第127話 亜竜と話

 亜竜が口を開く。


「屍鬼は神代の後に続く古の時代に頭角を現した種族だ。生れ落ちてすぐはそれほどまでの力を有しないが、長年生きた個体は恐るべき力を有し、かつて神の使徒に抗ったという幻魔種、竜馬種、鸞鳳種に匹敵する程の力を―――」

「や、そういう前置きはいいから弱点とか教えてくんない?」


 長々しい語りが始まろうとする前にヒメコが口を出した。それを聞いたリッカが即時抗議の声を上げる。


「パパのお話をちゃんと聞いてください!」

「や、でも時間ないし……パリヤッソが乗り込んできてここが戦場になってもいいなら話は別だけど」

「そんなのパパがやっつけてくれます! ね? パパ」

「……まぁ、来たらな。だが、リッカを危ない目には遭わせられない。ここに来る前に片付けてもらった方がいいだろう」


 純粋な娘の憧れの眼差しに微妙な感じで答えを返す亜竜。ただ、反語に続いた後の言葉には力が入っていた。それを聞いたヒメコは笑いながらリティールに告げる。


「リティールちゃんよ。ここに居たらあの厄介者はパパさんが恰好よく倒してくれるってさ。どう?」

「……あんまりいじめないの。それで? パリヤッソの弱点は?」


 呆れた様子でヒメコを窘めるリティールだが、時間がないのは本当のことだ。自分が見ていないところでパリヤッソによる被害が拡大すれば同族を増やせる分だけ不利になるのは自分たちになる。ヒメコ同様にリティールも単刀直入に尋ねた。


「日の光。ヨークの娘の記憶を読むに、日中の活動を克服している様子だが……何か裏があるはずだ。代表的な方法としては【冥樹】の命を狩り、その力を宿した宝玉を手にすることが挙げられるが……」

「あ、少し前に【冥樹】がやられたって聞いたわ。それね」

「そうか。なら、それを奪うなり壊すなりして昼に戦いを挑むのがいいだろう」


 リティールの問いに結構な早口で答えてくれる亜竜。彼でも今の状態のパリヤッソと戦うのは分が悪いのだろう。あまり関わり合いたくないようだった。そんな彼から出された答えに対しヒメコが疑問の声を上げた。


「日の光、ねぇ。そんな分かりやすい弱点があるのに昼に出て来てたってあいつ馬鹿なのかな?」


 ヒメコはまだ日が出ていた時間に戦闘を仕掛けて来たパリヤッソの意図を計りかねて首を傾げる。それに答えたのはベルベットだった。


「日が出ていても自分たちの動きは止まらないという示威行為の可能性もあるわ。ただ……」


 ベルベットは顔を顰めて脳裏に過った嫌な考えを吐露する。


「さっきの時間に様子見で攻勢に出た後、自分たち屍鬼軍にとっては本来の力を発揮でき、人間側にとっては行動の鈍る夜間に本格的な襲撃をかける可能性もあるわね」

「あっはっは。イノアがヤバそう」

「笑い事じゃないわよ。シフォンとコーディもいるのよ?」

「イノアの心配はしてないのね……」


 ベルベットにすら見捨てられているイノアのことを少し憐れむリティール。その様子を黙って見ていた亜竜だが、彼の視線を受けてヒメコが言った。


「なーに? まだ何かあんの?」

「……屍鬼には火も有効だ。覚えておくといいだろう」

「おー、それはリティールちゃんの経験則が当たってたね。水はダメ?」

「……まぁ、ないよりはマシ。程度ではないか?」


 亜竜の言葉にヒメコは軽い調子で「ダメか~」と呟いてロザリアの方を見た。


「ロゼっちの方が相性いいみたいだし、あたしは今回防御に徹そうかな」

「あんなのと相性が良くても何も嬉しくないですが、ヒメコさんが仰るならまぁ」


 ナラクモ姉妹の方で話は付いたようだった。リティールは取り敢えず亜竜から聞ける役に立つ話はこれくらいだろうと判断し、魔眼を使用して切り出した。


「……で、見返りは何がいいのかしら?」

「ほう、話が早いな……」


 亜竜は感心した様子でリティールにそう告げた。彼が見返りを期待してリティールたちにパリヤッソの話をしていたことには気付いていたリティールだが、相手の欲がそれほど大きくないことと他に打つ手がなかったことから先に情報を入手することを選んでいた。


(さて、何を欲しがるのかしらね。龍の傍流に属する古代種は)


