2
絵を描きながらいつの間にか眠ってしまっていたカユラが目を覚ますと、辺りは色を取り戻していた。相変わらずのどんよりした薄曇りの空だったが、それでも朝の色彩はすがすがしい。
「夢じゃ、なかったんだな」
カユラは少女の屍を一瞥して帰り支度をしようと色鉛筆をしまっていたが、なにかわからないが違和感をおぼえた。画用紙を拾い上げたとき違和感の正体に気付き、はっとして少女に向き直る。
少女の頬に、唇に、紅がさしていた。絵の中の少女は無彩色の床と同化しそうなほどなのに。
よくみれば少女の蒼白かった皮膚は炊きたての豆のようにふっくらとして瑞々しく輝いている。
「そんな……まるで生きてるみたいだ」
おそるおそるそのばら色の頬に触れると、少女の瞼が微かに動いた。
「!」
驚くカユラが手を離すと、眠りから覚めるように少女はゆっくりと起き上がり、めんどくさそうにパイプを引き抜いた。
傷はもうおおかた塞がっていて、みるみるうちに肉が盛り上がり、何もなかったかのように少女は髪をかきあげる。
「大丈夫。って言ったの、聞こえなかった?」
少女はまだ尻餅をついて固まっているカユラに困ったような笑顔で声を掛けた。
「い、生き返った? え?」
「うん。自分で死んどいて笑っちゃうでしょ。死ねないの、私」
少女はそう自嘲すると、カユラの側へ寄って額と額をこつりと合わせた。
「でも、ありがと。絵、上手いのね」
「あ、いや。でもその……」
「? あはは。触ってもいいよ」
カユラの行き場のない視線に気づいた少女が胸元を整えて茶化すように笑った。照れ隠しで不貞腐れたようにカユラが返す。
「しないよ、そんなこと」
「不死身は気持ち悪いから?」
「違う。そういうことは、簡単にしちゃ駄目なんだ」
「簡単にじゃなくてもしたいならしたいと言えばいいのに」
「…………ところでさ、どうしてこんなことを?」
答えに詰まったカユラが話題を変える。
「私ね、痛みを感じないの。それに、歳をとるのもすごく遅くて。両親ももうとっくに死んだし、友達だってもう年老いて、みんな私を気味悪がるか、好奇の目でみるからもう嫌だなって。でも何回やってもダメ。生き返っちゃう。気持ち悪いでしょ」
少女は呟くように、言葉を選んで少しずつゆっくりと話した。カユラはその小さく澄んだ声を聞き洩らさないようにと、真剣なまなざしでそれを聞いている。
「ううん、気持ち悪くなんか。でもそんなことがあるなんて……」
「信じられない? じゃあ」
「わかった! わかったからやんないで!」
少女が鉄パイプに手を伸ばしたので、カユラは慌ててそれを止めた。
「私はメル・アイヴィー。メルって呼んでね。あなたは?」
「カユラレイル・ゴーグル。カユラでいいよ。いったん帰らなきゃ。また夕方来るから! 死なないでね!」
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