第128話 屍鬼軍到来

 草木も眠る時分。荒野へと続く山間の隘路あいろに陣を構えた共和国連合軍は篝火が頼りなく周囲の身を照らす暗闇の真只中にいた。

 闇夜の野営。今日の午後には戦闘があった。明日も戦闘があるかもしれない。英気を養っておく必要がある大事な夜。しかし、共和国連合軍の先陣にいた者たちは眠りについている暇はなかった。この日の夜に眠っていればそのまま目が覚めない事態に陥っていたのだ。


 平たく言えば、共和国連合軍先鋒部隊は屍鬼軍による夜襲を受けていた。


「だ、誰かーッ! 応援を、応援を頼む!」

「リーダーがやられた! 俺たちはどうすればいいんだ!?」

「知るか! 命あっての物種だ! 逃げろ!」


 個々の集団においては精強だった共和国連合軍だが、全体を通してみると繋がりは薄弱なものだった。異常事態に対し、持ち場に就こうなどと考える者はおらず、撤退する者が主だった先陣。その戦況はいち早く逃げ出した者から本陣にいるイノアへと伝えられていた。


「にゃーっ! どうすりゃいいのさ~! 皆まだ帰って来てないのに~!」


 眠っていたところを叩き起こされたイノアが作戦室で喚く。招集された参謀たちも策はないようで、詮なき議論を交わしていた。そんな中、シフォンからイノアに対して意見がある。


「……取り敢えず兵力の温存のために撤退したらどう?」

「馬鹿な! 戦う前から逃げることしか考えないだと? ここを取られたらどれだけ戦線が下がるか分かっているのか!?」


 シフォンの言葉に参謀総長より非難の声が浴びせられる。現時点で共和国連合軍が陣を構えているのは荒野から人類圏へと続く隘路あいろの出口。イノアが軍をまとめて移動した荒野の丘陵地帯だ。荒野から攻めて来られる分には非常に守りやすい地形をしており、確かにこの地から退いて相手がこの場所に拠点を築けば取り返すことは厳しいだろう。しかし、実際に戦った側にも言い分はあった。


「じゃあ、あんたがパリヤッソを止められるって訳?」

「ふん! 私が前線に出たところで徒に混乱を招くだけということすらエルフには理解できんと見える。イノア様、こんな奴の言い分を聞いてはなりません」

「何よ! ただの無能自慢じゃない! 実際に戦う身にもなってみなさいよ!」

「まー、まー、シフォンちゃん落ち着いてよ。んでもって君も根性論だけじゃどうしようもないよ。どう打開するかの話し合いなんだからさ」


 外の問題だけではなく内の問題にも対処しなければならないのか。イノアは内心で疲労感に溜息をつくが、それを一切表に出さずに明るく告げる。


「じゃあ、時間も限られていることだし急いで話し合いを進めるよ。問題となるのは屍鬼軍の襲来。その中でも屍鬼部隊とパリヤッソの対応が必要になって来るよね」


 各問題についてまとめていくイノア。屍鬼部隊が問題となる点については疲労なく戦闘を実行できる点。そして人よりも夜目が効く点。最後に一部の個体に確認される殺した人間を屍鬼にする能力が挙げられた。そして彼らの欠点には自立行動する程の知能がない事や生前の能力を十全に扱えないことなどが挙げられる。


