第2章 愛しき丘にも有る限り(アルカディア)
1
あのにおいがした。
たぶんこのにおいのせいで僕はおかしくなった。
水の音。
ごぼごぼと。
水の中に酸素を送り込む人工的な機械音。
青というより深い緑。
照明の所為かとも思ったが、壁をぐるりと取り囲む天井まで届く大きな水槽。
こうゆう趣味の悪さにお誂え向きのピラルクか、とかく大きな熱帯生息の。
影が泳ぐ。
生ぬるい湿気を帯びた空気。
僕は床にへばりついているようだった。
身体を起こそうと頭ではわかっているのだが、手も足もゆうことを聞かない。
そのままじっとしていろ。
死にたくなければ。そんな肉体感覚が研ぎ澄まされる。
床はひんやりと冷たい。
実際に薄っすら水が張っているのかもしれない。
わかった。この空間はあれに似ている。
観賞用水棲生物取扱店舗。それの地下街支店。
「気がついた?」
きいきいと油の切れかかった車輪の音が近づく。
音源を定位できない。
ジャミングというよりハウリング。
水の中にいるような、屈折した光。
瞼がぼやける。
瞳が濁る。
「やりすぎね」声だけなら澄んだ石清水を連想させた。「安心なさい。私は中立よ。あなたに危害を加える気もなければ、あなたを助けるつもりもない。手は出さないわ」
足の爪先まで覆う丈の長いスカートが見えた。
車椅子に座っている。細い枯れ枝のような腕が肘掛にのる。
「ここは私の本拠地。一時的なものだけど」女声が言う。「拠点は襲わないことになっているけど、勝ったほうが勝ちだから、確実に安全とも言えないわ」
「でもあなたは、僕を助けた」貼りついた喉に無理矢理空気を送り込んだせいで、ひどくむせる。
唾液や胃液と一緒に小さなぬめぬめした生き物が飛び出て来た。
魚?
びちびちと床を跳ねまわる。生ぬるい水が顔まで飛んできて不快だったので拳を振り下ろした。
よけいにぬめっとしたが、静かにはなった。
「海に落ちたのよ。憶えていない?」女声が言う。
「ごめん、助けてもらったことすら憶えてない」
「何度も言うけど、私は中立」女声が言う。多少感情に深みが増した。「助けてないわ。たまたま落ちてきたから拾っただけ。眼の前に真珠が落ちていたら拾うでしょ? それだけよ」
「僕は真珠程度の価値ってこと?」
「珊瑚の方がよかった?」
浅瀬にいたと思ったのに、いつの間にか深海に引きずり込まれている。
息ができない。
ここには空気がない。
「自己紹介要る?」女声が言う。
「タ=イオワンの後継者のうちの一人かな」
「私が2番目よ。長く生きている順番ね」女声が言う。「あなたの元いた故郷風に言えば、
天井すれすれまで満ちていた水が一気に抜ける。激流の滝と渦巻く排水溝の狭間でしがみつく。
藍にも碧にも光る、海藻のような長い髪。
躯のラインが出る袖無のワンピース。小ぶりな胸の形もくっきりと浮き出る。
血の気の引いた蒼い唇。ぬめりを帯びた肌。
人と魚の混血を思わせた。
「君も戦争とやらに参加してるの?」
「中立と言ったでしょう?」セイルーが言う。「ムダくんが気にしているのはこっち?」
おもむろにスカートをめくり上げようとしたので遮った。
「見ておいた方がいいわ。これで私に勝ち目がないことがわかるから」
「いや、いい。君が参加してないことがわかればそれで」
勝ち目がない。
僕の好みじゃないということなら、彼女はただの“女”なのだろう。生物学的に。
「僕は地上に戻れる?」
「戻った後どうするの?」セイルーが問うているのは、僕の身の振り方だ。
誰を殺して、誰を生かすか。
「君には貸しがあるから、全員殺すまでは標的にはしないよ」
銃は2丁とも手元にあった。海に落ちたとするなら多少メンテが要るかもだが。
「チューザは死んだのよ」セイルーが言う。
「だろうね」
チューザというのは、スーザちゃんのことだろう。音が似ているのですぐにわかる。
「とっくに気づいていると思うけど、というか気づいているから君はあえて中立なんていうなんの利も益もない立場をとっているんだと思うけど。タ=イオワンが本当に懐妊したのなら、君たちに吹っ掛けられた戦争とやらはただの潰し合いだ。不要になった胤は、胤同士で不毛に刈り取り合わなければいけない。もう芽は出ない。そもそも次世代を作る能力を奪われた状態で産まれてきてるんじゃないかな、君たち“後継者”候補は」
後継者が聞いてあきれる。何も後継させるつもりのない。
無意味で無価値の胤。
それを4つも創ったうえに、4つとも骸に返そうとしている。
いや、そもそも骸が目的だとしたら。
「僕を手に入れれば一発逆転のチャンスとでも? 冗談じゃない。それならタ=イオワンと心中したほうがマシだね」
去年のクリスマスにスーパーで出会った少女が言っていた通りになった。
彼女の専門は、死体遊び。
そうか。タ=イオワンと同業者とはいわないが、近い畑じゃないか。
「僕はタ=イオワンを殺すよ。真の後継者ごとね」
「その真の後継者が、あなたの血を引いていたとしても?」セイルーが言う。「ゲングウには生殖能力があるわ。これの意味がわかる?」
「真の後継者の性別によるんじゃないかな」
水槽を悠々と泳ぐ魚影。
水面に泡がかつ消えかつ結びて。居心地の悪いエラ呼吸を続ける。
