第126話 亜竜の住処

 山を越え谷を越え。ベルベットに先導されてリティールたちは未開の森の中でも特殊な場所に入ろうとしていた。


「……私が言うのもなんだけれど、凄い体力ね」


 強行軍と言っていい速度で移動したリティールたちに向けてベルベットは感嘆の声を漏らす。森育ちのエルフが周囲に全く配慮せずに森の中を駆け抜けたというのに誰も不満の一つも溢さずに平然と追随していたという事実に驚きを隠せない様子だ。

 特にリティールは常に物理的に浮いていたので魔力の消耗が激しいはず。しかし、実際には涼しい顔をして亜竜の住処まで到達してしまった。


「まぁ、私も森育ちだしね」

「町育ちだけどこの程度で疲れる程軟なつくりはしてないよ~」


 パリヤッソは規格外だったがこの三人も大概だなと思いつつベルベットは目的地を示す結界の前に到着したことを全員に伝える。


「ここよ」

「成程ねぇ。これは見つからない訳だ。精緻な作りしてるよ」

「まぁ中々ね。で、どうやって入るのかしら?」


 リティールの問いにベルベットが答えるよりも先に結界が揺らめいた。そしてその先の光景が正しく映し出される。森の中にあったと思われた彼女たちだが実際は既に森を抜けて荒野の入り口に立っていたようだ。そして、少し遠くの空にはこちらを見下ろす巨大な影がある。


「どうやら歓迎されてるみたいね」

「らしいわね……」

「楽でよかった。んじゃ、入ろ~」


 警戒するリティールをよそにヒメコは呑気に結界内へと入った。ロザリアもそれに続き、ベルベットも入ったのを見てリティールも難しい顔をしながら結界内へと足を踏み入れる。

 全員が入ったところで結界は閉じた。閉じ込められた形になる一行だが慌てる者は誰もいない。それだけの実力があることを各々が自負していた。


「で、どーすんのさ。リティールちゃんちょっと降りて来てくれるように言ってきてくれない?」

「……別にいいけど、その前に向こうから来るみたいよ」

「お?」


 リティールの言葉によって彼女の視線を辿ると巨大な影がこちらに向かって近づきつつあった。その巨体に見合わず速い。一行がそんな感想を抱いている間に接近して来た影。その姿は一言で言えば巨大なトカゲのような姿をしていた。

 だが、そのサイズが違い過ぎた。雄大さを覚えるまでの巨大な四本足には分厚いと言うには大き過ぎる鋭い爪が並んでおり、その一つ一つが人間の頭程のサイズの赤い鱗に覆われた胴体の背には外見こそ蝙蝠に似た、だが全く異なる一対の翼がある。

 そしてその巨体が着地と共に地面を揺らすと共に鋭い牙が並んだあぎとが開くと重低音の声が脳内に直接響いて来た。


『恐るべき力を持つ子たちよ。何用だ?』


(前回はエルフの子よ。って言ってたわよね……亜竜から見てもやっぱり恐るべき力を持ってるのね……)


 ベルベットは見た目は自分よりも幼い子どもたちのことを見ながらそう思った。それはさておき、リティールが尋ねる。


「パリヤッソって知ってるかしら? 屍鬼の」

『パリヤッソ……? 少し、頭を覗かせてもらうぞ。そちらの方が早い』

「頭を覗く、ね……変な真似したらただじゃおかないわよ?」

『嘘は言わん』


 リティールは魔眼を使ってしっかりと確かめた後に大人しく自身に張っていた魔力の結界を解いた。亜竜はそれを見て静かにその巨腕を持ち上げ、鋭い爪の一本を彼女の頭に触れる。