 それらを聞いてイノアは頷いた。


「うんうん。この子たちについては何とかなりそうだよね」

「誠ですか?」

「流石は執政官のお孫さんだ。して、策は……」


 イノアの言葉に期待に目を光らせる参謀たち。イノアは珍しく彼らのおべっかに対して調子に乗らず自信あり気に告げた。


「ま、それはここで見てれば分かるよ。それより問題はパリヤッソだよねぇ……」


 こちらに関しては本当に意気消沈といわんばかりに溜息をつくイノア。この問題に対してはもうどこから手をつけたらいいのか分からない始末だった。


「どうしよっかにゃ~……何とかナラクモ姉妹のお姉たまたちが帰って来るまで軍を持たせたいんだけどな~……」

「何を仰るか! ここには不肖ながら共和国より引き連れた精鋭が万といるのです。あの姉妹が戻って来るのを座して待つくらいならばこちらから攻めて」


 顔に大きな傷を負っている叩き上げの参謀の一人が威勢よくそう告げたその時だ。屍鬼軍と交戦している共和国連合軍の先陣で大きな爆発音が響いた。


「な、何事?」

「ん、イノアちゃんの作戦通りだよ。屍鬼は火に弱いって聞いたからね」


 続く爆音にも平然とした態度でイノアはそう告げるとしたり顔で笑う。そこに伝令が駆け込んできた。


「イノア様! 先陣にて大火災発生! 糧秣から火の手が上がっております!」

「ん。この隙に形勢を立て直すよ! 本陣より前の中軍までの軍に告げて。敵を押し返して火の海に沈めよ! ってね!」

「か、畏まりました!」


 慌ただしく本幕を出ていく伝令。参謀たちの視線が集まる中、イノアは仕切り直した。


「んじゃ、軍勢同士の戦いが続いている間にパリヤッソをどうするか考えよっか」


 味方すらをも欺いて平然と一つの大きな策を成し遂げたイノアに畏敬の念を抱く参謀たち。彼らの視線を集める中でイノアはいつもの軽薄な笑みを浮かべながら内心で汗を流すのだった。



「あー、気分悪ぃな」


 炎の手が上がった共和国連合軍の先陣の真只中でパリヤッソは苛立ち混じりにそう告げて既に物言わぬ屍となった連合軍の兵の頭を蹴り飛ばした。ただそれだけで兵の頭は無残にも破裂し、後には首なし死体だけが残る。


「……俺様の眷属がまた減ったな。魔王軍でも数が少ない方になり始めてんじゃねぇか? おい」


 そのぼやき声に応じる者はいない。眷属にした者ではっきりとした自我を残し、彼と対等に会話出来ていた者たちは既に斃されていた。永きを生きる彼にとってここ数十年で最も痛手となる出来事だ。

 しかし、それを達成した相手のことを考えても不思議とパリヤッソに苛立ちは起きなかった。寧ろ、愉快な気分だった。


「あの糞アマの所為だ。あいつ、どんな目に遭わせてやろうか……」


 ちびだが綺麗な顔をしていた。胸もあったし、背が低いことを除けばパリヤッソの好みの女だと言える。世話役として眷属にしていたタジルや自分の分身とは思えないおかま野郎と違って傍に控えさせるのにもってこいだ。それに、あの巨大な魔力の主を手中に収めることで征服感も満たされる。


「あー、あいつの尊厳を踏み躙ってあの綺麗な顔をぐちゃぐちゃに染めてやりたい」


 泣きわめくリティールの姿を考えるだけで今から楽しみだ。その上、リティールだけでなく他にも何人か巨大な魔力を持ったいい女がいた。彼女たち全員を眷属にすればタジルの犠牲などお釣りがくるものだ。そう考えていると笑みが零れる。

 しかし、そんな楽しい思考に水を差すかのように今この場に奴らはいない。それなのに眷属が大量に燃やされて動かなくなっていく。フラストレーションが溜まってつい手元が狂いそうだった。


「なるべくきれいに殺さねぇとな……」


 半狂乱になりながら襲い掛かって来た連合軍の兵を無造作に掴んで頭部を握り潰しつつそう呟くパリヤッソ。差し当たって、彼がやることは決まっていた。


「ま、あいつらが来るまでここに居る奴等を嬲って憂さ晴らししつつ眷属を増やしておくか。余計な苛立ちで色々と台無しにしないように」


 万を超える軍勢が策が成就したと気勢を上げてこちらに殺到してくるのを前にして何の気負いもなくそう呟いたパリヤッソは焼け落ちて行く共和国連合軍の先陣の中を進むのだった。



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