第123話 嵐の後
「……いや~、ヤバかったねぇ」
「ヒメコさんが無事でよかったです」
パリヤッソが去った後も警戒を続けていた一行。彼女たちはリティールが警戒を解いたのを見てようやく息をついた。
「……厄介なことに巻き込んでくれたわね」
息をついた一行をリティールは睨みながら怨み言を吐く。それに対し、ヒメコは視線をそのままイノアに向けて言った。
「それを言うのはこっちの方だよ~イノアさーん? 話が違うんじゃない?」
「にゃっ!」
恨めしげな顔をするリティールに対し、ヒメコはイノアを生贄に差し出してきた。ロザリアが一瞬でイノアを捕縛して連れて来るが、どうやら彼女たちもイノアに言いたいことがあるようだ。しかし、彼女たちが何か言い出すよりも先にイノアが喚き始める。
「ナラクモ姉妹のお二人さん、話が違うのはこっちの方だよまったく! 逃げられちゃったじゃん! どうするのさー!」
彼女の口から出たのは逆ギレの言葉だった。ヒメコはそれを聞いて肩を竦める。
「死ぬよかマシでしょ。それよりあんな規格外の化物なんて聞いてないんだけど? 私らじゃ荷が重過ぎる。金積み直して姉さんたちに頼みな~」
「にゃにゃっ! 無責任というものだよそれは! お二人にはこの戦いの予算をどれだけつぎ込んでると思ってるの! 依頼はきっちり果たしてもらうよ!」
「揉めるのは後でやってくれないかしら。それより私を巻き込んでくれたこと、どう責任を取ってくれるの? 目をつけられたんだけど?」
リティールが魔力を発しながら怒り混じりにそう告げるとヒメコとロザリアは顔を見合わせて無言でイノアを解放し、リティールの前に差し出した。リティールの目がイノアに向く。それを受けてイノアは愛想笑いに揉み手まで付け加えて上目遣いで口を開いた。
「え~、この件につきましては誠に遺憾でして~」
「殺すわよ?」
「ひぇっ……」
ふざけた調子のイノアにリティールは割と本気で怒っていた。
「あんたがあの化物を連れて来たことであいつは私の魔力を見て、覚えたの。これがどういう意味だか分かるわよね?」
魔力を覚えられた。そして学園都市での奇襲の一件。これらはつまり、パリヤッソが生きている限り、リティールが安心して定住生活を送ることすら難しいということを意味していた。
「はい! それはもう!」
リティールの迫力にイノアは首を縦に振る。リティールはそんな彼女を睨みつけながら語気を強めた。
「責任取りなさい。さっさとあの化物を倒すのよ」
「それがですね、私たちだけじゃ……」
怒りのあまり無意識に魔力を辺りに発し、威圧的になっているリティールに対して言葉を濁し、目を逸らすイノア。そこにヒメコが口を挟んできた。
「姉さんたち呼べば? 不本意だけど討伐失敗なのは確かだからあたしたちは前金だけ貰って退散するよ」
「こーまーりーまーす~! そんなことになったら今回の作戦の根本的な見直しに繋がって大問題になるんだからね!」
「困るのはあんただけでしょ? ま、確かにあたしたちも依頼失敗で多少評判が落ちるかもしんないけど……その辺は姉さんたちが取り返してくれるでしょ。大丈夫。あたしたちの不始末だから値引きには応じてくれると思うよ~」
「うぐぅ……」
可愛らしい顔で歯噛みしながらイノアは周囲に何か自分の助けとなるような物がないか確認する。だが、ここにいるのは依頼達成を諦めたナラクモ姉妹に成り行きで強敵と戦う羽目になったエルフたち。そしてお怒りのリティールだけだ。誰も彼女の味方になってくれるような者はいない。そんな中、リティールが口を開く。
「……ヒメコ、でいいのかしら? その、姉さんたちって言うのは強いの?」
「ヒメコでいいよ~。で、姉さん? 強いよ。一番上の姉さんがあたしとロゼっちが束になってようやく相手になるくらい。二番目の姉さんはそれには及ばないけど、少なくともあたしたちよりは強いね」
「……さっさと呼んできなさい。援護位はするわ」
