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「やあ」
「カユラ! 学校は?」
「今日は安息日だよ」
「そっか、カレンダーで暮らしていないからもうわからなくなってたわ」
「本当はもっと早く来たかったんだけど、レンさん、あ、養母さんにこってり絞られちゃって」
「あはは。私のこと話さなかったの?」
「言えないよ。第一どう説明するのさ」
「それもそうね」
その日、二人は薄曇りの西日が落ちるまで他愛ない会話をして過ごした。カユラとメルは無言の時間を共有しているだけでもなぜか心地よく、それからの毎日も二人はこうしてこの場所で待ち合わせた。
「ねえ、その傷」
絵を描くカユラの腕に無数の切り傷があるのに気付いたメルが訊ねた。
「ああ、僕がここに来ていた理由だよ。絵を書く前の儀式みたいなもの」
「ふうん。だけど切ったら痛いでしょ、カユラは」
「うん。でも切ると、体がかーっと熱くなって、その日あった嫌なことがリセットされるみたいな気がして、すーっと熱が引くと視界が開けてね。帰って落ち着いて絵が描けるんだ」
カユラは手首を擦りながら言い訳のように呟いた。
「死のうとしてたわけじゃ、ないの?」
「いっそ死ねたらいいのかもとは思うよ」
親は紛争の銃撃に巻き込まれて死んだと聞かされているし、これから先もこんな諍いの中で生きて行くなんてごめんだ、それに友達も恋人もいない……カユラが心の中で呟く。
「殺してあげようか?」
悪びれない、素朴な疑問符のついた真剣な澄んだ声でメルが言うのを、カユラが慌てて言葉を遮る。
「待って。冗談やめてよ。死にたいわけじゃないんだ。だから確実に死ぬようなことはしない。でも、生きていたいとも思わないから、もしかしたらこれで死ぬかもみたいなことをしてる」
メルが、怪訝そうな顔でカユラを覗き込む。
「生きていたいとは、思わないの?」
「生きていても何も良いことがないからだよ。生きてる意味がないんだ」
「変ね。したいことはないの?」
したいこと……その言葉にカユラがぴくりと体を硬直させる。
「……ないよ、そんなの。あったってどうせ叶いっこない」
「絵は? したいことや思ってること、好きなものを口にするくらいしたっていいと思うわよ」
「……」
「……ごめん」
メルの投げかけた質問に重い沈黙が流れた。普段は無言でも心地いい空間のはずなのに、この沈黙は違った。俯くカユラに謝るしかないメルだった。
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