらあら……っ」

 私と目があったと同時に、リネオンが駆け出してくる。

「えっ?」

 アンナは駆け出したリネオンに目を丸くし、またアワアワしていた。私は二人の様子にクスリと微笑みながら、飛びついてくるリネオンを抱きとめた。

「もうっ……はしたないわよ?」

「えへへっ……ごめんなさーい」

 お姉さんらしく余裕ぶって注意すると、リネオンはニヘラと相好を崩す。その変遷が可愛くて、私は溜息を付くフリをしながらリネオンを強く抱きしめた。

「姫様ぁ……」

 少女めいた細い手足。身体は少年らしい躍動感を残しながらも、華奢で薄い。腰などはむしろ少女よりも細いのではないかと思うほどで、抱けば砕けてしまいそうだ。金髪碧眼であり、童話の王子がそのまま現実に出てきたかのような錯覚を受けるほどに容姿は整っている。数年もすれば絶世の美男子になるのは間違いない。

 でも、私としてはまさに今が食べ頃。私は男には特に興味がない。ただ、男になる前の清く青い少年には多大なる興味があった。

「姫様……大好きですぅっ……」

「ちょっ、ちょっと……!」

 リネオンは私の胸に顔を縋りつかせる。そこに情欲はない。純粋に母に甘えるように、母性を私に求めている。

「んっ!」

 ゾクッと、私の背筋に電気は走る。

 一国の姫などというストレスの溜まる立場にいる私にしてみれば、美少年との交流こそが最大の癒やしなのである。

 だからこそ、たまにやり過ぎることもある。

「こっちおいで?」

 私はリネオンをベットに誘うと、唇を奪う。

「んんっ!」

 リネオンは私にされるがまま舌を貪られ、時折可愛らしい鳴き声をあげる。抵抗するようにフルフルと震える手で私のドレスを掴む様が愛らしい。

 身体が熱くなってきた……。リネオン……まだ少し早いけど、今日食べちゃおうかな?

 私はベッドにリネオンを押し倒した。胸元から下腹部へ向かって手を這わせる。

「ひ……姫様ぁ……なにぃ……?」

「イ・イ・コ・ト」

 首筋に……耳元に……開けさせた胸元に、キスの雨を降らせる。膝でリネオンの下腹部をグリグリすると、そこには可愛らしく反応するソレが――。

「――――――――っっ!!??」

「ん?」

 声にならない甲高い悲鳴に、私は一時的に意識を逸らされる。何事かと部屋を見渡すと、アンナがドアの前で顔を真赤にして尻もちをついていた。

 あっ、忘れてた……。

 ミリーならば、私を羨ましそうに眺めつつも無言で退出するはずである。しかし、こういう事態が初めてのアンナはそうはいかない。私とリネオンの情事をバッチリ見られてしまっていた。

 でも、たまにはこういうのも悪くないかもっ!

 ペロリと獲物を見つけた肉食獣のように唇を舐める。趣向を変えて見るのも一興。少年少女の遊び方に決まった形はないのである。

 若い内から型にはまったらダメ! 大胆にいきましょう!!

 私はリネオンの上半身を起き上がらせ、背後に回る。形の良いほどよい大きさの胸がリネオンの枕のようになり、リネオンは心地よさげに目を細めた。私はリネオンの耳元に口を寄せ、囁く。

「今日は一緒にお勉強しましょうか?」

「お勉強?」

 リネオンが首を傾げる。リネオンの知るお勉強と今の状況があまりにもかけ離れているため、仕方のない反応と言えた。

「ええ、今日は女の子のお勉強よ。あそこにいるメイドさんがリネオンに『女の子』について教えてくれるわ」

「『女の子』?」

 どうも、リネオンにはピンと来ていない様子だった。まだ十二歳。精通しているかどうかも怪しい年齢である。女と言われてリネオンが最初に思い浮かべるのは母親だ。

 だが、それも今日までのこと。

 リネオンが女と言われて思い出すのはアンナになる。少し焼けるが、親友のアンナにならそれくらいの役得は与えてもいいだろう。

「アンナ」

「は、は、はひっ! し、失礼しましゅた~~!」

 次に、アンナに呼びかける。慌てて出ていこうとするアンナを制止し、私は言った。

「服を脱ぎなさい」

「へっ?」

 呆気にとられた顔。

「服を脱ぎなさい。下着から何から全部」

「――――――――――――――――っっっ!!!???」

 先ほどに倍する紅潮。リンゴか何かになってしまったみたいだ。

「リネオンに性教育するの手伝って?」

「え、え、えっ? ええええええええっ!??」

 推察するに、意味は伝わっているようだ。いくらここ数年の記憶がないとはいえ、私より年上である。何より、地味な子ほどエッチな事考えてそうだし。そういう意味では、アンナは世界でも指折りのエロ顔と言えた。

「ほらほら!」

 ムッとした表情を作って私はアンナを急かす。しかし、アンナは何度かメイド服の裾を掴んで脱ごうとするものの、なかなか決心がつかない様子だ。

「はぁ……もういいわ」

 私自ら脱がせることにした。立ち上がると、ズンズンとアンナに近づいていく。

「ひ、姫様っ…………」

 アンナは先の私の言葉に失望めいたものを感じたのか、涙目になって俯いている。私は指先でアンナの顎先を持ち上げて言う。

「覚悟決めなさい」

「へっ?」

 ――時間が止まる。

 比喩でなく、アンナの時間は止まっていた。体内時計に干渉する精神操作系の魔術である。記憶操作の折に私はアンナをいろいろと弄っており、そのおかげでアンナは私の魔術干渉を無条件に受け入れるようにしてある。心苦しいが、これもすべては私とアンナの友情のためである。

