第130話 追いついた

「……近付いて来てやがるな。どうするか……」


 屍鬼軍を率いて共和国連合軍の先陣から後陣まで一直線に突破し、後陣をずたずたに引き裂いて組織立った動きが出来ないように散々に打ちのめしたパリヤッソだったが、その表情は晴れない。後陣にある敵の首脳部と思われる部分を再起不能になるまで叩き潰したのだが、相手は浮足立つどころか今まで以上の奮闘を見せてきたのだ。パリヤッソからすれば痛痒も感じないレベルの誤差だが、彼の眷属にとっては一大事となる。その上、パリヤッソが警戒する人類側の女どもがこの場に直に到着しそうな距離に到達していた。


(取れる選択肢は幾らでもあるが……面倒臭ぇな。一旦軍を遠くに預けておくか?)


 戦いながら統制を取るのは面倒だとパリヤッソは敵軍を突き抜けたまま屍鬼軍を別の場所まで誘導すべきか考える。


「……ちょぉっと待ってろよ雑魚ども。何かないか探してみるからよぉ」


 飛翔し、周囲の様子を確認するパリヤッソ。そのついでに魔力による探知を行って何かないかを探す。


「ん~? 何か、結構強い魔力が揃ってやがるな……」


 少し離れた村に人間にしては桁外れな魔力が三つ。その中でも突出している魔力が1つあった。その魔力はパリヤッソの優秀な眷属を屠った個体の魔力に似ている。彼はその他の魔力も探知して少し思案した。


(……その他にゃそれなりの魔力が敵陣にちらほらとあるくらいか。あの魔力、少し遠いが気になるな。敵の首脳部が逃げ込んでやがる可能性もある……ちょっと様子見に行ってみるか)


 敵陣の中に目立った首脳組織がなかったことで別の安全な場所に隠れているのではないかと考えたパリヤッソはその気になる魔力の下へと行ってみることにした。


「転進だ」


 ただの一言で一糸乱れぬ行軍を行う屍鬼軍。次の目的地は人もそう多くない小さな村だ。何もなければ一瞬で轢き殺すだけ。パリヤッソは連合軍のことを放置して少し離れた村へと突き進むのだった。




「イノア様! 屍鬼軍、我が軍を無視して領土内を猛進! 進行方向にはニクル村があります! 至急ご指示を!」

「……倒しきれなかったかぁ」


 本陣に急報が入ったイノアは苦い顔で伝令の言葉を受け止めた。しかし、現在地点より北東方面にあるニクル村に屍鬼軍が向かったのはイノア、ひいては共和国連合軍にとって不幸中の幸いだった。軍を下げて態勢を整える時間が生まれたのだ。


(うーん、どうしよっかなぁ? 普通の軍ならこんな動きしないから難しいにゃあ。イノアちゃんとしてはここで補給を断ちに行くのが常道なんだけど相手が補給を必要としない屍鬼軍となると勝手が違うからにゃー)


 人類同士の戦いとは全く異なる生存競争というルール無用の戦いにイノアは難しい顔をする。本音を言えば、都市を守りつつ補給を受けるために軍を下げてパリヤッソとの再戦に備えたいところ。だがしかし、ニクル村を見捨てるというのも士気が低下する原因となる上、責任問題に発展する。


(……機動部隊を展開して避難誘導だけさせるか)


 責任問題の追及回避を目的とした軍の派遣を指示するイノア。この場に駆けこんだ伝令は即座にそれを伝えるために急いで天幕を後にする。


(それにしても何であんな辺鄙な村に? イノアちゃんとしては時間稼ぎが出来るからいいんだけど)


 疑問を抱きつつもイノアは対パリヤッソの計画を何とか立てるために一度軍の再編を行うべく転進を指示するのだった。




 ニクル村。


「共和国連合軍より伝達だ! 間もなくこの場に我が軍によって手負いとなった屍鬼軍が雪崩れ込んで来る! 至急、村民は非難する事! 繰り返す―――」


 イノアによって派遣された機動部隊による伝令は屍鬼軍の進軍速度に勝り、何とか屍鬼軍が到着する前にニクル村に到達することが出来ていた。そこで息をつくこともなく彼らは己が使命に忠実に従い、村民に対して避難誘導を行う。