 警戒するリティール。そんな彼女を見て亜竜は少しだけ笑った。


「何、そう警戒する必要はない。この子に外の世界の話をしてほしいのだ」


 リッカに視線を向けてそう告げる亜竜。彼は続けて言った。


「我々は人の世となったこの時代に外の世界に出て無用な混乱を招くのを嫌い、このような僻地に住んでいる。そのため、娯楽がなくてな……」

「……お姉さんたち、リッカにお話ししてくれるんですか?」


 控えめながら確実に期待している目を一行に向けるリッカ。その視線を受けて一行は顔を見合わせた。その顔は困惑の色を浮かべている。


「どうしようかしら? 私は急に振られて話せるような楽しい話は知らないわ」


 リティールの言葉にリッカは少ししょんぼりした。しかしすぐに気を取り直してその隣にいる人に目を向けた。それがヒメコだったのでリッカは微妙な顔になったが彼女が何か言うより先にヒメコが笑いながら告げる。


「あっはっは。あたしらの武勇伝はお子様にはまだ早いかな~」

「私は子どもじゃありません! あなたたちより数十年以上長生きしてます!」

「え~? でも竜にとっての十年って人間換算で幾らよ?」

「えと……」


 亜竜に縋るような目を向けるリッカ。彼は静かに首を横に振った。どうやら保護者からストップが掛けられたようだ。仕方がないのでリッカは更にその隣、ロザリアに目を向ける。彼女は僅かに笑いながら少女の視線に答えた。


「ヒメコさんの話でしたら何時間でも語りますが?」


 リッカはその目に狂気を見た。彼女は何も聞かなかったことにして最後にエルフの美女に目を向ける。彼女はリッカに少女でもわかる憐憫の眼差しを向けていた。


「……そんなに面白い話じゃないかもしれないけれど、無難に私たちがエルフの森を出て人の世で動いていた旅の話でもしてあげましょうか?」

「う~……出来れば面白い話がいいです……」

「じゃあ、最近面白いと思った本の話でもしてあげましょうか」

「……取り敢えず、聞いてみます」


 聞く前よりも明らかに気落ちしているリッカに対し、ベルベットは話を始める。何気に亜竜も楽しみにしている様子で彼女の語りに聞き入っていた。


(……どこかで聞いたことがある話ね)


 ベルベットの語りの導入の時点でリティールは話の流れが読めた。暇を持て余して学園都市で読書に耽っている彼女だ。ヨークの里を出てからの流行の本であれば大体目を通していたので無理もない話だった。


(少し時間も余裕も出来たことだし、リアと話でもしましょうかしら?)


 相手の弱点を聞けたことで少し精神的に余裕を見出せたリティールは彼女の愛妹も安心させようと魔具による通話を行うか考える。しかし、その考えはあまり良いと思えなかった。


(この場に張られた結界やパリヤッソが活動してるかもしれないことを考えると悪手かもしれないわね。またの機会にして……)


 リティールがそう思案をしている最中の出来事だった。ベルベットが不意に語りを中断して話を聞いていた面々に焦りの表情を向ける。一番最初に反応したのはなんだかんだ話に聞き入っていたリッカだった。


「どうかしたんですか?」


 彼女の問いに答えず、ベルベットはリティールたちに告げる。


「……シフォンに持たせていたプチ・マ・スライムからのお守りが壊されたわ」

「つまり?」

「パリヤッソが動いた」


 ベルベットの端的な言葉にリティールたちは無言で顔を見合わせたが、次の瞬間には急いでこの場から出て戦場に向かうべく準備を整え始める。


「やっぱり、夜襲が目的だったみたいね」

「マズいな~間に合うかな?」

「……待て。まだ話の途中だ」


 話を中断してシフォンたちの下に合流しようとする一行を止める亜竜。彼の頭の中では今から行ってももう間に合わないだろうという公算が成り立っていた。そのため今から無理して向かうよりも準備を整えて戦ってほしいと考えたのだ。そんな考えを持ってそれを実現させるために口実として出した一言。それに対しヒメコはあっけらかんと答える。


「じゃ、ベルちゃんはここでお話してて」

「そうですね。私たちだけで行った方が早いです」


 黙り込むベルベット。彼女の中で色々と葛藤が生まれているのだろう。弟子たちを放置してここでのんびりお話をしていてもいいのだろうか。しかし、行ったところで自分に何が出来るのか。実際に足手纏いになるだけならここに残って義理を果たした方がいいのではないか。


 様々な思考の末、彼女が出した結論は―――


「シフォンとコーディを頼んだわ」


 ここに残るということだった。それを聞いてヒメコはにんまりと笑う。


「あたしらが行った後、生きてたらね」

「じゃあ、猶更ここで引き留める訳には行かないわね」

「あっはっは! いい頭してるよ。じゃ、あたしらは行くとしましょうか!」


 そう言うと小屋を飛び出したヒメコ。追ってロザリアが、そしてリティールが最後に短く亜竜に礼を言って小屋を出る。小屋に残ったベルベットは一つ息を吸って亜竜とリッカに向き直って仕切り直す。


「それじゃあ、ここからは即興で……本よりつまらない話になるかもしれないけれど―――私を助けてくれた英雄。そして、屍鬼を倒す英雄たちの話でもしましょう」




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