「あなたの焦がれるタ=イオワンは死んだわ」セイルーが言う。
「だろうね」
タ=イオワンが懐妊したという事実自体が、僕には受け入れがたい事実なのだから。
僕が知っているタ=イオワンは、スーザちゃんに殺された。
でも、タ=イオワンは、二人いた。
厳密な意味での双生児かどうかは不明だが、ある一点を除いてそっくり同じ外見の。
そういう仮説が立つけど、そうなると本当にまずいことになる。
「あなたがいつ童貞を捨てたかってことになるわ」セイルーが事もなげに言う。
「そうなんだ。おかしいよね。僕にはまったく身に覚えがないんだけど」
どうでもいいか。
どうせ殺すんだから。
「助かったよ。出口はどっち?」脚に力が入らないが立つしかない。
ふらつきはしなかったが、頭がぐらついた。
眩暈というよりは撹拌。
転びそうになったので踏ん張ったが、床面に張った水で足が滑り。
水槽まで遠かった。
いま手の届く範囲にある掴まるものが、セイルーの脚しかなかった。
掴んだ。
はずだった。
「大丈夫?」セイルーが転んだ僕に声をかける。
僕は転んだ。
打ったのは膝ぐらいで傷というより痣だろう。
掴み損ねた?
長い丈のスカートから足先はのぞかない。靴なのか裸足なのかもわからない。車椅子の足置きもスカートの裾が隠していて見えない。
ない。
セイルーは。
「そんな顔しないで」セイルーが僕を見下ろす。冷え切って澄んだ眼で。「チューザよりはマシよ」
ない。んじゃない。
なくされたのだ。
とすると。
「ゲングウの眼は、君の脚と同じ?」
スカートの下も。
サングラスの下も、きっと。
無だ。
「ムダくん、戦う前に忠告をあげる」セイルーが言う。僕じゃなくて水槽を見ながら。「安い同情ならドジョウにでも食わせなさい。ゲングウの傍に白い女がいたでしょう? あれはゲングウを後継者にするためなら何でもするわ。事実、何でもしてきた。でもビャクローも今回が最後のチャンスなの。ビャクローが欠けてる部分を知ってる?」
セイルーの眼線を追いかけた。
巨大魚が悠々と部屋一周。壁沿いをゆったりと泳ぐ。
「ここよ」セイルーの指先は、自分のこめかみをつつく。「ビャクローは失敗のたび、ここをいじられる。ああ見えて、自称五百歳だから。もう幾度となく、気が狂うくらい何度も中身を削られているわ」
「次失敗したら空っぽになる?」
セイルーは返事の代わりに手元のスイッチで車椅子の向きを変えた。
「地上まで案内するわ」
白い女。姿こそ見ていないが、僕への殺気が並でなかった。
でも僕を殺したら、ゲングウは後継者にはなれないのでは。タ=イオワンの出した条件通りのことが運ぶとするなら。
僕と添い遂げるっていう条件が気に入らないのか。
そういう意味での信仰か。厄介だな。
ビャクローは、ゲングウの盾であり矛。
ビャクローを殺さないと、ゲングウを殺せない。
10時09分。
地上へはエレベータで上がった。
そこはなぜか水族館だった。セイルーの拠点とやらは水族館なのか。
大きな水槽に白いイルカが泳ぐ。違った。ベルーガというらしい。シロイルカとも。紛らわしいな。合ってるじゃないか。
セイルーはシャチの水槽の前にいた。開館直後のせいか客の姿はまばら。
「ゲングウの拠点を教えてあげる」
セイルーが手招きしたので屈んだ。
「白い虎と、黒い亀と黒い蛇が同時に見れる施設があるでしょう?」
「埼玉県警から変なの来てたけど、そういうこと?」
僕が知る限りその三つの条件を満たす施設は埼玉にあったと思ったのだが。
セイルーはわかったようなわからないような煮え切らない表情になったが、「そうね」とだけ頷いて手を振った。
春の戦争は僕が終わらせる。
すべての悪に始末をつける。
「動物園よ。早く行って」セイルーが僕を追い払う。
「君は本当に中立?」
僕はセイルーと初対面だろうか。
2
いっそ妖怪露出狂のいかがわしい研究所に居てくれたほうが、見舞いがしやすかった。県警から眼と鼻の先の病院にいる必要があるだろうか、いや。ない。
峠は越えたらしいが、意識が戻らない。機械でどうにかこうにか生かされている状態。
顔を見ているとどうにもこうにも見ていられないので病室を出た。
だって、
俺が本部長の家を出てすぐだ。
すぐなんてもんじゃない。入れ違い。
もし、もしだ。
最悪の状況しか考えられなくなっているのでこの想像力を消し飛ばしたいけど。
もし。
本部長が、俺を追いかけて。それで。
外に出たあたりで襲撃されたとする。
駄目だ。
想像力で死にそう。
左手の薬指の金属がすごく重い。指がそこから腐り落ちそうな錯覚。
本部長の指を確認できなかった。
していても、していなくても、どっちの場合もよくわからない感情に苛まれる。
涙が出るならまだ容易い。
止まってる。それが一番近い。
塑堂夜日古だけが死んだ。
塑堂夜日古が乗せたイブンシェルタの幹部5名は助かった。ところどころ火傷や怪我をしているが救助と処置が早かった。同質の7人は、去年の夏の事件で一人欠員が出ているはずなので、実質6名しかいない。
塑堂夜日古だけ助けられなかった。なぜか。
塑堂夜日古の乗ってたゴンドラに爆弾があった。
なんでそんなに命を無駄にする?
