第132話 隔靴掻痒
「ん、作戦成功っぽいね。パリヤッソと思わしき魔力が高速でこっちに移動中」
「流石ヒメコさんです」
屍鬼どもが襲い来る悍ましき戦場で二人の美少女が短く会話を行う。その周りには共和国連合軍の選りすぐりの猛者と二人のエルフの姿があり、彼女たちはこの場所で屍鬼軍を壊滅させる勢いで戦っていた。
「さてさて、敵さんはイノアの策に上手い事乗っかってくれた訳だけど。こっからが厳しいなぁ……リティちゃん、ちゃんと来てくれよぉ~」
「一歩間違えれば全滅ですからね。最悪の場合は二人で逃避行です」
「カリノ姉ぇに地の果てまで追い詰められて折檻されそうだからミスったら普通にお家帰ろう」
軽口を叩きながら手は精密に敵を再殺している。返り血すら浴びることのない踊るような動きに生者から憧憬の眼差しを向けられる。だが、この場にいるのは共和国の中でも選りすぐりの兵士たち。ただ憧れるだけではなく彼らもできる仕事を果たしていく。
そして、その時は訪れた。
「よぉ! 好き勝手やってくれてるみたいだなぁ!」
魔力による接近の察知はしていた。しかし、単純に間に合わない。夜空を滑空してこちらに向かってきたパリヤッソの猛烈な蹴りを受けてヒメコは吹き飛ばされる。
「ヒメコさん!」
悲鳴にも似た叫び声を上げるロザリア。だが、彼女にもそんなことをしている余裕があるわけがなかった。
「余所見たァ、舐められたもんだな!」
「ぁぐッ!」
側頭部を強烈に殴られて意識が飛びかけるロザリア。当然、パリヤッソが容赦してくれるわけもなく追撃が入る。
「死にやがれ!」
「~ッ!」
腹部が貫通したかと思う程の強拳を入れられ宙を舞うロザリア。ただ、彼女もさるもので勢いを殺すべく自ら地面を蹴って余計に飛んでいる。パリヤッソも感触が薄いのを受けてそれを理解していた。
「チッ、流石にやりやがるなァ……ま、いい。あいつらが飛んでる間に俺の方もやることやっとくか」
「ぱ、パリヤッソだ! パリヤッソが出たぞ!」
高速移動を一時止め、周囲を睥睨するパリヤッソの姿を共和国連合軍も遅れて視認する。パリヤッソの登場と味方の最大戦力がこの場から消えたことによる動揺が場に広がる中、パリヤッソは凄惨な笑みを浮かべて口を開く。
「そォだ。俺が【屍鬼将軍】パリヤッソだ! テメェらの上司になるんだから覚えておけよ! 【
身の毛がよだつ叫び声をあげるパリヤッソ。魔力を乗せた叫び声。ただそれだけで歴戦の強者であるはずの共和国連合軍の連携が瓦解する。それと対照的に屍鬼の勢いが増した。しかもそれだけではないようだ。
「よし! 止めを! っておい、何でお前武器をこっちに向け……」
敵の動きを止めたところで味方に武器を向けられて困惑する連合軍の兵士。それを横目で見ていた別の兵士が大声で呼びかける。
「おい! 気をつけろ! こいつらに噛まれると操られる奴もいるみたいだ!」
「なっ!」
その注意の声が間一髪届いた兵士は辛うじて難から逃れることに成功する。だが、全体を見ればその成功例は数少ない。戦っている最中に味方から攻撃されるという最悪の事態に連合軍は混乱状態に陥った。それを見てパリヤッソは哄笑する。
「ヒャハハハハハ! いい素材が手に入る! 数は減ったがまだ……」
パリヤッソが言い終わる前に彼の下に疾風と化した何者かが強襲を仕掛けた。辛うじてパリヤッソはそれを避け、舌打ちする。
「死に損ないが……大人しく逃げてりゃぁよかったものを」
「……ヒメコさんを傷つけた罪、その身で思い知るがいい!」
その場に再度現れたのは栗毛色のセミロングの髪を生やした頭の頂点に狼のような獣耳を生やしたロザリアだった。彼女はその美しい顔を怒りに染め上げてパリヤッソを強襲する。
「その耳……先祖返りか?」
返事は鋭い拳だ。だが、パリヤッソはその鋭い拳を掴んでロザリアを強制的に引き寄せた。
「くっ!」
「おいおい、せっかく話しかけてんのを無視してその程度か? ならもう食っちまうが、いいな?」
「いいわけ……あるか!」