実力に申し分はなさそうだ。ナラクモ姉妹の魔力に阻まれて感情が読めないのが残念だが、嘘を言っているようにも見えない。リティールはそんな人たちがいて妹の不始末の責任を取ってくれるなら我が身、そして彼女の守るべき人々は大丈夫だと安堵の息をついた。だが、ロザリアが申し訳なさそうに告げる。
「申し訳ないですが……カリノ姉さんとタマラ姉さんはよっぽどのことがない限り家から出ないので……私たちからお願いして、交渉が上手く行ったとしても出て来るのは来年になるかと……」
「遅いわよ!」
「そーだよね! イノアちゃんもそう思う! だから今、ここにいるメンバーで何とかパリヤッソを倒そー! おー!」
威勢よく声を上げるイノアに向けられたのは白い目だった。そんな中、エルフたちも嫌そうな顔をして口を挟んだ。
「……そのここにいるメンバーの中に私たちは入ってないわよね? もう退散してもいいかしら」
「ちょ、ちょっとお待ちをベルベットお姉さま。お姉さまたちの援護、大変助かりました。いやー、流石はフラードの町で大活躍されただけのことはありますよ! 危険手当出しますのでもうちょっとお力添えをいただけませんか?」
「イヤよ。厄介ごとに首出して死にかけるのはもうたくさんだわ」
エルフのまとめ役、ベルベットがイノアの頼みをきっぱり断って踵を返そうとした時、リティールが口を挟んだ。
「ちょっと! あんたたち私にあんなのを押し付けておいて自分たちは帰ろうって訳?」
「……心苦しい限りだわ。でも、私たちはあなたたちほど強くないの。そもそも、プチ・マ・スライムのお守りがなければ普通に戦う資格すらないわよ」
肩を竦めながらそう告げるベルベット。リティールはその話とイノアが口にした話や彼女の名前から彼女がシャリア達と関係のある人物だと気付いた。そして少し悩み始める。
(折角リアが助けたエルフなんだからむやみに危険に晒さない方がいいかしら?)
「……わかってくれたのかしら?」
リティールの沈黙をベルベットたちの撤退の了承と受け取ったのか、ベルベットがそう尋ねる。それを止めたのはまたしてもイノアだった。
「にゃー! 慌てない慌てない! 結論はまだ出さなくても大丈夫でしょ!」
「先延ばしにしても結論は変わらないわ。なし崩し的に戦いたくないの。失礼させてもらうわ」
「……そうね。折角リアに助けられた命、大事にしてほしいわ」
リティールが出した結論はエルフたちを巻き込まないというものだった。だが、その言葉を聞いたエルフたちは足を止める。
「リア……?」
「何よ、あんたたちリアとレインスに助けられたんでしょ? 黒いスライムの群れから」
見知った名前を聞き、顔を見合わせるコーディとシフォン。彼女たちの前に立っていたベルベットは少し言葉を選んで告げた。
「リアが指す人物の名前を聞いていいかしら?」
「シャリアよ。私の妹なの。あなたたちの話は聞いたことがあるわ……すぐに無茶するみたいだけど、今回は無理しないでいいわ」
シャリア視点のベルベットは双子の少年、アンドレとマリウスを助けるために危地に飛び込んだ危なっかしいエルフだ。だがしかし、ベルベットからしてみればあの時はたまたまそうなっただけの話。額に手を当ててリティールの言葉を否定する。
「あの時は偶然よ。日頃から無茶なんてしてないわ」
「その割には今回もパリヤッソと戦ってたみたいだけど」
「……今回も成り行きよ。さっきも言った通り、プチ・マ・スライムがくれたお守りがなければ私たちも普通の傭兵団と同じようにあの場で昏倒してたわ」
「ふーん……」
シャリアとの情報の差異についてあまり納得していない様子のリティールだが、今はそんな些事で揉めている場合ではないのでいいことにした。
「まぁいいわ。取り敢えず危ないことは止めておきなさい。そして、イノア。あんたは責任持ってパリヤッソをどうにかするのよ」
「酷いよー! 巻き込むように指示出したのはイノアちゃんじゃないのにー!」
「……ならそこの二人も一緒に考えるのよ」
指名されたヒメコとロザリアは軽く肩を竦めながらもリティールの言葉に反論はせずにこの場でどうするか考えるのだった。
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