笛の音が聞こえる。
耳を塞いだって駄目だ。
これは、
俺の頭の中で鳴っている。
やめろ。
やめて。
「どうして助けてくれなかったんですか?」地獄から声がする。「あのとき笛の音なんか無視して僕と話してくれていたら、スイッチを押さなかったのに」
嘘だ。
「フライングエイジヤは壊滅です。僕が死んだからです。でも」地獄が言う。「イブンシェルタはどうでしょうね?」
どう、の意味がわからない。
「お伝えしたでしょう?」地獄が嗤う。「僕はイブンシェルタをフライングエイジヤに吸収しました。これの意味がおわかりですか?」
わからない。
「頭使ってくださいよ。何も考えられなくなってますか?」地獄が告げる。「弾はまだあるってことです」
肩に手を置かれた感覚で戻ってこれた。
新本部長。
「ご希望なら自宅待機命令に切り替えましょうか?」
皮肉を返す気力がなかった。
早くいなくなってくれ。
「自己紹介がまだだったので」新本部長がソファに促す。「
廊下の角に二人。腰巾着を連れて来ている。
もしくは、見張っている対象は俺の方か。
「お聞きになりましたか?」志遣が言う。看護師が視界から消えてから口を開く。「第一発見者は私です。私が救急搬送の手配をしました」
意味がわからないので、眼の前のネクタイを絞め上げた。
「話は最後まで聞いてください」志遣は真っ直ぐに俺を見る。俺の眼玉を見ていただけかもしれないが。「ああ、結構です。そのままで」廊下の隅で動いた腰巾着に待機命令を出した。「私が警察庁から来たという話は、あなたにはしていませんでしたね。なぜ私が後任に選ばれたのかお教えしましょう。手を離していただけませんか?」
危機察知というネジが外れている。締めたり緩めたりをしすぎたために、すり減ってネジ穴が使い物にならないほうが近いか。
これなら眼の前で同業者が死にそうになっていても冷静に救急車を呼べる。
俺には自信がない。もし俺が逆の立場だったら。
「私が一方的に押し付けた善意なので恩を感じる必要はないです」志遣がネクタイを整え直す。「ご移動願えますか?」
すぐ隣の県警本部。
本部長室には、入ったことがあっただろうか。執務用デスクとソファセット。最低限の調度しかない簡素な部屋だ。
あの人の頭の中のよう。新本部長が手を加えてなければ、だが。これからいじくられるのか。不便ないように。
志遣は、腰巾着を部屋から出して鍵をかけた。その意図がすぐにわかる。
部屋の照明が落ちて、本部長デスクの後ろの無個性な壁に画像が出力された。
「あなたにだけ話します」志遣がレーザポインタを壁に向ける。「私は、祝多イワン改めタ=イオワンの抹殺ならびに、奴の率いる組織の壊滅を主たる目的として発足された部署に籍を置いていました」
朱く薄い唇。
黒く長い髪。
白く眩い肌。
青く鋭い瞳。
よく見たことのある顔。
祝多イワン。
近影なのか、過去に捜査員何人かの命と引き換えに得た唯一の人相なのか不明だが。
俺が知っている顔よりやや若い気がした。
「置いていたんです。このたびその発足者というか、創始者というか、平たく言えば私の上司が殉職しまして。おわかりでしょう? タ=イオワンが再び活動を始めたんです」
ムダくんのことを思い出した。ムダくんも同業か?
