第129話 強襲
闇夜に咲いた炎の花。そう称すには黒煙や悲鳴、怒号などが混じり過ぎている荒野でパリヤッソは屍鬼軍の将として先陣に張り付けられていた。
「あ~鬱陶しいな……爺か誰か居たらこの場を任せてさっさと本陣に行っちまえるのによぉ」
溜息をつきながらまた一人共和国連合軍の強者を屠るパリヤッソ。まさに鬼の様な強さだった。確かに彼一人であれば共和国連合軍の本陣まで突っ切ることは出来ただろう。そこで敵の首脳部を叩いて指揮系統を滅茶苦茶にし、大混乱を引き起こすことも容易だった。実際に昼の戦いではそれを実行し、あと一歩のところでナラクモ姉妹に完遂を阻まれるも連合軍を敗走させることに成功した。
だが、その結果が眷属の大幅減だ。彼には指揮すべき眷属がいることがいることを忘れてはならなかった。この戦いの後、魔王軍での自身の立場のことを考えると彼の軍勢には少しでも多く残っていてもらわなければならない。
そんなスタンスでパリヤッソは人類からも眷属を作りながらかったるそうに連合軍と戦っていた。だが、その近くではせっかく作った彼の眷属が炎の海に追いやられたり再起不能なレベルまで粉々にされたりしている。それを見て彼は溜息をつく。
「せっかく増やしてんのに減らすなよ」
「ちっ、近寄らせるな! 魔砲兵!」
「遅ぇ」
丁寧に張られた槍衾を無理矢理払いのけて指揮官に襲い掛かり、血肉を啜って眷属を作るパリヤッソ。懐に入り込まれた部隊が壊滅するが、彼らはすぐに別部隊に編制されてパリヤッソとその眷属に牙を剥く。
ただ、圧倒的に力量不足だった。結局、勇敢にもパリヤッソに立ち向かった部隊は部隊ごとパリヤッソに壊滅させられることになる。しかしそれでも尚、連合軍の戦意は衰えない。続々と迫り来る援軍を前に、パリヤッソは素直に感心していた。
「……この俺様を相手にしてよくもまぁやるもんだ。トップにゃ中々のカリスマがあるとみえる」
イノアが聞いたらまず間違いなく調子に乗る言葉だろう。しかし、共和国トップの執政官の孫娘という才媛が直々に前線に出てきているというのは確かに一定の効果があった。面倒な相手だ。だからこそ、パリヤッソは邪悪に笑う。
「さて、そのカリスマが崩れた時、こいつらはどんな顔になるかな?」
飛翔。そして術をバラ撒き敵前陣に打撃を与える。反撃が来るがパリヤッソはその攻撃を掻き消して敵陣の内容を把握した。
「まどろっこしい真似はしねぇ。全軍、突撃だ」
魔力による統制。それまでばらばらに戦っていたパリヤッソの眷属たちが急に組織立った動きを見せる。
「……あ~、ちっとばかり疲れるな。まぁ、あいつらがいないならこんなもんでいいだろ」
膨大な魔力を使っての芸当だった。流石のパリヤッソも多少疲労感を滲ませる。その分、リターンは大きい。個々に撃退されていた屍鬼軍が自らの耐久性と身体能力を生かした戦法を取り、縦に厚かった連合軍を押し返し始める。
「魚鱗陣だ。全員、俺について来い」
人間の怒号と悲鳴が混じる戦場。各々の場所すら掴み切れない混沌とした戦場にて屍鬼軍はその呟きだけで軍団を再編し、連合軍の中央を突破しにかかる。
「と、止めろ! 絶対にここを通すな!」
「誰に命令してんだよ。止めたいなら自分で止めな」
連合軍の前陣を任されている指揮官が悲鳴のように叫んだ時には遅かった。その場に舞い降りたパリヤッソが彼の喉を引き裂く。その後、鼓舞するような声もない屍鬼軍の無音の進軍によって前線は崩壊しようとしていた。
「て、転進だ! イノア様の指示を仰げ!」
戦線崩壊だけは避けなければならない。そう判断したらしい連合軍の指揮官の誰かが叫んだ。その声を聞いたパリヤッソは敢えて相手が辛うじて逃げられる程度に追撃の手を緩める。このまま敵総大将のところまで案内してもらうつもりだ。
「攻め立てろ」
逃げる連合軍に追う屍鬼軍。戦況は一気に屍鬼軍に傾いた。パリヤッソがそう思ったのも束の間。パリヤッソがいる屍鬼軍最前線の遥か後方で鬨の声が響く。
「……挟撃か。小賢しい」
どうやら隘路の出口を包むようにして残っていた連合軍の右翼と左翼が動き出したらしい。突破のみを目的とした屍鬼軍の魚鱗の陣は包み込まれるように攻撃を浴びせられていた。
「あー、うっぜぇな。俺様が後二人いれば皆殺しにしてんのによぉ」
また眷属の数が減る。パリヤッソは苛立ちを隠せなかった。しかし屍鬼軍の猛進は止まらない。この程度で止まるようであればそもそも突撃をかけることもなかった。パリヤッソはこのまま連合軍の本陣を叩き潰して敵陣のど真ん中で暴れ回るつもりなのだ。後方の被害を無視して
(っと、そこそこ魔力の強い連中がいるところに着いたな……ここが本陣か?)
昼間の共和国連合軍の配置を思い出して当たりをつけるパリヤッソ。周囲を見渡すと謎の木箱が大量に置かれている。乱暴に蹴り飛ばして開けてみるとそこにあったのは薪だった。パリヤッソの脳裏に連合軍先陣における大火災の光景が過る。
(ここも燃やす気か? なら、ここは外れの可能性が高いな……)
そのまま通過して更に別の陣を狙うか考えるパリヤッソ。時間はなかった。時間をかければ眷属がもたない。もう一度空を飛んで陣形を確認してみると、この陣は中軍といったところだった。
(本命は後ろでふんぞり返ってやがるのか? それにしちゃ士気が高いが……まぁ、本丸を燃やすってことはないだろう。更に奥か)
そうであるならばすぐに奥に進むべき。そう判断したパリヤッソは屍鬼軍を率いて更に奥へと駆けて行く。
「敵襲だ! 応戦しろ!」
「ここで食い止めるんだ! 行くぞ!」
「ははっ! 遅ぇよ!」
すれ違いざま一瞬で死人の山が生まれていく。連合軍も頑張ってはいるのだが如何せん性能が違い過ぎる。共和国連合軍中陣はパリヤッソの通過を許してしまった。
暴風雨のように連合軍に為す術を与えなかった屍鬼軍が過ぎ去った後、屍鬼軍の後方を挟撃していた部隊が中陣に入る。そして急いである天幕に向けて殺到した。
「イノア様! ご無事でしょうか!?」
「……まぁね。イノアちゃんは無事だったけど中陣の状態がわかんない。ちょっと報告待ちかな」
パリヤッソの禍々しい魔力が完全に過ぎ去っているからいいものの、近くにいたらあんたたちの所為であたしの場所がバレて殺されてるところだと思いながらイノアはそれでも怒らずに答えた。
しばらくして、イノアの下に報告がある。
「イノア様、屍鬼将軍パリヤッソですが本陣を強襲し、中陣に数百名の被害を出してそのまま後陣へと抜けていきました」
「……ふぃ~。何とか誤魔化されてくれたかぁ」
本陣約3000名に対してかなりの損害。だが、まだ継戦能力は大いにある。イノアは薄氷を踏む思いでパリヤッソとの戦いに全力を尽くすのだった。
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