「そのメイドさん、どうしたの?」

 ピタリと動きの止まったアンナを心配してか、リネオンが問う。

「なんでもないわ。気にしないで」

「う、うん」

 しかし、私が一言気にするなといえば、それ以上追求しようとはしない。幼い頃からの私の教育の賜である。可愛い可愛い私の美少年は私の言う事だけを聞いていればいいのだ。

「さて……」

 動きの止まったアンナの服を一つずつ剥ぎ取っていく。メイド服と黒のストッキングを脱がして脇にたたむと、下着が顕になった。

「あらあら……。けっこう可愛いの着てるじゃない」

 水色の水玉模様にリボンのワンポイント。派手ではないが地味すぎない。意外と男はフリルがいっぱいついた派手なものよりも、ワンポイントでシンプルな下着のほうが好きなモノだ。

 だが、何の飾り気のない無地の下着を想像していた私の予想は大きく外れてしまったから少し減点!

 まぁ、それは置いておいて――。

「んふふ~」

 ここからが本番である。

 下着姿のアンナを引きずってベッドの近くまで連れて行き、リネオンの力を借りてベッドに寝かせる。リネオンはアンナの下着姿に興奮しているのか、少しだけ息を荒らげていた。

「ねぇ、脱がせてみる?」

 青い性に目覚めかけているリネオンを覚醒させるため、私はそんな提案をしてみた。

 すると、リネオンは食い気味で答える。

「い、いいんですかっ?!」

「うん。全然いいよー」

 リネオンの目はもう野獣だった。露骨に息を荒げ、アンナの身体を食い入るように見ている。これが大の男ならばドン引きだが、美少年なら可愛く見えるから不思議なものである。

 自分よりも大きな男に抱かれるだけが女の悦びではないのだ。むしろ、女に触れた経験もなく、何も知らない無垢で穢れのない青臭い欲望に蹂躙されることこそが女の悦びだということを世の女性陣も知った方がいい(ただし美少年に限る!)。 

「じゃ、じゃあっ」

 リネオンの手が下着にかかる。なんと、下からだった。これには私もビックリである!

 そっか。リネオンは胸よりもお尻派なんだ……。

 今までいくら胸を押し付けても野獣化しなかった原因がついに解明された瞬間であった。

「い、いきます!」

「おー!」

 そう宣言しながら、リネオンは繊細そうな見た目とは裏腹に、ショーツを勢い良く豪快に降ろし――。



「……う……うぅ……」

「あっ、起きた?」

 起きたというか、私が魔術干渉を解除したのだが、それは置いておく。

「…………あ……うぇ?」

 どうもアンナは意識がハッキリしていないらしい。体内時間を止めただけだから、意識混濁などの副産物はないはずだが。

 となると、魔力酔いでもしたのかもしれない。 

 一分ほどして、アンナは酔いから覚めていく。当然、その過程で自らの状況を悟る。

「え?」

 乾いた声だった。しかし、すぐに熱がこもる。それはアンナを背後から拘束する私にもよく伝わってきた。

「ひっひっひっ……ふっふっふぅぅぅっ!」

 ラマーズ法?

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっびいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!!!」

 アンナは、私に背後から両足を広げるように固定されていた。その開かれた両足の隙間にリネオンはしゃがみこんで興味深そうにナニかを眺めていた。リネオンが手を伸ばす。

ピチャリとナニかの音がした。アンナは一糸まとわぬ全裸であった。泣き叫ぶアンナを尻目に、性教育はその後も続くのだった……。

 チャンチャン♪



 アンナはその後、一週間仕事を休んだ。

 私がアンナのお見舞いに行こうとすると、ミリーが自分が代わりに行くと強く申し出てきた。なんだかんだで二人は上手くやれているのだと私は安心したのだが、なんとそれから二日間ほど二人揃って仕事を休んだのだ。アンナの親友の私を差し置いて二人で何をしていたのかを聞いても、二人共口を割ろうとはしない。魔術干渉で聞き出そうとも思ったが、なんだか負けた気がしてそれも嫌だった。そんなこんながあって、今日も二人は一緒に私付きのメイドとして仕事をしている。

「……姫様。シュリンケ様とラングレー様がいらっしゃいました」

「…………」

 私の私用の来客をミリーとアンナが報告に来る。ドアの前でミリーが主体となり、アンナは深々と頭を下げている。

「そう、ご苦労様。通してあげて」

「……かしこまりました」

「…………」

 気のせいだとは思うのだが、リネオンの一件依頼、何故かアンナと距離ができた気がる。そして、何故か異様にミリーとアンナの仲が良い。メイド達の噂では昼食や夕食を毎日のように一緒にとる仲だとか。

 仲良くするのはいいことだが、何かがおかしい。ていうか、私がまったく誘われないのは絶対におかしい! ミリーともアンナとも、私は立場を超えた大親友のはずなのに……。

「姫様ーっ!」

「お久しぶりですー!」

 考え事をしてると、少年が二人駆けてくる。

 グレーの髪、褐色の肌。動くたびに細身のカダラに宿った筋肉が脈動し、汗が艶めかしく肌を流れる。悪戯っ子めいた多彩な表情に、私を見る瞳は無垢外見とは裏腹に下心に満ちている。

 二人の姿形はまったくといっていい程に同質。一卵性の双生児である。

 今日はシュリンケとラングレーの二人とどんな遊びをしようかと考え、ふと思いつく。

 そうだ!  アンナと距離を近づけるために、また裸の付き合いで親睦を深めよう!

「アンナ――!」

 しかし、呼びかけた先には誰もいなかった。

 部屋に冷たい風が吹いた気がした。

 後にメイドに聞いた所によると、その日も二人は昼食と夕食を二人でとっていたらしい。

 私の目尻にキラリと涙が光った。

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