「いまあなたが思い描いた優秀な元部下ですけど、彼は私のいまは亡き上司が手塩にかけていた手駒の内の一つだったんですが、一年前、とある事件をきっかけに裏切りまして。ああ、そのことはもうどうでもいいんですが」志遣が映像を切り替える。「わかりやすく言うと、弔い合戦です。私はなんとしてもタ=イオワンをこの機会に確実に葬り去りたい」
「ムダくんと目的と標的が一致してる気がするけど」
画像のムダくんもやや若い。
隠し撮り感が否めないが。
「あなたは彼についてどこまでご存知ですか」志遣が言う。「元公安のエリートという経歴は、当たらずとも遠からずですが、彼は正しいことをあなたに伝えていません。なぜだと思いますか?」
「言う必要がないからじゃないです?」仕事の話に転換してくれたお陰で調子が戻ってきた。頭もちょっとずつ動いてる。「望んで俺の部下になったわけじゃないらしいし。島流しって聞いたよ」
「彼を島に流したのは私です。本人はご存じないでしょうが」志遣が画像を切り替える。「彼には、私の上司を殺した疑いがかかっています。私はほぼクロだと思ってますが、証拠が何もない。逆を言えば、証拠が何もないことが、彼の犯行を裏付けているのです」
画像の少年は誰だろう。10歳かそこらの。
見たことあるようなないような。
「彼の名は、
「結論からどうぞ。お時間ないでしょうから」
志遣がレーザーポインタを少年の眼に固定する。
「彼は、20年前に死んでいます。20年前の1月15日。彼は失踪しました。何か思い当たりませんか?」
地獄から声がする。
ハメルンの笛が頭蓋を突き破る。
やめろ。
いうな。
「彼は、あなたが唯一救えなかったフライングエイジヤ(当時)のメンバにして、タ=イオワン改め
うそだろう。
画像が切り替わった。
祝多イワンの顔。
「私の上司は、タ=イオワンと通じていました」志遣が言う。「と言っても、共犯という意味ではありません。タ=イオワンは、おおむね一年に一度“女性”になって国内のどこかに現れます。ここ数年は、この区域が多かったようですが、お気に入りの現地夫でもいたのでしょうか」
祝多イワンの現地夫。
「上司は気づいていたようですが、というか直接話したりやり取りがあったので気づかないはずないんですが、祝多イワンにはまったく同じ見た目の女性体が存在します。彼女こそ、悪の根源。通称北京。ベイ=ジンと呼ばれています」
ちがう。
祝多イワンの顔かと思ったが、これは。
「さすがですね。直接会った、ないし命のやり取りがあったあなたにはわかるんでしょうか」志遣が言う。「“彼女”が、ベイ=ジンです。30年ほど前に私の上司が入手した写真なんですが、いまも変わらず同じ顔です。老いてません」
違いなんかない。
ただ、ちがうと思っただけ。直感に近い。
「ちなみに、私にはまったく見分けがつきません。お恥ずかしながら」志遣が言う。画像を切り替え切り替えする。「ほら、同じ顔でしょう? でも見分ける必要はありません。この顔を殺せばいいだけですから」
わかった。
対策課を潰したのは。
「あなたを徒村から引き離したかった。ここだけの話ですが、私は、荒種前本部長を撃ったのは徒村じゃないかと思っています」
「どうして?」心臓の鼓動がうるさい。
「通称ビャクローと呼ばれる、ベイ=ジンの後継者候補がいるんですが、彼女は20年前、荒種前本部長と接触しています。20年前の秋から年末、そして年をまたいで起こった連続眼潰し殺人と戒名のついた事件の真犯人です。荒種前本部長もその事件解決に携わった折、真相に辿りついているはずなんです。それなのに、彼はみすみすビャクローを見逃した。政治的取引は彼には馴染みません。おそらく、別のことで手一杯だったのではないかと。どうです? 当時13歳だったフライングエイジヤ創始者、小頭梨英さん」
ぜんぶネタが上がってるじゃないか。
どこかの本部長と違ってちゃんと、殉職した俺の名前間違えてないし。
「徒村の思考は危険です」志遣が画像を切り替える。ちょっとだけ若いムダくんの顔に。「邪魔者は排除。痕跡は一切残しません。私は、あなたを殺されたくなかった」
「へえ、俺に惚れでもした?」冗談半分で言ったが。
志遣のレーザポインタが、俺の左手薬指の金属で留まる。
「あなたに指輪がなければ立候補してもよかったんですが」志遣が俺を見る。初めて奴の感情らしきものの片鱗が見えた気がした。「私のことはいいんです。いますべきは、悪の根源の抹殺と、裏切り者への処罰です。略して対策課は、もうない。ですが、埼玉県警本部長伝いで直接私に改善要求がありまして。実のところ、埼玉県警にはちょっとした借りがあるんです。困った。略して対策課があると、あなたを守りきれない」
「無茶しますからね」
志遣は、だいじなものは宝箱の中に入れて厳重に鍵をかけるタイプらしい。
どっかの本部長も宝箱を用意するが、鍵はかけない。鍵をかけずに、錠前を設置して鍵を渡してくれる。マスターごと。
俺にだけかもしれない。俺にだけ甘いから。
「対策課があってもなくても、俺はガキのためならなんでもしますよ」ソファに腰掛けてスカートの裾を直す。立ちっ放しは脚が浮腫む。
「そのガキには、徒村が含まれますか?」志遣が言う。
「含まれると困ると思ったから潰したんでしょう? しっかりしてくださいよ」
電話とノックが同時に鳴る。
志遣は迷わず受話器をとった。「はい。いえ、構いません。つないでください」志遣が俺を見ながら受話器を指さす。「どうもその節は。はい。私としても心苦しいのですが、目下最優先事項が」
ノックが已まない。別件か?