「メーデル、俺たちも逃げるぞ」

「は、はい」

「もう、すぐそこまで来てるのです」


 ニクル村に逃げ込んでいたレインス達も避難誘導に従って移動を行う。シャリアの魔力探知にも緊急事態であることが分かっており、一行は伝令が来る前から既に避難準備を整えていた。


「聖女様、早くお逃げくださいませ。貴女の身に何かありましたら我が国と貴国との間で外交問題となります故」


 メーデルが乗っている馬車を見てその正体を察した機動部隊も急かして来る。一部の村民が軍が彼女の逃げる順番を割り込みさせていることに気付いたが、彼らは何も言わないようだ。レインスたちは比較的早く逃げ出すことに成功する。


「……リティールさんは大丈夫でしょうか?」


 揺れる馬車内でメーデルが心配そうにぽつりと漏らす。その言葉に対してシャリアは魔力探知による結果を告げる。


「大丈夫なのです。こっちに来てるのです。問題は、私たちが足を引っ張らないことなのです」

「そう、ですか」


 パリヤッソとの戦いでは足手纏いになると暗に言われてメーデルはぎゅっと自身が持つ杖を握りしめる。これまで教会で魔将軍と戦えるように頑張って来たと言うのに目標はまだ遥か遠くであることを実感したのだ。そして、その思いはシャリアも同じだった。姉を支えるために里を出たと言うのに姉に頼るしかないこの状況。シャリアもまた、悔しい思いをしていた。


 そんな中、レインスだけ別のことを考えていた。


「……シャリア、パリヤッソの魔力はどこにある?」

「え、と……まだちょっと距離があるのです」

「村の方に行ったか、それとも逃げる人を追いかけているか。どっちに向かったかは分かるか?」

「……! こっちに来てるのです」


 舌打ちするレインス。これで相手が拠点となる場所を求めたり村から略奪しようとしているのではないことが分かった。相手の狙いは恐らく……


「シャリア、リティールたちが来るまでパリヤッソと戦える自信はあるか? 勿論、俺も加勢するとして、だ」

「え、私は……」

「護衛対象なんだから逃げてくれ。で、シャリア……どうだ?」


 声を上げるメーデルをすぐに封殺してシャリアに問いかけるレインス。シャリアはレインスの顔を真正面で見て言った。


「レインスさん次第なのです」

「わかった……じゃあ、どうせ逃げられそうもないし、無理をするか」

「れ、レインス? 無理をするって……」

「聖騎士さん。後は頼みます」


 そう言うとレインスは馬車の扉を開け、飛び降りた。シャリアも飛翔してその場に降り立つ。


「レインス!」


 過ぎ去っていく馬車から自分の名を呼ぶ声がしたがレインスは振り返らない。静かに周囲から仙氣を集めて我が身に宿していく。


「シャリア、リティールが来るまでどれくらいだ?」

「多分、私が止まったのですぐに飛んでくると思うのです」

「あぁ、そっか。なら、その他の人たちが来るまで俺たちは持ちそうか?」

「……頑張るしかないのです」


 瞬間、シャリアの後方に巨大な魔力が現れる。そして魔力の持ち主は静かに怒りの声を上げた。


「シャリア、レインス。逃げなさい。ここは私が何とかするわ」

「……俺だって戦いたくはないさ。でも、一人じゃ厳しいだろ」


 その言葉を受けて声の主、リティールは静かに考えて呟く。


「百歩譲ってレインスはいいわ。でもシャリアは……」

「私は……味方の人が来たら逃げるのです。それまで頑張るのです」

「……危なくなったら逃げるのよ?」


 パリヤッソの前に立つこと自体が危険行為であることを知っているリティールは妹に無理をしてほしくなかった。だが、同時に戦力が足りていないのも事実だ。曖昧な立場で妹を危険に晒してしまうことを申し訳ないと思いながら彼女はシャリアが戦場に立つことを認めた。


 程なくして。


「よぉ。待たせたみてぇだな」


 屍鬼将軍パリヤッソが単独でこの場に現れた。



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