よくわからないシンジャ草の違法栽培

ちびまるフォイ

シンジャがニンジャに見えてくる

「本当に反省しているんですよね?」

「はい、もうずっと反省しています……」


「では、これまでのあなたの行動を教えてください。

 どうしてアレに手を出そうとなんて思ったんですか」


「今では私もそう思います……。でもあのときは限界だったんです」


※ ※ ※


帰り道、街頭の下に植木鉢が落ちていた。

植木鉢には「シンジャ」と書かれている。聞いたことのない植物。


「……こんな場所に誰にも見つけられずに捨てられて、私みたい」


当時は恋人に捨てられて、友達と飲み会で荒れていた。

外気にさらされ酔いが覚めると自分への劣等感でいっぱいだった。


私は植木鉢を家に持って帰って窓辺に置くと、欠かさず水をあげ続けた・


「どんな花が咲くんだろう」


最初は好奇心と寂しさを紛らわすためだけだった。

水を上げ続けていると、植木鉢からは双葉の芽が出て、つぼみができた。


つぼみが咲くと、茎から口が生えている奇妙な植物。それがシンジャだった。


「ミー。ミー」


「わっ!? しゃべってる!?」


「ミー。トゥー」


「……何言ってるんだろう」


しだいに人間の口のようになると、言葉を話し始めた。

植物に話しかけると成長が早いと聞いたこともあり、私は毎日語りかけるようになった。


「今日の合コン、ホント最悪だった。

 男ってどうしてあんなに気を使えないのかな」


「ソウダネ」

「え?」


「男って自分のことしか考えないよね」


「そうそう! そうなの!」


シンジャは言葉を覚えて、私の言葉にも返事をするようになった。


「話もつまらないくせに性欲だけは強いんだよ。ガッツいて気持ち悪い」

「そうそう!」


「そのくせ社会は女性を認めないから不公平だよね」

「そうなの! シンジャ!」


「恋愛とか良いから、お金を入れて、私のメンテナンスをしてくれる。

 それだけの存在がいてくれればいいのにね」

「そうだよ!」


私の気持ちを吐露し続けたせいかシンジャは

心に刺さるような、同意しかない言葉を常に話してくれた。


シンジャの言葉を聞いていると、私も自信が湧いてくる。


「私は自分だけで生きていけば良いんだよね!」

「そうそう! 誰かに依存する必要なんてないよ!」


シンジャのおかげで自分に自信が出た。

次の合コンでは私は変に着飾るのをやめた。


「それじゃ自己紹介していこっか~~」


「あ、私、そういうのいいです。

 あなた達とどうこうなりたいわけじゃないんで。

 考え方の合う人だけがいればいいかなって感じです」


「「「 …… 」」」


合コンは前代未聞の早さでお開きとなった。


「ねぇ、最初のアレはなかったんじゃない?

 男子陣みんな引いてたじゃん」


「いや、でも……その気もないのに、勘違いさせるほうが悪くない?」


「あたし達はそこまで重いのは求めてないのよ。

 本命を見つけるまでの"つなぎ"がほしいだけ。

 なのに、空気壊さないでよ。ホント迷惑……」


「ごめんって」


口では謝っていても心は「何いってんだこの女」と繰り返しなじっていた。

家に帰るなりシンジャの植木鉢に抱きつくと、気持ちを話した。


「ねぇシンジャ。私の方が間違っているのかなぁ。

 とっかえひっかえするほうが不誠実だと思わない?」


「そうだよね。見栄の恋愛なんて良くないよ」


「やっぱりシンジャは私の味方なんだね」

「うん。味方だよ」


「私は間違ってないよね」

「間違っているわけないよ」


「そうだよね」

「そうだよ」


「ありがとう自信出てきた。やっぱり明日話してみる!」


次の日、友達を呼びつけた。


「話って、なに?」


「昨日こと、やっぱり私は間違ってないから、謝るの撤回する」


「……え?」


「間違ってるのはあんたらでしょ。

 ファッション恋愛みたいに安く恋人探しなんて浅ましい。

 あんたらの価値観を私に押し付けないでって言いに来たの!」


「……あ、そう」

「わかってくれた?」

「もういいよ」


大人の絶交は子供のように「絶交」と口にしないものらしい。

そして、必ず手痛いしっぺ返しが来る。


「ねぇ、聞いてよシンジャ。また会社でいじめられたよ」

「いじめられたんだね」


「私の仕事のミスを細かく文句言ってくるんだよ、難癖つけて。

 仕事と個人感情を切り分けられないんだよ、あいつら」


「そっか、クズなんだね」

「そうクズなの」


「感情を仕事に持ち込むなんて、低レベルな生物だよね」


「そうなのシンジャ。私の味方はシンジャだけだよ」


語りかける頻度は職場のストレスと比例して多くなった。

内容もしだいに愚痴や悪口が多くなっていった。そんなある日。


「あーーもう! シンジャ、聞いてよ! ホントありえない!

 なんであいつらがミスしたくせに、私のせいにされるの!?

 ホントあいつら死ねばいいのに!!」


「そうだね、死ねばいいよ」

「だよね! シンジャもそう思うよね!」


「お前がな」


「え?」


「そいつらとは同じ職場なんでしょ。同じチームなんでしょ?

 責任がどうこうとか誰の原因のミスとか、関係あるの?

 成果も失敗もみんなで背負うべきなんじゃないの?」


「ちょっと……シンジャ、どうしちゃったの?」


いつも語るのに精一杯で、

シンジャの葉が黒ずんでいるのことに気づかなかった。


若葉色だった茎や葉は、黒い言葉にあてられて、

腐りかけのような色になっていた。


「私が間違っていたの? シンジャ……?」


「その失敗を成長のチャンスだとは思わなかったの?

 どうして人を責める方ばかり考えるの?」


「何言ってるのよ、シンジャ。それじゃ私が悪いみたいじゃない」


「あなたは完璧じゃないし、他の人も完璧じゃない。

 お互いの欠点を指摘していれば完璧になれるの?」


「やめて! そんな言葉聞きたくない!

 いつもみたいに私に同意してよ! シンジャ!」


「自分を不愉快にさせる存在はいつも悪い。

 あなたはそうして自分を客観視できてないんでしょう」


「うるさいうるさい!! 私を批判しないで!!

 私が求めているのはそんな言葉じゃない!」


私は植木鉢を持ち上げて、そのまま床に叩きつけた。


シンジャは土とともに床にぶちまけられ、

とびちった破片が部屋に散らばった。


あれだけ大切に育ていた植物も不愉快になれば

いとも簡単に壊してしまう。そんな自分が怖くなった。


「ジブンノキモチヲシンジテ……」


シンジャは最後にそれだけ言って喋らなくなった。


※ ※ ※


「なるほど、そういう経緯だったんですね」

「はいそうなんです」


「シンジャ草はこの国で栽培が禁じられています。

 シンジャ草にそそのかされて過激な行動を犯罪者が後をタチませんから」


「よくわかります」


「いいえ、あなたはシンジャ草の怖さを何もわかっていません」


男は顔を横に振った。


「シンジャ草が一番怖いのは……花粉を飛ばし人体に寄生するんです。

 寄生された人間は、相手に同意することしか言えなくなります。

 あなたは寄生されずにまだ自分の意見が言えますか?」


「はい、そうです。早く治療してください。だからもう限界です。

 体と気持ちがバラバラになりそうです!!」




「……そうですね、全部慣れですよ。慣れれば人の体も楽なものです。

 意外と気づかれないものですよ?」


男の口は植木鉢で見た口に似ていた。

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