俺が出たほうがいいかどうかを目線で志遣に尋ねるが、志遣は顔の前で手を振る。
電話の相手はおそらく、埼玉県警本部長。或いは、それに準ずる権限の持ち主。さっきの指差しは、「噂をすれば」という意味合いだろう。
「先刻もお伝えした通り」志遣が淡々と言う。「前任者とのやり取りはこちらでは把握しかねます。はい。生憎とまだ。はい、書面は確認しました。しかし、状況は書面を交わしたときとは一変しており。はい」
ノックがうるさい。出てやったほうがいいんじゃないか?
志遣は相変わらず首を振る。
「はい。こちらとても研修自体を拒んでいるわけではなく。はい。また別の機会に見送って頂いたほうが、お互いのためにも建設的かと」
ノック。
「より有意義な研修のためには、それが最善ではないかと。はい」
ノック。
「はい」
ノックというより、それは。
「はい?」
蹴ってないか?
「開けろ。開けないと壊す」ドアの向こうから重低音が響いた。「キリュウ、聞こえるか? お前が証人だからな? 俺には何の非もなかったことを理論武装しろよ」
「ドアから離れて」志遣が忠告するのとほぼ同時に。
ものすごい破壊音と共にドアが蹴破られた。
さすがの志遣も絶句している。
滅茶苦茶だ。
「志遣ってのは、お前か?」身長2メートルはあろうかという大男が言う。「埼玉県警から坊ちゃんが出向いてたろ? あいつを俺と交換だ。研修ってのはその椅子の座り心地がよくなってからもっかい詰め直せ」
左眼の下から頬全体を覆うほどの火傷痕。きょうび皮膚なんかなんとでもできるので敢えて治療していないのは、何か彼にとって意味があるのだろう。年齢は40半ばてところ。その歳で明度の高い焦げ茶色の髪は、精神性を疑われるが、疑われても生活に支障のない職に付いているか、或いは地毛。丈の長い象牙色のコートに点々と染みが飛ぶ。愛用の年期というより闘争中に已むなくこびりついた返り血の気がしてならない。
誰だ?
廊下に腰巾着の寄り合いが形成されているが、大男が本部長室に殴り込む道中で斬って捨てられた残党だろう。一様に腰が引けて、半径5メートル以内に踏み込めていない。
「キリュウ! 聞いてんだろ?」大男が怒声を志遣にぶつける。「さっさと説明しとけ。俺が何のためにわざわざこんなとこまで来てやったか」
「はい。なるほど、それはそれは」志遣の受話器の向こうにいるのが。
キリュウさんとやらか。
「別に取って食ったりしねえよ。俺はお前らの加勢だ」大男がソファに全体重を預け、首だけドアを振り返る。「お前らもさっさと仕事戻れ。見せもんじゃねえんだよ」
「あの、失礼ですが」俺にだけ解説がないので自分で聞くしかない。
「女装にしちゃえらく気合入ってんのな、対策課課長サンよ」大男が俺をちらっと見て言う。「
「まさか、ご存命とは」志遣が受話器を耳に当てたまま言う。「はい。そういうことでしたら、はい。研修はまた日を置きまして。はい、こちらこそ。ご助力感謝いたします」電話を切った。「はじめまして。でよろしいですよね? お会いできて光栄です。伝説の名探偵」
志遣が腰巾着に持ち場に戻るように言いつける。ドアはあとで片付けに来てほしいとの抜かりない要望付きで。
伝説の?
名探偵???