至近距離に来たパリヤッソの額に頭突きを入れるロザリア。同時に爆発が生じる。ロザリアの能力だ。爆発の余波でパリヤッソの上体が大きく揺れる。ただ、それでもパリヤッソがロザリアの腕を離すことはなかった。
「はっ! 甘ぇ甘ぇ。お前はもう詰みだ」
「や、やめ―――」
空いた片手でロザリアの頭を押さえ、白く美しい首筋にパリヤッソの鋭く尖った犬歯を突き立てる。歯の先端がロザリアの肌に触れた。
瞬間。レーザーの様に一点集中で射出された一筋の水がパリヤッソの歯の根元に風穴を開けた。それはそのまま軌道を変えてパリヤッソの顔を切断しにかかる。
「……クソが。これならどうだ?」
超速で口の中を回復させ、古い歯を吐き捨てて新たな歯を生み出したパリヤッソ。彼は少し移動しても水が自身を狙ってくるのを確認した後に舌打ちして水の射線上にロザリアを差し出す。しかし、その水は射線を変えてパリヤッソだけを執拗に狙って来た。
「チッ……面倒臭ぇな。あぁ、ウザってェ……」
最近は思い通りに行かないことばかりでストレスが溜まる。パリヤッソの苛立ちは頂点に達そうとしていた。丁度その時、蒼炎が幾つもの線を描いてこちらに向かって来る。
「……お出ましか」
蒼炎が放たれて来た方向を見てパリヤッソは強制的に頭を冷やした。ついでに蒼炎に対してロザリアを盾にする。もがくロザリア。だが、パリヤッソの拘束はびくともしない。
「これでくたばるとは思っちゃいねぇが、取り敢えず戦闘不能になってろ」
「~ッ!」
蒼炎が着弾する寸前、ロザリアの背中を押して彼女を蒼炎にぶつけ、パリヤッソは退避する。死を覚悟したロザリア。そこに間一髪で辺りを切り刻んでいたウォーターカッターが入り込み、盾の形状を取った。蒼炎を前にして数瞬しか持たない脆い盾。しかし、稼いだ時間は値千金だ。ロザリアはその場を跳躍し、難を逃れて再び怨敵と相まみえる。
「……やっぱリティールと会ってから思うように行かねぇなぁ。あいつのせいだ」
ロザリアが難を逃れたことを褒めるでもなく遠く離れた地にいるリティールのことを持ち出すパリヤッソ。ロザリアは自分を相手にしながら全くと言っていい程自分のことを意識していないパリヤッソに苛立ちを覚えた。しかし、それだけでは勝てないことも重々理解している。彼女は勝つために周囲の状況の把握に努めた。
(……ヒメコさんはこっちに来てくれてるみたいだけど、キーになるリティールさんがどうしているか……蒼炎が飛んで来たことからして、状況はある程度把握しているんでしょうけど)
ロザリアはパリヤッソから視線を逸らすことなく周囲の状況を把握する。悔しいが単独ではパリヤッソの相手にならない。ただ、直に援軍が来るだろう。それまで持ちこたえるのが今の自分の役目。
ロザリアが覚悟を決める中、パリヤッソは身体を不気味に揺らしながらロザリアに尋ねる。
「どうした? 来ねぇのか? なら、行くぜ?」
瞬間。パリヤッソの姿は掻き消えていた。
「そこっ!」
「お?」
裂帛の気合を込めた一撃。パリヤッソはそれを受けるのではなく流した。手応えあり。ロザリアは果敢に攻め立てる。
「ハァァァアァァァッ!」
「おう、中々いい動きになって来たじゃねぇか。ウチに入った時にはその調子で頼むぜ?」
誰が屍鬼になんかなるものか。その思いを込めて拳と脚を動かすロザリア。そこにもう一人分の手足が加わった。パリヤッソがこの場に現れた時を再現するかのようにパリヤッソに飛び蹴りを喰らわせる黒髪の美少女。パリヤッソが大きく後退する中で彼女は着地と同時にロザリアに謝罪する。
「ロゼっちごめん! 遅くなった!」
「ヒメコさん! 大丈夫ですか?」
「うん。ここからは二人で……ううん。三人でやるよ」
「はい!」
姉妹は揃ってパリヤッソを見据える。対するパリヤッソは邪悪に笑っていた。
「……そろそろ決着つけるか。逃げんじゃねぇぞ?」
飛翔するパリヤッソ。彼は月を背にして二人に躍りかかって来た。
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