第131話 荒野での一戦

「あん? 何でお前がここにいるんだ?」


 ニクル村から逃げる人々に被害が及ばないように逃走ルートから少し離れた荒野に佇んでいたリティールを見てパリヤッソが不思議そうな顔で尋ねる。リティールは彼の問いに短く答えた。


「あんたがリアを狙ったからよ」

「リア……? あぁ、そっちのガキか? お前に魔力が似てたからな。お前との戦いの前にメッセンジャーとして使ってやろうかと思ってた。何だ? そいつを狙われるとマズいのか?」

「妹に手出しはさせないわ」

「ふーん」


 直後、パリヤッソが黒き風となってシャリアに襲い掛かる。


 ―――寸前。


 その間に剣が割って入った。


「っと」

「チッ……」


 パリヤッソは急停止してその場から飛び退いた。そしてその場には舌打ちの音だけが残る。この場で唯一、剣を持ち合わせているレインスの口から洩れたものだった。実力が割れていない一太刀目で少しでも負傷させておきたかったのだが失敗したことに対する失望の現れだ。


(それにしても反射でも何でもなく完全に見てから動かれた。正しく化物だな……)


 しかし、過去の失敗を引き摺っていては現在のパフォーマンスに支障が出る。彼はすぐに今の動きの評価と今後の修正に入るべく頭を切り替えた。改めてパリヤッソに対し危険認定をするレインス。それに対し、パリヤッソは呑気に声を掛けて来た。


「おーおー、魔力の割にやりやがるな。そっちの、お前の名前も一応聞いてやるよ。名乗りな」

「……レインス。ヘラジラミナ・レインスだ」


 その名を聞いてパリヤッソは首を傾げる。


「んー? どっかで聞いたことあんな……なんだっけか?」


 しばらく悩むパリヤッソ。援軍が来るまで少しでも時間稼ぎをしたいレインスたちにとっては好都合だった。ややあってパリヤッソは頷く。


「あぁ、確かガフェインの鼻っ柱を圧し折った奴の名前か。何かあいつ曰く邪法に身を染めたとか言ってたが普通のガキじゃねぇか……お前、ウチに入るか?」

「遠慮させてもらう」

「つれねぇな」


 パリヤッソからの屍鬼軍への勧誘をにべもなく断るレインス。【仙氣発勁】を既に済ませて成長しておいた彼は一切の油断なくパリヤッソを見据える。だが、このままの状態では分が悪いことは間違いなかった。


(……【仙凶使】を使わないと足手纏いにしかならなさそうだな。いや、仮に使ったとしても付いていくのがやっとで、体に相当な負荷がかかるだけな気がする)


 しかし、自分は勿論のこと、リティールやシャリアがパリヤッソの手に落ちることに比べれば何てことのないダメージだ。レインスは気合を入れる。


「……【仙凶使】」


 瞬間、荒野に残されていた僅かな草木が枯れていく。それを見てパリヤッソが首を傾げた。


「あん? これが邪法か? 違う気がするが……まぁいい。かかって来いよ」


 横綱のように挑戦者を待つパリヤッソ。自然体で特に構えた様子はない。しかし、レインスはそれを見ても一切動けなかった。


(隙が、ない)


 飛び込めば死。そのイメージがありありと浮かぶ相手だ。ガフェイン以上の敵かもしれない。自分では勝てるビジョンが浮かばなかった。


「おい、どうした? 来ねーならこっちから行くぞ?」


 レインスに向けられた言葉だがレインスは動けない。【仙凶使】では全く以て足りない。レインスがそんな弱気を出した次の瞬間、戦況が動いた。


 疾風の如き速さで動いたパリヤッソ。その動きを阻害する炎の海。これはシャリアが生み出した物だろう。それに焼かれながらパリヤッソはまず、前衛であるレインスを落としに真っすぐ彼に向かう。しかし、その先にはシャリアが生み出した炎よりも高温の、蒼炎が待ち受けていた。