「これで亜竜さんがくしゃみでもしたらリティールちゃん死にそう」

「縁起でもないこと言わないでちょうだい」


 ヒメコが笑いながらその様子を見守る中、亜竜は静かに爪を地面に降ろした。


『屍鬼……聞いた時は思ったが、まさかまだ生き残っていたとは』

「あんな強い奴がそう簡単に死ぬわけないじゃない。それとも何? 何か絶滅する要因でもある訳?」


 かまをかけてみるリティール。亜竜は巨大な顎を開いて人間にはよく分からないが笑みの様な物を浮かべたようだった。


『それを知りに来たのであろう?』

「……話が早いわね。じゃあ、教えてくれるのかしら?」

『まぁそう焦るでない。久方ぶりの森の外の来訪者。こんなところで立ち話もなんだ。我が住処に案内するとしよう。話はそこで、だ』


 亜竜はそう言うと翼を広げ、再び宙に舞い上がった。そして一行に告げる。


『付いてくるがいい』


 来た時と同じ速度で飛び始める亜竜。ベルベットはそんな速度で障害物を無視して移動は出来ないと静観の構えを取ったが、ヒメコがロザリアに指示を出した。


「ロゼっち、ベルちゃんを抱っこしたげて」

「私はヒメコさんを抱っこしたいです」

「ん~、また今度ね」

「約束ですよ?」


 ロザリアにお姫様抱っこされるベルベット。一行は崖や岩などを殆ど無視して最短距離で亜竜に追随した。


 それなりの速度でしばらく移動した先にあったのは一軒の大きな平屋だった。


『少し待つがいい』


 簡素な造りの一軒家の前に降り立った亜竜はそう言うと光り輝きその姿を小さくし始める。光が次第に収まった後、そこに立っていたのはスケイルメイルをその身に纏った三メートル近い大柄な壮年の姿だった。


「……待たせたな。中には我の娘がいるが、妙な真似はしないでくれ」

「そっちの態度次第だね」

「リッカは素直な子だ。あの子の態度もそちら次第と思え」

「ふーん」


 何やら牽制しあっているヒメコと亜竜。リティールはどうでもいいのでさっさと話を聞きたいと思いながら大きな扉に目を向ける。


(……誰か家の中からこっちを見てるわね。それがリッカとか言う子かしら?)


 こちらを窺っている気配に対し、リティールは警戒だけしておく。そんなギスギスした空気の中で亜竜が溜息をついてから大きな扉を開いた。その途端、小さな影が家の中から飛び出して来る。


「パパ!」

「リッカ。危ないから隠れておくように言っただろう?」


 小さな影を抱き留めながら瞬時に周囲を警戒する亜竜。彼の警戒に反してその場にいる誰かが何か敵対的な行動を取るということはなかったが、ヒメコが揶揄うようにリティール程の大きさしかない少女に対して口を開いた。


「お嬢ちゃん、ちゃんと怖い人たちが来た時は隠れておかないと。何されるか分からないよ?」

「でも、私にはお姉さんたちが怖い人には見えません。それに、パパがお家に連れて来たってことは大丈夫な人です!」

「あっはっは。人を疑うってことを知らなさそうだね~? 残念ながら今回のパパはあたしらを君のお家に連れて来たくて連れて来たわけじゃなくて、放っておいても家を探り当てられるから仕方なく連れて来たんだよ」


 正鵠を射ているが、わざわざ言わなくてもいいことを言って少女の反応を見ているヒメコ。少女は可愛らしい顔を不満げにむくれさせて否定して来た。


「そんなことありません。パパの結界は凄いんです!」

「どうかな~? ちょっとそのパパさんに訊いてみようか?」

「……ヒメコ。子どもの夢を壊してないで彼の話を聞きましょう。あんたもそれでいいわよね?」

「出来ればそうしてもらえると助かる」


 微妙に情けない亜竜に連れられて一行は亜竜の家に入る。リッカと呼ばれた黄色の目を持つ栗毛色の長い髪をした美少女は亜竜から離れず、彼に隠れるようにヒメコを敵視していたが、亜竜に言われてお茶を淹れに席を外した。その隙に亜竜はヒメコに苦言を呈す。


「不用意にあの子を怖がらせる真似は止めてくれ」

「だって純情無垢そうな子だったから……」

「話を聞きに来たのであって喧嘩しに来たんじゃないわよ。あんたからも何か言ってあげなさい」

「意地悪なヒメコさんも素敵です」


 ダメだこの姉妹。リティールがそう思ったところに件の美少女が戻って来てお茶を出した。


「それでは、屍鬼の話をするとするか」



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