探偵や刑事と対極にいる傑物に見えるが。ただし、脛と背中の傷に一生不自由しない部類の。
「クソ陣内が死んだらしいな」陣内探偵が言う。陣内?「さすがにテメェのクソ親父ぶっ殺したクソ野郎がのうのうとのさばってるんじゃ、キリュウのケツも大火事の大惨事でな。俺はとばっちりのもらい火事で迷惑してたとこだ」
「もう少し早くお会いできていたら葬儀にお呼びしましたのに」志遣が言う。
「キリュウが出たんだからいいだろ」陣内探偵が言う。「だいたいそんときゃフランスにいたんだよ。本業が忙しくてな。つーか、おい。お上品なお坊ちゃんは盗み聞きがお得意だよな」
俺に言ってるんじゃないとするなら。
外れたドアの陰から埼玉県警の
「今回テメェにうろうろされると厄介なんだよ」陣内探偵が顎をしゃくって追い払う。「あんときの二の舞になりてぇか」
「そのときはまた、探偵さんが助けてくれるんでしょう?」龍華が笑顔で陣内探偵の隣に座る。ノートPCを立ち上げつつ。「信頼できる筋からの情報。欲しくないですか?」
話の展開に追いつけない。
ふとデスクの後ろの壁を見たが、あのゴタゴタの中でちゃっかり出力画像をオフにしていたのはなかなかの手腕だ。俺の記憶が確かなら、最後に映っていたのは、祝多とそっくり同じ外見のベイ=ジンとやら。
「俺が加勢してやる条件が一つあんだが」陣内探偵が言う。
「はい、なんなりと」志遣がうなずく。
「ツラ知ってるってのは最大級の利点だろ」陣内探偵が俺を見る。「そこの課長サンを課長にして、立ち上げてほしい部署があんだよ。対策課ってんだが」
「これは一本取られましたね」志遣が肩を竦める。「なるほど。あの
まさか。
そういうことか。
「僕としては、伝説の名探偵が課長のほうが動きやすいんですが」龍華が言う。眼はPCモニタに走ったまま。
「お前は大人しく研修すんだよ」陣内探偵が息を吐く。「いいか? 課長サンの対策課が復活する。坊ちゃんは晴れて研修に取り組める。キリュウは予定通り研修終わらせてテメェの対策課を旗揚げ。本部長サマは俺の加勢が得られてかつ、本業と私怨を一挙解決。ったく、俺だけ被害者だ。時差ぼけでふらふらだってのに」
すごい。ここで燻っていた問題を一気に解消した。
これが伝説の名探偵とやらの手腕なのか、埼玉県警本部長の手腕なのか、その両者の合わせ技なのかは不明だが。
「わかってますよ」龍華が満足そうにうなずく。「僕は認めてませんけど、伝説の名探偵と我らが本部長が組めば解決できない事件なんかないですからね。僕は認めてませんけど」
「つうわけだ。まあ、よろしく」陣内探偵が俺に言う。「悪いようにはしない。勝手がわかんねえときは聞くよ。その、なんかいろいろ大変なときに騒がせてすまねえが、たぶんぜんぶ終わったときには、それなりに得るもんがあるとは思う。課長サンも、なんもかも諦めたってわけじゃねえんだろ?」
彼は、俺の事情まで知っているのだろうか。
適度に踏み込まない姿勢が、割と好感触だ。
ずたずたに折れた手足が、眼の前であれよあれよという間に、もっと頑丈な武器と車輪に補修された感覚。
あの人は死にかけで。
ご主人は行方知れず。
優秀な部下は離反して逃走。
塑堂夜日古と砂宇土夜妃は死亡。
フライングエイジヤをちゃんと終わらせて。
イブンシェルタを元に戻して。
俺一人じゃない。
出来る出来ないじゃなくて、やらなきゃならない。
俺が。
対策課の課長だから。
「こちらこそ。
「辞令を出しましょうか?」志遣が言う。
「あとで書類にしてください」
対策課事務所に二人を案内しようと思ったら、本部に部屋を貸してくれるとのこと。志遣も手と眼の届く範囲に置いておきたいだろう。
本部には違いないが。
離れという名の掘立小屋。
登呂築が俺から課長の座を奪って似非対策課を気取っていたとき、ここに詰めていた。ていうかまだ壊していなかったのか。壊すのも税金の無駄遣いになる。
撤収というか事務所を引っ越す際に課長権限で漁ったが、ほぼそのときのまま。有用なものはここにはない。替えの利くデスクと椅子と空っぽの本棚。部屋がほこりくさいので窓を開けた。
「まずは掃除ですかね」龍華が自分のPCの置き場を確保しながら言う。舞い上がったほこりで顔をしかめた。
「じゃあお前やっとけ」陣内探偵が言う。「課長サン、連れてってほしい場所があんだが」
「僕も行きますって」龍華がすかさず言う。
「対策課の研修とは関係ない。お前がしなきゃ誰がやるんだ」
「別に帰って来てからでもいいですよ」掃除は嫌いじゃないし。
「ほら、課長さんもそう言ってますから」龍華が食い下がる。
「お前が来ると人数と男女比的に何の集いかわからなくなる」
「ちなみにどこに行くんです?」聞いてみた。
「動物園だ」陣内探偵が言う。「悪いが、デートってのをしてほしい」
これは、浮気になるのか?