「チッ!」


 これにはパリヤッソもマズいと感じたのか、転進した。一瞬、崩れるパリヤッソの守り。レインスの身体はその機を逃さない。


「【断水】」


 突き、穿つ。パリヤッソの足にかすり傷ながら一太刀浴びせる事に成功した。


「甘ぇな」


 だが、その傷は一瞬で癒えてしまう。苦い顔をするレインス。対するパリヤッソは仕切り直しとばかりに再び距離を取って笑っていた。


「ま、人間にしちゃ中々ってところじゃないか? それにしてもやっぱリティール。お前だよ。お前」

「……何かしら?」


 嫌々ながらも時間稼ぎのためにパリヤッソの言葉に応じるリティール。そんな彼女に対してパリヤッソは続けて言った。


「すっげぇいい女だな。極上の魔力。それに劣らぬ戦術眼。この俺様を前にして折れない心もいい」

「あんたに褒められても嬉しくないわね……」


 クールに突き放すリティール。パリヤッソはそれに応じずに残りの二人、レインスとシャリアに対して言う。


「お前ら、リティールが居なけりゃ瞬殺されてっからな?」

「だろうな」


 素直に応じるレインス。それに対してシャリアは少し悔しそうな顔をした。二人の反応を見てパリヤッソは邪悪に嗤った。


(奥のガキがまだ状況把握できてないみてぇだな!)


 判断は一瞬。パリヤッソは再び風となってレインスに襲い掛かった。


「【水車】」


 刹那の見切りでパリヤッソの攻撃をいなすレインス。速く、重い攻撃。上手くいなしたはずの攻撃でレインスは右方向に弾き飛ばされた。そしてシャリアへのルートががら空きとなる。


「【圧炎弾ギュラ・ゴウジャ】!」


 身の危険を感じたシャリアが炎の上級魔術を惜しげもなく使う。実力を隠して出し惜しみできるような相手ではないと判断してのことだ。


 しかし―――


「温ぃんだよ!」


 パリヤッソは一言吠えるとその業火を片手で弾き飛ばした。そのまま彼はシャリアに最短距離で襲い掛かる。


「【蒼炎弾ソ・ラギュラ・ゴウジャ】!」

「来やがったなリティールゥッ!」


 直後、天からの鉄槌と化した蒼炎がパリヤッソを焼きにかかる。シャリアが大きく退避し、パリヤッソだけが攻撃範囲に残された。


「【圧炎弾ギュラ・ゴウジャ】なのです!」


 そして更にダメ押しでシャリアから圧縮された炎が発射。この状況。パリヤッソは再び大きく下がるはず。誰もがそう思った直後。本人だけが予想外の動きを見せた。


「う、ぉおおおおぉおおッ!」

「なっ……」


 パリヤッソはその背に蒼炎を浴びながら目の前の圧炎弾を受けることを選択したのだ。予想外の展開。リティールは急いで術式を組み上げる。


「【蒼炎ソ・ラギュラ……」

「遅ぇ!」


 シャリアまでの僅かな距離。リティールの術式は間に合わない。シャリアの退避も同じことだ。パリヤッソの高速駆動の前で稼げる距離は無いに等しい。


 ―――鮮血が舞った。


「く、うぅ……」


 肩を貫かれたシャリアから苦悶の声が漏れる。直後、その場に蒼炎が割り込む。今度の攻撃はマズいと感じたのかパリヤッソは大きくその場から飛び退いた。


「んー、戦果は今一つ」


 先程、焼かれたばかりのパリヤッソの傷が勝手に癒えていく。まるでお前らの抵抗など無意味だと言わんばかりの光景だ。苦い顔でパリヤッソを見る一行の視線を一身に受けながらパリヤッソは手に付着したシャリアの血を舐めた。


「だが、いい味だ。殺した後が楽しみになる」

「このっ!」

「おっと?」


 膨大な魔力がつぎ込まれた不可視の魔弾がパリヤッソを襲う。パリヤッソはそれを軽く避けて攻撃の主を見た。その顔には呆れの色が滲んでいる。


「リティール。今のはいただけないな。仲間が少しやられただけでそこまで冷静さを失うのか?」

「うっさいわね! 死になさい!」

「はっ! お前だって俺の眷属の主だった奴らを皆殺しにしてきたっつーのによぉ? そりゃねぇぜ?」


 鼻で笑うパリヤッソ。だが、次の瞬間。彼は盛大に顔を顰めて舌打ちをした。


「……糞が。こっちがもうすぐ片付きそうって時によ!」


 身を翻すパリヤッソ。そして彼は高速移動でこの場から離れていく。


「……どうやら、間に合ったみたいね。リア!」

「大丈夫、なのです……お姉ちゃんは」


 痛みに顔を顰めつつもシャリアは自分は大丈夫だからリティールには行くべきところに行ってほしいと頼む。その言葉を受けてリティールは頷いた。


「……レインス。この子を頼むわ。私は……」

「分かった。後は頼む」


 短いやりとり。だが、意図は十分に伝わった。リティールはパリヤッソとの戦いに蹴りをつけるべく、パリヤッソの後を追う。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る