第121話 一対一
(……来たわね)
シャリアと少し揉めることになりながらも
「おぉっ! 何が出るのかな!?」
迸る魔力が回路に乗せられた魔術陣の後ろからイノアがどこからか取り出した安全第一と書かれたヘルメットを着用して騒ぐ中、リティールは女王の宣言の様に高らかに唱えた。
「【
炸裂。紅蓮の
―――だが。
「……おい、随分な挨拶じゃねぇか」
リティールが魔力で検知していた巨大な魔力の持ち主はその炎嵐でも痛痒も感じていない様子でリティールに急接近していた。
「危ない!」
辛うじてその接近を視認出来たイノアが声を上げるがその前にリティールは行動に移している。風の魔術で自らを吹き飛ばしてその男……パリヤッソから距離を取っていた。パリヤッソはそれを追うことも出来ただろうが、彼は会話を優先してかその場から声を掛ける。
「お前、カマ野郎と爺を殺った奴だな?」
ぎらついた目でリティールを見定め、睨みつけながら事実を確認するパリヤッソ。対するリティールは空中から油断なくパリヤッソを睨みながらその問いに答えた。
「誰のことだかよく分からないわね」
「はっ! 生意気な奴だ……まぁいい。あいつらの穴埋めにはなるだろ。眷属にしてやるから光栄に思え」
「死んでもお断りだわ!」
紅蓮の炎がリティールの周囲から発される。それに対してパリヤッソはその端整な顔を狂気の笑みで歪めて吠えた。
「なら殺してやるよォッ!」
迫りくるリティールの炎を軽やかに躱し、地面に罅が入るほど強烈に地を蹴って宙に浮かぶ術者に接近するパリヤッソ。リティールも空中を急旋回してそれを避け、更に炎による追撃を入れた。速攻の一撃。不可避の一撃だった。
「ふん」
ただ、リティールの炎はまたしても空を切ることになる。パリヤッソの背に蝙蝠のような翼が生えたかと思うと宙を自在に飛び始めたのだ。リティールは苦い顔をして呟く。
「飛べるなら最初から生やしてなさいよ」
翼なしで飛んでいるのは自分の方だが、リティールはパリヤッソ相手にそう毒づくと彼と距離を取るように炎弾を張りながら周囲の魔力の状態を探る。
(……馬車はそれなりに逃げてるわね)
最愛の妹と同居人、それとおまけたちが乗っている馬車は順調にこの場所から距離を取ることに成功していた。だが、油断は禁物だ。目の前にいる怪物にとって馬車が懸命に作った距離は一瞬で詰めることが出来るもの。リティールはまだ時間稼ぎをする必要がありそうだった。
それはそれとして、リティールは馬車と逆方向の魔力を感知して顔を顰める。
(さっきまでこいつと戦ってた5人組、何考えてんのかしら? イノアとか言う子に助けを求めさせて私にこいつを押し付けてるのに、呑気に休憩でもしてるのかしら? ふざけてるわね……)
リティールがパリヤッソの眷属の多くを炭に変えてからというものの、彼と戦っていた五人組は一向にこちらに近づいてこようとしない。リティールとしては五人組と協力して目の前の怪物と戦う算段だったのが崩れてしまう。
(……このままだとマズいわ。最悪、三人で逃げることも考えておくべきね……)
最悪、【
「さっきの奴らといい、ちょこまかうっぜぇんだよ!」
だが、パリヤッソはリティールの目論見にすぐに気付いたようだ。敵が一致団結することを嫌ってリティールの誘導には乗らなかった。それどころか逆にリティールを五人組とは別方向に移動するように攻勢に出た。
「くっ……」
「どォしたどォした! 威勢がいいのは最初だけか!?」
リティールの身を守るように展開されている炎のことも意に介さずに肉薄してくるパリヤッソ。魔力が薄ければ効果も薄いと判断したリティールは攻勢用の炎の展開を止め、防御用の炎に力を入れる。
「はぇ~……すっごい」
地上から戦闘の余波を避けつつ見ていたイノアが感心の声を上げる。パリヤッソによる猛攻とリティールによる炎の精密操作の拮抗は離れていても見応えのあるものだった。だが、その拮抗の最中にいる当人はそう思わなかったようだ。
「あぁ、うっぜぇ……ウッゼェんだよぉぉおおぉぉッ! 【
「っ!」
パリヤッソの怒声がリティールの身を竦ませる。その瞬間、パリヤッソは反射的に拳を繰り出した。必殺の凶手。その貫手はリティールが纏う炎の隙間を縫って彼女に肉薄。地上で見ていたイノアが声を上げる。だが、その拳は少女の柔らかな肌を傷つける前にずたずたに引き裂かれた。
「チッ、そう甘かねぇか……」
どす黒い血が吹き出す重傷にも構わず手を引き抜き、追撃してくるリティールから距離を取って血を舐めるパリヤッソ。ようやく傷らしい傷を与えたリティールだが、その傷もすぐに修復される。
「まったく、嫌になるわね……」
「こっちの台詞だ。さっさと死んで眷属になりやがれ 【血刃】」
血濡れの手を振るい、その血を刃と変えてリティールに攻撃するパリヤッソ。それと同時に前に出た。リティールは高速移動してくるパリヤッソを警戒しながら血の刃を炎幕で蒸散させる。そして気付いた。
(ッ! 一本、変なのが!)
一本、通常の炎では溶かし切れない血刃があるのに気付いたリティールは即座にその一点に関して魔力を高める。その一瞬。パリヤッソから気を逸らしてしまった。
「オラよ! 余所見してんじゃねぇ!」
「ッ! 【
咄嗟に張った金属の防御膜。だが、それは当然のように破られた。リティールは地面に墜落し、背中を強打する。落下途中で魔力による操作をしていても衝撃は吸収しきれなかった。息が詰まり、視界が明滅する。
「~ッ!」
しかしそんなことを気にしている余裕はない。パリヤッソはリティールを殺しにかかっているのだ。追撃が来る。リティールはその場に金属の半球体を生み出して自らを保護しにかかった。
「【
自ら光を閉ざすリティール。対するパリヤッソは落下エネルギーを一切そぎ落とすことなくその金属の球体に突撃して来た。
「甘ぇんだよ!」
凡そ生物が生身で奏でる音ではない破砕音が響き、リティールを覆っていた金属の殻が割れる。
刹那。炎の魔手が唯一の逃げ道を見つけたかのようにパリヤッソがこじ開けた穴から彼の下へ殺到した。
「うぉっ、正気か!?」
密閉空間内で自らの周囲を大炎上させるという自らを危険にさらす真似をしていたらしいリティールの正気を疑いながらその場を飛び退くパリヤッソ。それとほぼ同時にリティールは逆方向に自らを射出する勢いで飛ばし、宙で姿勢を立て直した。
「はぁっ、はぁっ……」
「おーおー、お疲れさん。さて、こっからどうすっかねぇ……」
肩で息をするリティールに対して余裕綽々と言った様子で頭を掻いたパリヤッソ。だが、リティールの魔力感知網は彼女に良いニュースを入れてくれていた。
「よく一人で頑張ってくれたね。ヒメコちゃんとーじょー! ここからはあたしたちもやるよー」
「来るのが遅いのよ……」
「来やがったか……」
リティールが安堵の声、そしてパリヤッソが苦虫を噛み潰したような顔で出迎えたのはショートボブ程度の長さの黒髪を姫カットにした美少女、ヒメコ。
同時に彼女こそがリティールがずっと前から魔力感知していたパリヤッソと戦っていた五人組の一人だった。
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