3
来るのは初めてだったか。小さいときに親が連れてきたか。
ないな。
親のことなんか欠片も憶えていない。
11時08分。
セイルーの助言を頼りにするなら、虎か亀か蛇。
動物園エリア。
案内図を見たら何気に全部いた。
どれだ?
園内はそこそこ広い。闇雲に走り回るのも得策じゃない。
向こうから見つけてもらった方が楽か。
サービスセンターに迷子の呼び出しをお願いする。
「
さて、誘いに乗ってくれるか。
12分後。
「
なるほどそう来たか。
向こうも僕を拒んでいないということがわかった。例え僕が君を殺すために呼び出したとしても。
エレベータで7階へ上がる。受付で声をかけたら席まで案内された。
奥まった位置にあった。特別席かもしれない。ここだけ衝立で仕切られている。
「お昼ご飯をご一緒しようと思いまして」祭地玄宮、ことゲングウだ。
朝と同じく、頭から靴まで真っ黒一色。大きな窓を背に座っている。
いい天気。
真っ青の空。
「ビャクローをお探しですの?」ゲングウが言う。「デートには不要でしょう? 置いてきましたわ」
いてもいなくても、ゲングウに命の危機が迫ればどこからともなくやってくるだろう。
向かいに座る。絶妙なタイミングで水が運ばれてきた。
「お好きなものをどうぞ?」ゲングウがメニューを渡してくれた。
「いや、僕が払うよさすがに。デートだし」
ゲングウがにっこり笑って水を口に含む。
「ねえ、本当は見えてたりしない?」注文を終えてから聞いた。
ゲングウが黙ってサングラスを外す。瞼を指で上げてくれた。
真っ黒の闇。
「ごめん、余計なこと言った」
黒い鳥が飛んで行った。
11時45分。
「セイルーとお会いになりまして?」ゲングウが言う。
「君が一番年下?」
「ええ、外見上は」
料理が運ばれてきた。
12時13分。
「だいぶ待ちましたわね」ゲングウがイカスミパスタをつつく。「味は、悪くないですけれど」
「眺めもいいね」僕はマルゲリータにした。
「セイルーは中立と言ってましたでしょう?」
「みたいだね」
ゲングウがフォークを置いて僕を見る。見ていると思う。
眼玉はないけど。
「ムダさんは、本当にわたくしを選ぶ気はおありにならない?」
「おありにならないね。僕は年下は好みじゃない」
「ビャクローは500歳ですわよ」
「ねえ、悪い冗談でしょそれ。そんなこと言ったら祝多さんは、何万歳になるの?」
「ふふふ。面白いことを仰いますのね、ムダさん」ゲングウが上品に笑う。黒い口元を紙ナプキンで拭って。「ここだけのお話ですけれど、ママは老いませんのよ」
「攫ったクソガキから若さを吸収してる?」
「いいえ、そんな生易しいものではありませんわ」ゲングウが呼び出しブザを押してデザートを依頼する。
「食べるの早いね」
12時34分。
「僕の推理を言っていい?」デザートが来てから言った。「君、ホントはスーザちゃんなんじゃないの?」
ゲングウの口が大きく裂ける。
闇夜に映える三日月みたいだった。
都合よくケータイが震えた。発信元は噂をすれば、スーザちゃん。
「どうぞ?」ゲングウが言う。「内緒のお話でしたら席を外しても構いませんし」
「君に逃げられると困るからね。食事中ごめん」利き手じゃないほうでケータイを耳に当てる。「久しぶり」
利き手を正面に向ける。
意味は、
動くな。
「殺してねぇよなぁ?」ビャクローだろう。
「生存確認なら本人にかければどうかな」
ゲングウは視界に入ったであろう銃に目もくれず(眼玉がないから)デザートを口に運ぶ。ガトーショコラにチョコアイスとチョコホイップを添えてチョコシロップをかけてある。チョコ尽くし。
僕が本気で撃つ気がないと思っている。
僕も本気で撃つ気はない。こんな目立つ場所では。
死体の処理に難儀する。
「ところで持ち主に黙って使ってるでしょ、それ」
「黙るもなんもとっくに死んじまってるしよー。どーやって許可とんだっての。地獄行って詫びんのかぁ?」ビャクローがけたけた笑う。「つーかイイコト教えてやんぜぇ。俺いま、りえーちゃんとおっかけっこしてんだよ。どっちが追うほうか知りてえか?」
「君がよってたかって追いまわされて、逃げまわってる図しか想像できないけどな」
僕の気のせいじゃなければ。
悲鳴が聞こえた。
「なんつーかな、人質ってやつじゃねぇの?」ビャクローはひとしきり笑った後。「テメェが余計なことすりゃあ、こいつがキズモンになんぜぇ?」
そこにいるのが誰なら。
この手を下ろせる?
「スーザちゃん?」
「わたくしのことは気にせず、ゲングウを」
殺して?
