第122話 味見

「来たのはあなた一人なの!?」


 この場に颯爽と現れた黒髪の美少女を前にしてリティールが鋭くそう尋ねると彼女はふにゃりとした笑みで頷いた。


「えっへへへ~……ごめんね?」

「~ッ! あんた一人じゃ足りないわよ! さっさと……」


 リティールの文句は最後まで言うことが出来なかった。目前にいたパリヤッソの魔力が爆発的に増えたからだ。ただ臨戦態勢に入った。それだけで二人を黙らせたパリヤッソは肩を竦めて告げる。


「……ま、お試しの時間はここまでだ。後で眷属にしてやるんだから精々バラバラにならねぇように気張れよ!」

「来るわ! あんたが前で私が後ろよ!」

「わかってる! 【離解】、【裂砕虎姫】!」


 迫りくる暴威に即興のコンビネーションで応対する美少女たち。反応は出来た。対応もまずまずだ。だが、完全に押されていた。


「水龍掌!」

「魔素纏身!」

「ざってぇんだよ!」


 攻勢のギアを上げる美少女たちだが、パリヤッソが腕を振り払うだけで攻撃が掻き消される。ヒメコも決して弱くはない。リティールの魔術によるサポートありきの話だが、規格外の怪物パリヤッソと正面切って戦うことが出来る程の強者だ。

 だがしかし、彼女だけでは手数が足りていなかった。今すぐ他に戦っていた者たちもこの場に連れて来いと文句を言いたいリティールだが、それを脳内で言語化する暇さえ惜しい濃密な攻防が目前で繰り広げられている。リティールは攻撃の魔術を差し込む隙も殆どない中で牽制を行ってはヒメコを守りながら僅かな間隙を見出してパリヤッソに攻撃を行う。

 ただ、正直に言ってあまり息が合わなかった。前に出て戦っているヒメコが使っている魔術はパリヤッソ相手には効果の薄い水魔術。それはリティールが北の大地でパリヤッソの分体と戦った時の経験から現在使用している炎の魔術とも相性があまりよくなく、コンビネーションにも不適だった。


「あんた! パリヤッソ相手なら水より火の方が効くわ! 合わせなさい!」

「ごめん! 私、水魔術しか使えない!」

「~ッ! だったら白兵戦に徹しなさい! 魔術はこっちで何とかするわ!」


 攻撃の手を止めて防御に徹しながら稼いだ時間の会話。当然、それはパリヤッソにも聞こえている。しかし彼は鼻で笑っていた。


「ハッ! お前の魔術程度、どっちにしろ変わんねぇよ! 俺をどうこうしたいならそっちのチビ並の魔術師連れて来な!」

「私のなら効くって訳ね? ならとくと味わいなさいよ!」

「おせぇ!」


 リティールが渾身の力で放った火炎弾にパリヤッソはヒメコが繰り出した攻撃の手を掴んでそのまま力任せに彼女を火炎弾に投げつける。リティールはそれを冷静に躱してパリヤッソにのみ火炎弾が当たるように操作するが、操作のために速度も威力も殺された魔弾ではパリヤッソに掠ることすら出来なかった。


「ハッハ! お前ら、個人個人の方がまだ強かったぜ? 互いに足引っ張ってばっかだな!」


 二人のお粗末なコンビネーションを見て笑うパリヤッソ。ヒメコは宙で身を翻して無傷で着地しながらも悔しげな顔を見せる。

 一瞬の間。視線が交差する。

 そんな折に凄まじい勢いで矢が飛んできた。的にされたのはパリヤッソだ。彼はそれを片手で払うと怠そうに、忌々しげな表情を見せる。そこに一瞬の隙を見出したヒメコが強烈な踏み込みで疾駆し、下段蹴りを見舞うとパリヤッソは無言でその場を大きく飛び退いた。ヒメコは矢が飛んできた方向を見もせずに喜びの声を上げる。