壊して?
「たすけて」スーザちゃんの息だけの声。
「あげねーんだっての! ひゃはははははハハハははは」
電話が切れた。
眼の前の黒い塊を見る。
「すごい殺気ですわね。これならチューザが殺されたいとかうわ言抜かすのも無理もありませんわ」ゲングウは至極落ち着いてスプーンを置く。皿はとっくに空っぽ。
12時42分。
「いまのが録音じゃないっていう証拠は?」銃は下ろさない。「スーザちゃんは生きてるの?死んでるの?どっち?」
「どちらならムダさんは、わたくしと一緒にお家に帰っていただける?」
スーザちゃんが、ゲングウってののフリをしてるんじゃないのか。
ゲングウってのの存在自体が僕を陥れるフェイクだと思ったんだが。
ラストシーンは二通りしかない。
僕が後継者候補をタ=イオワン諸共皆殺しにするか、スーザちゃんが後継者を拝命するための大掛かりな出来レース。
僕の見立てが確かなら、スーザちゃん以外に後継者はあり得ない。
あんな濃い血を受け継がされた業は、命が宿った時点ですべてが終わってすべてが始まっていた。
「面白い推論ですのね」ゲングウが言う。僕の思考をトレースしたのだろう。「チューザにお椅子を譲っていただいたのですわ。血を繋いでいくことのできない肉に用途はありませんもの。わたくしこそがママの生み出した至高の続体。さぁさ、観念して頂けます?」
「状況がわかってないかな? 僕の方が優位に立ってると思うんだけど」
「ええ、ですからムダさんは、ご自身の判断でその手を下ろしていただけるとそう申し上げているのです」ゲングウは伝票の挟まったバインダを僕にめがけて滑らせた。「奢って頂けますのでしょう? デートだと伺いましたわ」
なるほど。
続きは場所を移してからのほうがよさそうだ。
いかがわしい高級ホテルあたりに。
Bラインド2
1年間+αの仕事が終わり、事務所との契約はこっちで切った。事務所や制作側としては、僕を使ってもう少し儲けたいんだろうけど、生憎と僕はこのあとやりたいことがある。謂わば、この1年とちょっとの仕事は、本業に移るための準備段階。手段であり目的ではない。
目的の人物はすぐに見つかった。
というか、見つけてもらうためにこんな露出の高い仕事を選んだのだ。
然るべきときがきたらこちらから連絡を入れる。そう断って時期を待ってもらっていた。
いまが、そのときだ。
「専用回線があるんだから、無暗に全世界に顔を知らせる必要もないだろうに」奴が皮肉を言う。
暗がりなので顔は見えないが、音源は定位できた。微かに光が漏れるカーテンの陰。
「力づくで逃げてきたもので。いつもと同じ方法は使えなかったんですよ」僕は言い訳する。
空気が乱れた音がして、奴の視線が僕の身体を貫通した。
向こうからは僕が見えるのか。
僕から奴は見えないのに。不公平だ。
「どの道顔は割れない仕事ですし、ほら、僕の顔って無個性なんですよ。無個性すぎる主人公ってことで超激選のオーディション受かったくらいなので。たぶんもう2年もすれば世間は僕の顔なんか忘れる」
「使い物になれば問題はない」奴が言う。「実技は、真似ごと程度なら可能かな」
「試してみますか?」
「私相手に披露する必要はないよ」奴が何かを放って寄越す。「私の優秀な部下が遺した彼女にまつわる全データだ。今日中に全部確認して、思ったことや気づいたことを何でも聞かせてほしい」
「その部下とやらは、あなたが見殺しにした」
「優秀すぎてね。私の手には負えなかった」奴が言う。眼の周りが光ったのでメガネをかけているのだろう。「あの世では元気でやっていたかな?」
「さあ。僕がいたところはあの世じゃなくて地獄だったので」
「それはすまない」奴が座った音がした。「気にせず始めてくれていいよ。PCはそれを使っていい」
「お忙しいでしょうに。あとで書類で」
「そのデータは私の命の次に大事なものだ。君をまだ完全に信用したわけではないのでね」
「お暇ですね」
「彼女を捕まえること」奴が言う。「これが志半ばで逝った彼への弔いにもなる。私の最優先事項は、それに勝れない」
「僕が裏切る可能性があるとでも?」
「そうだね。私は私以外の人間を信用していない」
「そんなこと言ってるから部下が殉職するんですよ」
データはなかなかの量があった。
今日中に終わるか。終わらせろということだ。そのための監視。
ないからこそ、かつての部下は奴を見限って単独で悪に飛び込んだ。
飛び込んだ先の予想をはるかに超えた禍々しさに、かつての部下は、平たく言えば闇に取り込まれた。墨汁の中に落ちた、たった一滴の修正液。
掲げた正義は、悪にとって代わる。
「君がアダムなら」奴が言った。「イブは誰なんだろう」
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