「遅いよ、ロゼっち~!」

「すみません、ヒメコさん。ですが、準備出来ました!」


 合流して来たのは栗毛色のセミロングの髪をした美少女だった。そしてその後ろにはエルフの精霊騎士が三人並んでいる。栗毛色の髪をした美少女は後方のエルフに短く尋ねる。


「ベルベットさん、もう動けますね? あの方と一緒に援護をお願いします」

「……はぁ。人使いが荒いわね……シフォン、コーディ、行けるかしら?」

「勿論!」

「頑張ります!」


 エルフ三人が矢をつがえる。三人はそれぞれ狙いを定めて矢を射る。それに並走して栗毛色の髪をした美少女も地を駆けた。


「来やがったな……どーすっかなぁ。ダリいんだよ、こいつら揃うと」


 面倒臭そうにそう呟いて片手で生み出した闇によって矢を払い落し、肉薄して来たヒメコとロザリアを相手取るパリヤッソ。踊るような二人の見事なコンビネーションによりパリヤッソは余裕を奪われ、動きに遊びがなくなる。そこに矢が飛んできてパリヤッソは面倒臭そうに術を使う。


(成程。こういう形なら……)


 リティールは自分の役目を理解した。次は自分も援護に入る。そう思いながら機を窺うリティールだが、その前にパリヤッソが何かに気付いたようだ。


「あー……ちょいと軍から離れ過ぎたか……爺が死んでっから面倒くせぇな。だぁれも屍鬼軍の強みを活かせてねぇ」


 ヒメコたちが来た方向を見ながらパリヤッソがぼやいた。その瞬間。彼の身体の側面に滑るような滑らかな動作でヒメコが笑みを浮かべながら割り込む。


「喋ってる暇があるのかな~?」

「ヒメコさん。合わせてください!」

「はいよ、ロゼっち!」


 パリヤッソの燕尾服を掴んで力任せにロザリアの方へ投げつけるヒメコ。強烈な勢いで宙に浮かされたパリヤッソは体勢を立て直すことも出来ずにロザリアの下へと届けられる。その投げつけられた勢いをそのままに、ロザリアは拳を振るった。


「がッ……」


 パリヤッソの背から腹部が貫かれる。喀血するパリヤッソ。だがしかし、ロザリアは止まらない。


「砕け散りなさい!」


 声と共に大規模な爆発が生じる。パリヤッソは身体の中心からロザリアの魔力を流し込まれ、瞬く間にパリヤッソは爆発四散した。


「いえーい。ロゼっちだいじょぶ?」

「はぁ……今回はどうなることかと思いましたよ」

「馬鹿! 【烈風ウィシール】!」


 勝利ムードの中で気を緩めた二人にリティールから叱責と魔術が飛ぶ。


「きゃっ」

「もー何すんの、さ……」


 二人を突き飛ばした突風に文句を言おうとした次の瞬間、彼女たちの目の前には先程斃したはずのパリヤッソの拳が迫っていた。


「チッ、そういやそうだったな……」


 間一髪。辛うじてパリヤッソの凶手から逃れた二人。しかしパリヤッソの興味は彼女たちにはなく、その後方で彼女たちを突き飛ばしたリティールにあった。


「お前は知ってたな」

「そうね。この程度であんたが倒せるなら私は苦労してなかったわ」


 ヒメコとロザリアの動きを横目で見ながら油断なく体勢を立て直すパリヤッソ。彼はリティールを睨みながら空を見ながら呟いた。


「あー、軍の方を立て直しに戻ろうかと思ったが……」


 そこで一旦言葉を区切ったパリヤッソ。だが、次の瞬間には影となり、リティールの目前まで迫っていた。


「―――やっぱお前、ここで死んどくか?」


 ほぼノータイムで張ったリティールの魔炎越しにパリヤッソから濃密な殺気が発される。だが、リティールは一歩も引くことなく毅然と告げた。


「お断りよ」

「ふん……生意気な」


 前衛を抜かれて後衛に直接接近されるという危険極まりない状況に陥り、即座にパリヤッソの後方に迫るヒメコとロザリア。しかし、パリヤッソは彼女たちに構わずに宙に浮いた。


「まぁいい。馬鹿どもの所為で遊んでられなくなっちまった……この場での勝敗は預けておいてやるから後で取りに来い」

「逃げるなー! 卑怯者~」


 何故かろくに戦っていないイノアが声を上げた。パリヤッソは至極つまらないものを見る目で彼女の方を向いて尋ねる。


「あん? お前から殺されてぇか? 別にいいんだぜ?」

「ぴぃっ!」


 縮こまり、周囲に助けを求めるイノア。しかし、そんな些事に関わるのも面倒だと言わんばかりにパリヤッソはリティールだけを見据えて告げる。


「あばよ。今度はちゃんと迎えに行ってやる」

「……事前に連絡しなさい。迎え撃ってやるわ」

「はっ! 考えといてやる」


 そう言い残すとパリヤッソはこの場から高速で去っていくのだった。



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